52. 運命が動き出す
私の心の準備ができるのを待つと、アルバート様はそう仰ってくれたけれど、自分がどう動くことが最善かはもはや明白だった。
ラウル様の貫いた冷淡な態度に、裏切り。微塵も私を信用しないあの態度。そして向こうからの離縁の申し出。
義理立てする必要なんかもうない。私はラウル様の離縁の申し出を受け入れ、本当に可能であるならば、アルバート様の求愛を受け入れて……結婚すればいい。
(もしも国王陛下がそれをお許しになるのならば、だけどね……)
本当にそんなことができるのかしら。
この私が、王弟であるアルバート様と結婚する、なんて。
温室での愛の告白には驚いたけれど、あの日以来アルバート様はずっと紳士的だった。先日の王妃陛下のお茶会の日、アルバート様とカトリーナの前で父が私たちの離縁を承諾したという話をしたけれど、それ以降も無理強いすることなく、穏やかに接してくださる。カトリーナの協力の下、あれからも時折アルバート様と会っては言葉を交わし、そのたびに私は少しずつ決意を固めていっていた。
そんな日々の中、事態は急展開を迎えることとなった。
まるで運命の神様が気まぐれを起こしたかのように、何もかもが一気に動き出したのだ。
「ティファナ、少し急ぐ必要が出てきてしまった」
「……え?」
その日。突然エーメリー公爵家の使者が私の元を訪れ、私は急いで公爵邸を目指した。そんな気はしていたけれど、そこで私を待っていたのはやはりアルバート様だった。カトリーナの姿はない。
「一体何事ですか? アルバート様……」
彼がいつもよりも若干硬い表情をしているのが気にかかり、私はおそるおそる尋ねた。するとアルバート様は苦笑して言った。
「いや、そんなに深刻なことじゃないんだ。だが、国王陛下から俺に新たな縁談を持ちかけられてしまってね。早急に取りまとめて、二週間後に予定されている建国記念の祝賀会でそのことを発表したいと考えておられるんだ。前回破談になった隣国との縁談ではないんだが、近隣の友好国の王女ではある」
(……え……)
その言葉が予想以上にショックで、私は呆然としてしまった。
アルバート様が……お兄様が、他国の王女殿下と結婚してしまう……。今度こそ、本当に……?
二の句が継げないでいると、アルバート様が私の頬にそっと触れる。
「……嬉しいな、そんな顔をしてくれるんだね。少しは俺の想いに、君の心が反応してくれているのかな」
「……っ! お……お兄様……っ」
「ほら、またお兄様と。君は動揺すると俺のことをそう呼んでしまうね」
「~~~~っ!!」
頬を染める私のことを愛おしげに見つめながら、アルバート様は言った。
「安心してくれ。もちろん、俺はもうティファナ以外の女性を妻にすることなど考えられない。陛下にもそう申し上げた」
「……アルバート様……。……え?」
申し上げた?
申し上げた、って……?
「え、ア、アルバートさまっ……!? こ、国王陛下に、一体何をどこまで……?」
混乱する頭で、私は目の前のアルバート様に問いただす。すると彼は美しい微笑みを浮かべてサラリと言った。
「うん。何もかもだよ。俺が昔からティファナだけを愛していること、ティファナと結婚するつもりでいること、そしてティファナとヘイワード公爵令息とは最初からずっと白い結婚を貫いており、もうすぐ離縁に至るであろうこと。……今頃陛下の元にオールディス侯爵がいるはずだ。この件について話し合っていると思うよ。俺たちも行こうか、ティファナ。君の口から、陛下に説明して欲しい。ヘイワード公爵令息との白い結婚や、これまで彼にされてきた仕打ちについても」
「ア……アルバート様……っ」
そんな……こんなに突然……っ?
アルバート様はさも当然と言わんばかりに私の手を取り、立ち上がる。
「で、ですが……っ、御前に……? こ、この格好で……私……」
私は慌てて自分の姿を見下ろす。エーメリー公爵家の使者が急ぎでと言ったから、ほとんど着の身着のまま出てきてしまった。陛下の前に上がるには、あまりにも……。
するとそこへ、カトリーナが現れた。
「いかが? お話は。進んでらっしゃる?」
「カ、カトリーナ……」
何もかも知っているような落ち着いた様子で私たちの元へ歩いてくるカトリーナに、アルバート様が言った。
「ああ。カトリーナ嬢、何度も協力をありがとう。ひとまずこれからティファナを連れて陛下のところへ行こうと思う」
「あら、そうですの。ふふ」
カトリーナはそう言って微笑むと、すばやく私の全身に視線を滑らせた。
「……うん。ドレスはいいわね。それで大丈夫だわ」
「ほ、本当? カトリーナ」
「ええ。質が良いし綺麗だわ。あとはアクセサリーね……。私のものを貸すわ。部屋にいらして。殿下はこちらでもう少しお待ちくださいませね」
私はそのままカトリーナの部屋に連れて行かれ、パールとダイヤモンドがあしらわれたアクセサリー一式を身に着けた。その上侍女たちによって髪まで結いなおしてもらう。
「ふふ。緊張してるのね、ティファナ」
「も、もちろんよ」
私が髪を結ってもらっているのを後ろで眺めているカトリーナと、鏡越しに会話をする。
カトリーナは優しく微笑んで言った。
「大丈夫よ、ティファナ。運命は動き出したの。あなたはこれからやっと、最高に幸せな日々を手に入れるのよ」
落ち着いた様子でそう言うカトリーナの言葉はなぜだか自信に満ちていて、それに釣られるように、私の緊張もほんの少し和らいだ。




