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第8話 ヒューマンオア

 少し険しい斜面に足を引っ掛けながら歩いていく。

 背の高い木々が段々と少なくなってきた。顔を上げれば、水色の髪が視界に入ってくる。そんな視界の両端には、滑らかながらも急勾配な崖が映り込んできた。


 ボク達は、およそ十日程でコントル関所のあるU字谷の入口に到達していた。

 

 最初の村を出発してからすぐに見えてきたソレは、壁にドリルで開けた穴をそのまま拡大したかのように、巨大な山脈に穴を開けていた。

 近くに来た今なら、もっと仔細にその様子を観察できる。

 崖の頂上は硬い岩盤が崩れなかった為か、所々U字を通り越して反り返っている。


「はぁ、登り切ったぁ〜!」


 ようやく斜面が終わった達成感で、両腕を伸ばして伸びをした。

 目の前には今まで歩いてきた土の剥き出した道が緑の広がる谷底で川のように続いている。そして、その先。川の終着点には、砂色の壁が谷の端から端までを通せんぼしていた。


「アレが、コントル関所…」

「正確には違う。コントル関所はその周りに町が広がっている。今見えているのはコントルの町の防壁、のはずだ」


 アインが細かい修正をしてくる。少しムッとして、アインに言葉を投げ掛けた。


「『はずだ』って、なんで推量な訳?」

「俺もここに来るのは初めてだからだ」


 初めて?じゃあコイツ、どうやってボクのいた小屋までやって来たんだ?

 そんな疑問を聞くより前に、「行くぞ」とアインが歩き出してしまったから、尋ねそびれてしまった。


 ボク達が歩き出して数分、後ろからガラガラという硬い音が響いてきた。


「端に寄るぞ」

「オッケー」


 後ろから聞こえ始めた音に反応して、ボク等は道の真ん中からズレた。音が段々近づいてきて暫くすると、ボク等の横を(ほろ)を掛けた大きな荷馬車が通って行った。

 荷馬車、と言ったが肝心の馬は何処にもいない。

 コントル関所に近づき、自然に出来ただろう道の幅が大きくなってから見かけ始めるようになったソレは、大抵木製のワゴンに、四輪、灰色の車輪を付けている。御者台にはいろいろな人が座っているが、必ず白い制服の人間が含まれている。彼らはワゴンの下から上に向けて伸びている棒状のレバーのようなモノを握っていて、アイン曰く、ソレが荷馬車モドキの動力源らしい。…もうボクには聖騎士が便利マシンのように思えてきた。

 ともかくこの荷馬車モドキ、中々の速さを出す。今通り過ぎていった荷馬車も時速十キロ以上は出ているのではないだろうか。決して真っ平と言えない道の上をそんな速度で走っていながら、荷馬車はそこまで揺れていない。乗っている人達も気にしていないようだし、一体どういう原理なんだろうか。

 乗っていた聖騎士がすれ違いざま、気さくに会釈をしてくれたので、ボクもペコリと頭を軽く下げた。


 走り去っていく荷馬車を眺めながら、ボク達も歩みを進めていく。


 谷底に入ってから、壁までの距離が半分を過ぎた頃、事は起こった。

 アインが突然立ち止まる。


「魔物?」


 ボクの問い掛けに、アインは頷く。

 魔物が近くに来た時、アインはこんな反応をする。村を出てから二回、魔物と遭遇したがアインは相手がまだ見えていない段階でも魔物の接近に気づけるようだ。

 こういう時、ボクは魔物から距離を取ってアインに対処を任せている。このカラダにある不可解な力を使えば戦えるのかもしれないが、使い方も分からない力には頼れない。


 それに、アインは強い。

 初めて魔物と遭遇した時にも感じた事だけど、アインは怪力だ。自分と同じ位の大きさの魔物の鼻先を掴んで地面に逆さに叩きつけるなんて、なかなかできる芸当ではない。

 他の二回の戦闘でも、ボクに向かって突進してきた猪型の魔物を片手で受け止める等、その怪力っぷりを発揮していた。


 そんなアインは、片側の崖の上を凝視していた。


「なかなかの数だ」


 ボクもアインに釣られてそちらを向いた。視線の先にある太陽が眩しい。そんな明るい陽を遮るような点が空にいくつか現れた。


「鳥…?」


 点だったソレは、段々のその形が掴めるようになってきた。いや、降下してきているんだ。

 数十匹に及ぶそれらは、旋回しながら高度を下げているようだ。


「アイン、どうする?ここじゃ身を隠す場所もないけど」


 ボク達のいる場所は谷底の平原だ。背の高い木もない。


「いや、奴等は人の多いコントルの町に引き寄せられるはずだ。ここで町の聖騎士が対処するのを待っていればいいだろう」


 そう言って、剣の柄に手を当てながらアインは立ち止まった。


 アインの言葉通り、旋回を止めた魔物達は、壁の方に向かって素早く降下していった。

 次の瞬間、降下していた魔物は何かに衝突したように体をくねらせ、真下に落ちていった。

 それに続いて、壁に近づく魔物達は次々と墜落していく。


 壁の方に目を凝らすと、壁の上に人影が並んで見えた。その手には長い棒状のモノを手にしているようだ。


「弓矢…なのか?」


 より細い棒を手に持つソレに十字に合わせて、人影は引き絞るような動作をする。次の瞬間、細い棒は一瞬で消えて、カンッ!という甲高い音が聞こえた気がした。


 魔物がボトボトと落ちていく様子を眺めていると、隣にいたアインがホルダーから剣を引き抜いた。


「一体こっちに向かっているな。下がっていろ、セイ」

「分かった!」


 アインから数歩後退って、空を見上げる。

 空を舞う幾多もの影の中で、こっちに近づいてその姿がハッキリと見えてきたものが一つ。


 灰色の鳥だった。前に遭った狼の魔物と同じく岩のような体表で、足が異様に発達している。

 けれど、最も注目すべきはその背中だ。

 

 水色の発光する輪が、魔物の背中に浮いていた。


「天使の輪?」


 魔物は一度も羽ばたかずにこちらに接近してくる。

 その爪を前に突き出して、アインに向けて突撃してくる。


 アインは剣を逆手に持って、剣を持つ腕を後ろに向けて構えていた。


 魔物とアインとの間が十メートルも無くなった時。


 アインは剣を槍投げのように魔物めがけて投擲した。

 剣は、その凄まじい切れ味によって魔物に突き刺さる。

 次の瞬間、失速した魔物はアインの足元に墜落した。

 魔物から剣を引き抜くアイン。足元の魔物からは、あの水色の光輪が消えていた。


「ありがとね、アイン」

「気にするな」


 感謝の言葉はクールに受け流されてしまった。

 気づけば、空にいた魔物は姿を消している。もう全て射落とされたのだろうか。

 アインは剣をホルダーに差し、こっちを向いた。


「どうやら向こうも終わったようだ。俺たちも壁を目指…」


 その言葉は最後まで続かなかった。

 ドスッと嫌な音が響く。何かの刺さった音だ、柔らかい何かに。

 こっちを向くアインの胸から、赤黒くなった(やじり)が飛び出ていた。


 矢?壁から飛んできたのか?なんで?どうして?

 いや、そんな事は今はどうでもいいだろ。

 どうにかしないと…!アインが死ぬ!

 矢を抜けばいいか?

 いや、出血が酷くなってしまう。

 じゃあどうする?どうすれば…!?


 頭の中はグルグルと回るのに、体は全く動いていない。外套の下で手が小刻みに震えているのが分かる。


「どうする…?どうすれば」

「セイ、落ち着け」

「落ち着いてられるか……よ………」


 投げつけようとした言葉は、尻(すぼ)みになってしまった。

 ボクの視線は、胸に刺さった矢からアインの顔に向けられて、そこで止まっていた。


 アインの顔だ。

 ただ、その顔は苦痛に歪んではいなかった。

 普段通りの顔だ。

 普段通りすぎる、平静を保った顔。


 アインは、胸に刺さった矢を無造作に掴むと、矢を引き抜き始めた。肉の潰れる嫌な音がする。

 完全に引き抜かれ、アインの拳に握られた矢は、鏃から矢羽根まで、赤黒い血で濡れている。


 その血が、突然意思を持ったように動き始めた。

 テレビの録画を逆再生しているみたいだ。

 矢に付いた血も、引き抜く際に広がった服の赤い染みも、全てが矢の刺さった胸に収束していく。


 その様を見ながら、ボクはアインの言葉を思い出していた。


『お前が普通の人間でいたいと望むなら、普通の人間のように振る舞えばいい』


 アインは、世話焼きなヤツからの言葉だと言っていた。

 その時点でわかったはずの事だ。

 その言葉が、アインに向けて言われた言葉なのだと。


 刺さった矢からは血が完全に取れて、その全貌が明らかになっていた。鏃から矢羽根まで、青い金属で出来た不思議な矢だ。

 その矢を握るアインを見ながら、ボクは奇妙な安心感を覚えていた。


 ああ、コイツはボクと同じなんだ。

 人の形をした、人とはかけ離れたモノ。


 指先に冷たい感覚が走るのを感じる。外套から手を抜き出して、掌を見つめた。

 その指先は、僅かに水色に変色していた。


 そう、アインはボクと同じ。

 自分の事を人間だと信じる、化け物なんだ。

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