42. 突然の反抗(※sideサリア)
(何なのよ一体……!何でこんなに上手くいかないわけ!?)
あんな可愛げのない頭でっかち女より、あたしの方がはるかにそそるはずなのに。何でラウル様はまるっきりこっちを見ないの!? こんなの絶対におかしい。
「ちょっとあんたねぇ! ちゃんと仕事してるわけ!? どうなってるのよ! ラウル様、全っ然あたしに靡かないじゃないの!」
あのヘイワード公爵邸での夕食会から一週間。あたしはいつものようにロージエを呼び出し、この子と会う時のお決まりの場所である王都のカフェの個室に入った。
「何のためにあんたを王宮にまで送り込んだと思ってるのよ! ちゃんとラウル様があたしに心を動かすようにアピールしなきゃ意味がないでしょ!? この、役立たず!!」
そう怒鳴りつけるとあたしは立ち上がり、俯いたまま黙っているロージエのそばに行き、その頬を思いっきり引っ叩いた。
「う……っ!」
その勢いで体制を崩したロージエが椅子からわずかによろめき、けれどかろうじて落ちることなくまた座り直した。あたしに叩かれた左頬を手で庇っている。
「今が一番のチャンスなのよ! あの二人の仲は完全に冷めきってる……。ここで一気に好印象を与えてラウル様の心に入りこまなきゃいけないのに、あんたの働きが悪すぎるのよ! あたしがしょっちゅうラウル様に会いに行くのは不自然すぎるから、わざわざ愚鈍なあんたを動かしてるんでしょうが! もっともっと、ラウル様にあたしのことをしっかりアピールしなさいよ! ……ねぇ、このまま進展が見込めなかったら、お母様に言いつけるわよ。ロージエが使えないって。そしたらあんたんち、どうなると思う? うだつの上がらないあんたの父親と愚鈍なあんたがそれなりの生活をしていけてるのは、一体誰のおかげよ。え!?」
怒りに任せて喚き散らすけれど、ロージエはピクリとも動かない。頬を手で押さえたまま、ただただ黙って俯いている。苛立ちが頂点に達し、あたしは大きく舌打ちをした。
「いい!? 明日からまた気合いを入れてやりなさいよ! サリアさんにこんなことをしてもらった、こんな風に優しくしてもらった、あの方は天使のようなお方だ、義姉上とはまるで性格が違う、明るくて可愛い。そういう種類の褒め言葉よ。毎日欠かさず言うの。分かった!? あたしにどれほど感謝してるか、ラウル様のような素敵な男性にどれほどよくお似合いか。毎日言って、あの方を洗脳するのよ」
「…………嫌です」
「そ……、……。……は?」
ん? 今何て言った? こいつ。
あたしはまじまじとロージエを見つめた。嫌? 嫌って言った? 今。
小さい頃からただの一度もあたしに反抗したことなんかなかったロージエが、……嫌って、言った?
ロージエはゆっくりと顔を上げると、これまで一度も見せたことのないような力強い目つきで、あたしをキッと睨みつけてきた。
「……何? 今何て言ったのよ、あんた」
「……い……、嫌だと、言ったんです。わ、私はもう、ラウル様にサリアさんのことをアピールしたりなんか……しません……っ!」
…………はい?
「……いや、待ってよ。おかしいでしょ。立場分かってんの? それとね、あんた、ラウル様なんてなれなれしく呼ぶんじゃないわよ。呼んでいいのは、あたし。あたしはオールディス侯爵家のご令嬢だし、ラウル様は義姉の夫だからね。別にいいのよ、親しい間柄なんだから。でもあんたは違うでしょ。うちのおかげでたまたまあの人と同じ職場で働けてるだけの、身分が違いすぎる小娘よ。ヘイワード公爵令息様とか呼びなさいよ。バカなの?」
するとロージエはこのあたしを強く見据えたままゆっくりと椅子から立ち上がる。至近距離で反抗的な目を向けてくるロージエに、思わず少したじろいだ。
「な……、何よ」
「私は……、私とラウル様は、あ、愛しあっています! 彼は誰にも渡さない! ……約束したんです、私たち。将来必ず一緒になるって。あ、あのお方は、ラウル様は……、あなたのことも、あなたのお義姉様のことも、少しもお好きじゃないわ。私のことだけを想ってくださっています。わ、私は、ラウル様との真実の愛を貫くと決めたんです! もうあなたの言いなりにはならない。ラウル様だけは、絶対に渡しませんっ!!」
「…………。…………は?」
追い詰められた小動物のように全身をプルプルと震わせ、拳を握りしめたロージエが、このあたしを睨みつけながらそんなことを言い出した。
予想外すぎて一瞬ポカンとしてしまったあたしは、しばらくして思い至った。……ああ。そうか。そうよねぇ。
堪えきれず、笑いが込み上げてくる。
「……ふ、……ふふふ……。あんた、どこまで馬鹿なのよ本当に。まぁでもそうよね。あんたなんかが一生関わることも、声をかけることさえできないようないい男と、毎日一緒にいるんだもの。あんな美形の公爵家のご令息と一緒に仕事して、言葉を交わして。そりゃ頭おかしくなっちゃうわよね。勘違いもしちゃうわよね。ふふ……。……ふざけるんじゃないわよ!! 正気に戻りなさい!! ラウル様のような上流階級のエリートが、あんなみたいな鈍臭い不細工を好きになるはずがないでしょうが!! 本来ならあんたは、王宮になんか一生足を踏み入れることもない人間なのよ! 貴族とは名ばかりの没落男爵家の娘なんだから。何イカれちゃってんのよ。妄想と現実の区別をつけなさい、この大馬鹿女!!」
あたしはそう叱りつけると、再度ロージエの頬を力いっぱい引っ叩いた。
するとあろうことか、小さく呻いて少しよろけたロージエは再びこちらを睨みつけ、そしてこのあたしを両手で突き飛ばした。
「きゃぁっ!」
身構えてさえいなかったあたしは、ドスンと盛大に尻もちをつく。
「な……、何するのよ!! ロージエのくせに!! このあたしに暴力振るったわね!? お母様に言いつけてやるわ!! あんたも父親も終わりよ!!」
「構いません!! 私たちのことはラウル様が守ってくださるわ!! あ、あなたこそ……、いい加減現実をご覧になったら!? ラウル様はあなたになんかまるっきり興味はないわ。むしろお嫌いなのよ。あ、あの方に……、私のラウル様にしつこくつきまとわないでくださいっ!」
「こ……っ! この……!」
怒りのあまり、あたしは尻もちをついたまま全身を震わせた。こんな暴挙、いくらラウル様に惚れ込んで頭がおかしくなってるとはいえ、絶対に許せないわ。
「あたしやお義姉さまみたいな華やかな美人が近くにいるのに、わざわざあんたなんかを好きになるはずがないでしょうが!! 目を覚ましなさい無礼者!!」
その時。
個室の扉が開き、店員の女がおずおずと中を覗き込んできた。
「失礼いたします……。いかがなさいましたか? 大変失礼ですが、もう少しお静かにお願いできませんでしょうか」
部屋の外にまであたしたちの騒ぐ声が響いていたみたい。慌てて立ち上がると、ロージエはあたしに背を向けスタスタと扉の方に歩きはじめた。
「ち、ちょっと! 待ちなさいよ!」
「……もうお話することはありませんので。もう彼には近づかないで。私たちを放っておいてください。……そしてもう二度と、私を呼び出さないで」
振り返ってそう言うと、ロージエは足早に出て行ってしまった。
「…………は?」
これは一体……何なのよ。




