第6話 初めての一日
散々歩いたボク達は、陽の落ちる頃、小さな村の中心にやってきていた。
村の周りは、まだ青い麦畑が広がっていて、村の中は、家が十数軒ほどしかない。
そんな村のど真ん中に、白い壁の、比較的大きな建物が聳え立っていた。
周りの家は木造だけど、これはセメントか何かを使ってるみたいだ。
「この村の教会だ」
「教会?……なんていうか、変わった建物だね」
どこら辺が変わってるかと聞かれたら、全体的に角張っている所。屋根も三角じゃ無くて四角だし。
材質とデザイン、両方の面で周りから浮いている。
「教会は、古代遺跡を流用したものが多い。コレもその一つだ」
言いながら、アインは教会の扉を開いて、中に入っていく。ボクも続けて入っていく。
中は、礼拝堂のようだった。長椅子がズラリと並んでいる。その間に、箒で掃除をしている男が1人いた。
神父だろうか。黒い祭服を着ている。その胸には、十字架から横線を引いたようなネックレスが下げられていた。
男はボク等の訪問に驚いたようで、少し目を見開いた。
「このような時間に、どのような御用事かな?」
柔和な態度で尋ねてきた男に対し、アインはジャンパーの胸元から小さな板を取り出し、男に見せた。
「聖騎士だ。すまないが、ここで物資を補給し、一泊したい。頼めるだろうか」
「ああ、聖騎士様でしたか。では奥へどうぞ。付いてきてください」
神父はそう言うと、奥の扉に向かって歩き始めた。
「聖騎士って、中々の特権階級なんだね」
アインの耳元に顔を近づけて、小声で尋ねてみる。静かなこの部屋は、音がよく響く。
「教会はそもそも、聖騎士の拠点としての役割を担っている。行くぞ」
いつものそっけない口調が返ってくる。
アインと二人、奥の扉を通ると廊下に出た。手前から二番目の部屋に神父が入っていく。
部屋の中は二段ベッドが二つ、奥に押し込まれていて、空いたスペースに小さなテーブルが置いてあった。
「今晩は、こちらの部屋を使ってください。それと、物資は、何が入り用ですかな?」
「1週間分の食料、それと出来ればだがコイツにマシな服を用意して欲しい」
マシな服。ボクは自分のボロ布のような服を改めて見てみる。確かに、これはあまりにヒドイ。
「分かりました。では少々お待ちください」
そう言って、神父は部屋から出ていった。テーブルの椅子に座って待っていると、神父はすぐに戻ってきた。
「こちらがパンと干し肉の入った袋、それと着替えです」
アインには袋を手渡し、ボクには新しい服を渡してくれた。
白いズボンに靴下、黒い下着の上下、それから茶色いブーツ。上着はなかった。ズボンの方は中心に折り目が付いていて、上等なモノのようだ。
「サイズが合っているといいけれど」
言いながら、アインを伴って部屋を出ていこうとする神父さんはアインが動かない事に疑問を持ったようだった。
が、すぐに得心が行ったように出ていった。
その得心、間違ってると思う。
貰った服を試しに着てみる。
靴のサイズはバッチリだった。ズボンの方は腰回りが空いてるけど、ベルトでも巻けばどうにでもなるだろう。
少し時間をおいて、神父さんが部屋に入ってきた。
今度は深緑色の何かを持っている。
着替えたボクを眺めてから、神父さんは話しかけてきた。
「腰のあたりは、緩いみたいだね。あとでベルトを持ってこよう。あと、これ」
そう言いながら差し出してきたモノは、マントのようだった。
「君の服、聖騎士の制服の予備を持ってきたんだけどね、上の方は聖騎士の紋章が刺繍されてるから君にはあげられなかったんだ」
それで上着だけ無い状態なんだ、ボク。
「その代わりに、これ。私の古い外套なんだけどね、これを使ってもらえるかい?」
「はい!ありがとうございます」
ありがたく外套を受け取る。外套は少し大きく、前までしっかり覆うことができた。袖の口は無いみたい。
その後、アインは村の名前や、場所について、あれやこれや神父さんと話しているうちに、辺りは暗くなっていた。
そして今、ボクは二段ベッドの上で寝転がっている。
下にアインもいるはずなんだけど、寝息の一つも聞こえてこない。まあ、アインらしいと言えばそうなのだが。
この知らない世界に来て、一日が経とうとしている。
そう考えると、途端に現実味が無くなる感じがする。
でも、ボクは確かにこの世界で一日を過ごして、生きていると感じていた。
何かが抜けているような気がするけど、考えつかないなら、そこまで大事でも無いだろう。
これから、この世界で生きていくんだという実感を感じながら、ボクは意識を暗闇の中に落としていった。
女の子がいた。
その髪は、赤に近い赤毛。
風にそよぐソレは、赤橙と赤色を織り交ぜたような色合いで、綺麗だと思った。
腰の帯には、木彫りの剣が抜き身で差されている。
私はそんな彼女と一緒に、短く刈り揃えられた芝生の上を歩いていた。
少しの間か、それとも長い時間か、私は彼女の後ろ姿を見続けていて……。
白い天井が見える。
慣れ親しんでいない天井。
ボクは瞬きをして、ゆっくりと呼吸する。
上体を起こして部屋を見渡す。小さな窓からは、うっすらとした光が入り込んでいた。
その光をぼーっと眺めている間に、頭は昨日の出来事を思い出していた。
「……変な夢だったな」
ボソリと呟いた声は、誰にも聞こえる事はなかった。