第4話 新世界
「俺に付いて来い」
アインはそう言った。話の流れが読めない。
「えっと、ちなみになんで?」
アインは、シンクモドキに手をついて、話し始めた。
「俺はルブラ教会から盗み出された品を追って、ここに来た」
ルブラ教会、この世界の宗教かな。
「だが、痕跡はこの小屋で途絶えてしまっている」
そんな目に見える痕跡があるのか?
小屋を見渡してみても、古ぼけている以外何の変哲も無い室内だ。
アインは何を頼りにここまで来たんだろう。
「そして、そんな場所にお前は居た。教会への説明のために、お前には一緒に来てもらわなくては困る」
あ〜、なるほど。これ、冒険者パーティへの勧誘じゃ無くて、窃盗事件の容疑者として連行するって意味合いの『付いて来い』だ…。
大丈夫。やましい事は無い。やましい事は無いんだけど…。
「付いて行くのは別にいいんだけどさ、できれば着る服を用意してくれると嬉しいな」
もういい加減、全裸の状態から脱却したい。
アインはそれを聞くと、考える素振りを見せた後、箪笥の方に近づいていった。
剣を持つ方の手を横に広げると、箪笥目掛けて横に剣を振り切った。
箪笥に当たった剣は、ほとんど抵抗も無く箪笥を切断した。とんでもない切れ味だ。
箪笥の方はちょうど天板だけが本体から切り離されている。
アインは切り離した天板を横にズラして床に落とすと、上部が開け放たれた引出しの中を物色し始めた。
しばらくすると、アインは何やらボロボロの布のかたまりをこっちに投げ渡してきた。
広げてみると、それは服だった。
「中にあった比較的マシなものを選んだ」
確かに、ところどころ穴は空いているけど、着れないほどじゃない。この際、下着がない事は我慢しよう。
「ありがと」
そう言ってボクは、せっせと服を着た。
アインは、ボクが着替え終わるのを見ると、
「じゃあ出発するぞ」
と、倒れた扉を再び踏み越えて、外へ出ていった。
ボクも慌てて外に出る。
どうやら鬱蒼とした森の中みたいだ。木々の間から見える空はまだ暗いけど、視界の端は少し明るい。
ちょうど陽がのぼるタイミングらしい。
アインは少し先で立ち止まって、ボクが付いてくるのを待ってるみたいだ。
「ねぇ、これから何処に向かうんだい?」
「一旦は森を抜け、山脈に沿ってコントル関所に向かい、関所を通って教会本部のある聖都を目指す」
ボクが近づきながら話し掛けると、アインは応えた。
さっぱり分からないけど、どうやら聖都って所に行くらしい。名前からしても、ルブラ教ってヤツの総本山のようだ。
アインが歩き始めたので、ボクも後を付いていく。
アインは振り向く事無く、話しかけてくる。
「なるべく俺の近くにいろ。森は魔物が出やすい。あまり離れるとカバー出来ない」
魔物!そんなのがいるのか。
今の所、この世界は元いた世界との違いがあまり無いように見える。
いや、もう違いはあるか。
「ねぇ、聖騎士って何なの?」
アインは自分を聖騎士だと名乗った。
ただ、ボクのイメージする聖騎士は、アインとは似ても似つかない。
もしかしたら意味合いからして違うのかもしれない。
「聖騎士は、協会に所属する魔物討伐を専門にする人間だ。教会の認可を得て、聖剣を保持する人間でもある」
「聖剣ってアインが腰に差してるヤツ?」
「ああ、そうだ」
さっき箪笥をキレイに切断した剣は、アインの腰にあるホルダーに収まっていた。
あまり聖なる剣のようには見えない。紫の光沢があるせいで、どちらかというと魔剣って感じだ。
アインが突然立ち止まった。ぶつかりそうになって、慌てて立ち止まる。
「急にどうしたんだよ?」
「魔物だ。こっちに気づいているな。セイ、お前は下がっていろ。」
「っ!わ、分かった!」
緊張で喉が渇く。
魔物がどんなモノかは分からないけど、森でクマに出会うようなものだ。心臓が煩い。
少し下がったところで、木立の合間から何かが現れるのが見えた。
ソレは全身を岩のようなモノに覆われた四足歩行だった。
生き物で例えるなら、狼。
岩のような体表の隙間からは、赤い筋肉のような繊維組織が見えている。
狼の魔物は、威嚇するように牙を見せてくる。牙は青色を帯びていた。
相手は間合いを測るようににじり寄ると、アイン目掛けて飛びかかってきた。
アインはもう剣をホルダーから外し、避ける気もないように突っ立っている。このままだと激突する!
「おい!」
声をかけたその時。
アインは相手の爪を避けて鼻先を掴んでいた。
そのまま飛び掛かってきた勢いを利用して、思いっきり地面に魔物の頭が叩きつけられた。
逆さに倒れて露わになった喉笛に、アインの剣が容赦なく突き刺さる。
アインの剣は、岩のような体表を苦もなく貫通し、そのまま喉から胸までを切り裂いた。
魔物から血は流れなかった。ただ、赤みがかった組織は、色を失い、体表と同じ灰色に変色した。
それで、この魔物は死んだんだ、とそう感じた。
「お、終わった?」
恐る恐る聞くと、アインは剣を引き抜きながら答えた。
「ああ、コイツはもう動かない」
そのままコチラを見て、アインは目を見開いた。
「後ろだ!!」
アインから声が掛かるより前に、マズイ事になったとその表情から感じ取っていた。
後ろを振り返ると、そこに口があった。
アインが倒したのと同じ、狼型の魔物。
その口の中がハッキリ見えるほどに近い。
思わず顔の前に手を出した。
今から後ろに逃げても間に合わない!
真っ白な頭は強烈に死を予感している。
衝撃に備えて、目が勝手に瞑られる。
死ぬ!!
ガキイィィン!!!!!!
体が衝撃で吹っ飛ぶのを感じる。けど、肌を切るような痛みは感じない。アインの援護が間に合ったのか?
吹っ飛ばされた浮遊感の中で、うっすらと目を開ける。
狼の顔が目の前にあった。その口は、ボクの腕に目一杯噛みついている。ただ…。
眩しい水色だった。
噛みつかれたボクの腕は、光沢のある水色だった。
そう感じた一瞬の後、地面にぶつかり、衝撃でボクと魔物の体は離れて転がった。
起き上がったボクと魔物の目が合った。
本能が告げている。
ここで躊躇ったら、死ぬと。
カラダが勝手に、ボクの意志に従って動く。
死にたくない。死にたくない。……あの魔物を殺して、ボクは生きる!!
全てがスローモーションで動いてるみたいだ。
噛まれた手を魔物に突き出す。
考えるのは、相手の息の根を止めるイメージ。
剣。聖剣。アインの。喉を。胸を。切り裂く…‥イメージ!!!
ボクの腕は、水色に染め上げられた。
次の瞬間、腕が膨らんだ。
膨らんだ水色のソレは捌け口を求めるように、魔物に向かって爆発的な速度で噴き出した。
その先端は、全て鋭利に。あの剣のように。
バキボキガキンッッ!!
無数の刃の塊に押し流された魔物は後ろの木に衝突し、刃によって押しつぶされるように磔になっていた。
魔物から色が失われ、ソレは灰色の屍になった。
息が荒い。
膨れ上がった腕がだんだん縮んでいくのをただ呆然と眺めている事しか出来なかった。
光沢のある、水色。あの水色だ。ボクを貫いたUFOが持っていた。…あの水色が、ボクの腕の形に戻っていた。
膜を張るかのように、色白の肌色が水色のボクの腕を覆っていく。
そこには、もう何の変哲も無い色白の腕があった。
手のひらを、握って開いて、自分の腕か確かめるように見つめてしまう。
驚きがやっと口から出てきた。
「なんなんだ、コレ…!?」