47. ブライト男爵の接触
部屋を訪れ父と再会の挨拶を交わした後、私はサリアが屋敷にいた件について衝撃の事実を聞くこととなった。
向かい合ってソファーに腰かけた私たちに侍女が紅茶を出すと、父は彼女に部屋から出るよう指示をした。その後二人きりになると、父は眉間に皺を寄せ語りはじめる。
「て……停学、ですか……?」
「全く……。オールディス侯爵家の名に泥を塗りおって」
「……」
苦虫を噛み潰したような顔をした父が、苛立った様子でその経緯を語った。
「サリアめ、あろうことか学院内に婚約者のいるパジェット伯爵家やギラン伯爵家の令息たちに近付き、はしたない行為に及ぼうとしたところを他の生徒たちに見られ、教師に報告され厳重注意を受けていたらしい」
(……はしたないって、どの程度かしら……)
気にはなったけれど、聞きたくはない。
「だが人目を忍んで再び言い寄っていき、ついに停学処分に至った。前代未聞だ。恥知らずな義娘め。我が家から停学処分を受ける者が現れるとは。……失敗だったな」
「……何がですの?」
父の言う“失敗”の意味を察しつつも、私は尋ねた。
「……この再婚だ。イヴェルはイヴェルで、散財するばかりで娘の教育には無関心だ。それよりもどの家の令息とサリアを添わせるかと、そのことばかり口にする。サリアはサリアでこのザマだ。学院での成績も、学年で最低だと」
「……。困りましたわね」
「……はぁ。初対面の時はもっとしおらしかったのだがな。イヴェルは平民の出身だとは思えないほど美しい振る舞いをし、さすがに子爵家の当主に見初められただけのことはあるなと感心したものだったが」
(それに、すごい美人ですしね)
その嫌味は胸のうちに留めた。
「……私を呼んだのは、その件でございますか?」
私がそう尋ねると、父はより一層表情を険しくした。
「いいや、違う。あいつらのためにわざわざお前を呼び出したわけじゃない。ティファナ、率直に聞くが……、お前、ラウル殿との結婚生活に問題を抱えているのではないか?」
「……っ、」
ドクッ、と心臓が大きく鳴った。……一体なぜこんな質問を……? 父の耳に、誰から、どんな話が伝わっているのだろうか。
不安に思いつつも、ひとまず私は誤魔化してみた。
「どういう意味でしょうか、お父様。ラウル様はとてもお忙しい方ですので、たしかに顔を合わせる時間は想像していた以上に少なくはありますが、今のところ全て順調に回っていると思います。ヘイワード公爵領の運営にも何ら支障はございませんし、私も日々経営の勉強などを……」
「そういう話をしているんじゃない」
父はきっぱりと私の言葉を遮った。
そして、驚くべきことを口にする。
「……先日、私に客人があった。ブライト男爵と名乗る者だ」
(……ブライト……)
その名を聞いた途端、形容しがたい嫌な感覚がし、次の瞬間、私はすぐに思い出した。
ラウル様が心を寄せている、あの女性。
ロージエ・ブライトという名だったわ。
膝の上に揃えた指先から、すうっと体温が引いていく。他にブライトという名の知り合いは誰もいない。ブライト男爵……。彼女の、父親? わざわざ私の実家に、父を訪ねてやって来たなんて。
一体、何を話したというの……?
父は私のどんな表情をも見逃すまいとするかのようにこちらをジッと見つめながら、ゆっくりと噛みしめるように話し出す。
「ブライト男爵は、ヘイワード公爵に面会を希望する書簡を数回出したそうだ。だが面会は認められず、仕方なくこちらへも書簡を送ってみたと」
「……」
そのブライト男爵が一体どのような内容の手紙を出したのかは分からないけれど、ヘイワード公爵ともなると希望すれば誰もが気軽に会ってもらえるというわけではない。様々な理由で公爵家に近付こうとする連中を、全て相手にする時間などヘイワード公爵にはない。家令の判断で却下されたのだろう。
そもそも公爵夫妻は、あの夕食会の直後から外交業務に出発されており、今この国にはいない。
「私も最初は断りの返事を出させた。しかしブライト男爵は諦めることなく何度もこちらに書簡を送ってくるばかりか、そちらのご令嬢とヘイワード公爵家のご子息に関する非常に重大なお話がございますと。一度面会し、話を聞いてほしいと。そう書いて寄越した」
「……」
嫌な予感は増すばかりで、軽い吐き気さえする。父はただ私を見つめながら、感情のこもらぬ声で淡々と話す。
「お前たちの名を出されれば無視することもできず、私は一度だけと思い、ブライト男爵の来訪を許し、領内の別邸でひそかに会った。……男爵はこう言った。貴殿の娘であるティファナ嬢の夫、ラウル・ヘイワード公爵令息と私の娘ロージエが愛しあっており、先日娘ロージエが身ごもっていることが分かったと」
(──────っ!!)
ロージエさんが……、妊娠……?
全身から血の気が引いていく。
私はもう、父の前で自分の感情を隠し続けることができなくなってしまった。




