第5話 ボクの正体
森の中を、アインの背中を見ながら歩いている。
アインはボクの腕について何も言わなかった。
ただ意外そうな顔をしただけで、何も聞いてはこなかった。
視線を自分の手に移す。
思い出すのは、水色に変化した自分の手だ。
UFOと衝突して、ボクはこの世界で目覚めた。
そこに、なんの因果も感じてはいなかったけど、この借り物のカラダは、あのUFOと同じ色に変わる、不気味な代物だった。
もしかしたら、あのUFOはこの世界からやって来たのかもしれない。そうだったら、「ボク」の意識がここにある事と、UFOの衝突に、わずかな因果関係があるように思う事ができるから。
だとしても、ボクのカラダは、ボクは………一体何者なんだろう?
太陽が真上に上がり、森の中にも陽だまりができるようになってきた頃、アインは休憩にすると言って、近くにあった木に背中を預けた。
腰に手を回すと、アインは革でできた水筒を取り出し、口を付けずに上から中身を流し込んだ。
栓を締めると、こっちに投げ渡してきた。
「飲んでおけ」
言われた通り、栓を抜き、アインの真似をして水筒を飲む。
中身の水は、少し変な香りがした。
アインは、今度はジャンパーの内側から袋を取り出し、中から小さな板状の何かをこっちに投げてきた。
なんとかキャッチしたソレは、ベーコンのようだった。
「干し肉だ」
アインはそう言うと、自分の分も取り出して齧り始めた。
ボクも貰った干し肉を口に入れてみる。
思ってたよりかなり硬い…!
なんとか噛みちぎり、咀嚼しながらボクはぼーっとしていた。
道中で考えていた事が、頭の中をぐるぐる回ってスッキリしない。
「……ボクって何なんだ」
つい呟く。すると、アインがこっちを見ている事に気づいた。
「どうかした?」
聞くがアインはすぐには答えなかった。こっちを向いて黙ったままだ。ついイラッとなる。
「何な訳?」
アインは何やら言葉を選んでるみたいだ。しばらくして、こっちに問いかけてきた。
「自分が何者なのかというのは、そんなに大事な事なのか?」
突然哲学みたいな話だ。
「そりゃ大事でしょ」
「じゃあお前は自分が何者だと思っているんだ?」
「…それが分かってないから困ってるんだけど」
「なら、お前は自分が何者だと嬉しいんだ?」
言葉に詰まる。結局コイツは何が言いたいんだ?
「…そりゃ、普通の人間だと嬉しいんじゃないの?」
「なら、お前は普通の人間だ」
口をポカンと開けてしまう。思わず見返したアインの顔は、真剣そのものだった。
「いや、腕から水色の剣を生やすヤツを普通の人間とは言わないだろ…。」
「なら、もうその力を使わなければいい」
そういうもの?心の中でツッコミが入る。
「お前が普通の人間でいたいと望むなら、普通の人間のように振る舞えばいい。働いて、食べて、夜には寝て。自分を普通の人間だと信じられるなら、お前は普通の人間だ」
「なんか、胡散臭い理論だね」
「……世話焼きなヤツの口癖を真似てみただけだ」
そういうとアインは干し肉を食べる方に意識を向けてしまった。
ボクは手に持った干し肉を眺めながら、アインの言葉に考えを巡らせていた。
自分が人間だと信じたって、この変なカラダが変わるわけじゃない。
干し肉に噛み付き、咀嚼する。少し塩辛い。
ああ、そっか。
アインは心の話をしてたんだ。
干し肉を食べていると、なんとなくアインの言いたい事が分かってきた気がする。
こんなカラダだけど、人の食べるモノを食べて、美味しいと感じてる。
このカラダは確かに変だけど、普通の人間の体とそっくりでもある。
人間か、人間じゃないか。きっとそれは、ボクが選べる事なんだ。
ボクが何を信じて行動するかが大事だって、アインは言いたかったのかな。
というか…。
「もしかして、慰めてくれてるの?」
アインは口の中のものを呑み込むと、特に照れもせずに答えた。
「考え込んでいる様だったから、考えを一つ、提示してみただけだ。ソレで解決するなら、それに越した事はない」
基本的に口調が硬いアインに、初めて親近感を抱けた気がした。ボクはアインに笑い掛けた。
「そっか、ありがとね」
「気にするな。それより、そろそろ出発したいが、干し肉はまだ食べ終わらないのか?」
「これ、硬すぎるんだよね。歩きながらゆっくり食べるよ」
「そうか。なら出発だ」
感謝の言葉は、アインの事務的な話し方に押し流された。けど、特に気にはならなかった。
さっきより、大分体が軽くなった気分だ。
そのままボクは、アインと並んで森の中を歩き始める。