第17話 夢の庭で
2025/2/28
最後のロゼのセリフを変更しました。
恐れていた事が起こったと、そう思った。
ただ、それをすぐに許容できるほど、ボクは強くはなかった。
だから…。
「…人違いだと思いますよ」
思ってもいない言葉を吐き出す。
まだ大丈夫だ。
偶々、瓜二つな容姿に声帯。そういう可能性だってある筈だ。
此方をジッと見つめる碧色の瞳を、挑むように見返す。
永遠とも思える数秒が流れ、赤毛の彼女は手を壁から剥がし、少し後退すると、息を吐いた。
「……ごめんね、追い回したりして。君が、音信不通になった友達とあまりにも似てたものだから」
先刻と違って、取り繕ったように丁寧な口調だ。
「気にしないで下さい。……見つかると良いですね、その友達」
「そうだね、本当に…」
そう言う彼女の表情は暗かった。
勝手な罪悪感が体にのし掛かる。
早く此処を去ろう。
そうだ。彼女の言う「アンジェラ」は、ボクとは関係無い可能性だってあるんだ。
こんな不確かな罪悪感、背負わなくたって良いじゃないか。
「じゃあボクは失礼しまッ」
言葉は最後まで続かなかった。
この場を去ろうと踏み出した足から突然、力が抜けてしまったからだ。
ガクリと、体がバランスを崩す。
地面と衝突しそうになった体を、両手を地面につける事で阻止した。
「へ…?」
「おい!?大丈夫か…!?」
この反応、目の前の彼女が何かしたって訳では無いようだ。
足先から、脱力感が上がってくる。
遂には体を支えていた腕にも力が入らなくなり、ボクは地面に倒れ伏した。
段々と視界が暗くなっていく。
一体何が…。
「しっかりしろ!どうしたんだ!?」
目の前に居る筈なのに、声が遠く感じる。
この人、素の話し方は少し乱暴だな……。
そんなどうでもいい思考を最後に、ボクの意識は暗闇の中に落ちていった。
目の前には不思議な空間が広がっていた。
何処かの邸宅の庭だろうか。庭の中心には、一人の少女が立っていた。
手には短い木剣が握られている。
不思議なのは、まるで時が止まっているかのように動かない事だ。
風に靡く筈の赤毛もピタリと空中で固まっている。
(この場所は…)
この光景には見覚えがある。何度か見た、よく分からない夢に出てきた景色だ。
(もしかして、また夢を見てるのか?)
「夢じゃないですよ、多分」
真下から掛かった声に思考が遮られる。
………真下?
恐る恐る、顔を下に向ける。
黄緑の瞳と目が合った。
その白髪は全体的には短いものの、所々長さが不揃いになっている。
胡座をかいた膝の上に、「ボク」の生首が収まっていた。
「どうも初めまして。アンジェラ・コーリと言います」
「先刻はすみません」
アンジェラと名乗った彼女は、ハキハキとした口調で謝罪してきた。
(……先刻って何の事です?)
何故だろう。口に出そうとした言葉の筈なのに、脳内で響くだけで声を発せられない。
しかし、アンジェラには聞こえているらしい。
「貴方が倒れてしまった事です。ロゼに名前を呼ばれて、ずっと眠っていた意識が覚醒したのですが」
そう言いながら彼女の目は上、つまりボクから見て前方に向けた。ボクもその視線の先を追う。
アンジェラはあの赤毛の少女を見ていた。
まさか…。
「ええ。貴方を問い詰めていた彼女、ロゼです。尤も、あれは幼い頃の姿ですけどね」
彼女は懐かしむように微笑んだ。
「きっと貴方が倒れてしまったのは、覚醒した私の意識が体の主導権を握ろうとしたからだと思います。あ、私も居ますね。ほら、あの木の下に」
言われて、庭に一本だけ生えた木に目を向ける。
地表に浮き出た根の間に挟まるように、金髪の少女が座り込んでいた。
髪の色こそ違うが、黄緑の瞳とその顔立ちは確かに彼女を思わせた。
膝の上の、頭だけのアンジェラは終始楽しそうにしている。
けどボクの方はずっと混乱状態だ。
急に意識を失ったと思ったらよく分からない空間で、生首とお喋りなんて。
理解できない事が同時に起き過ぎている。
許容量は疾うに超えている。
そんな状況で、それでもボクが理解しないといけない事がある。
それは、彼女が自分の事を「アンジェラ」と言った事。
ボクの懸念は、あの女騎士ロゼの判断は正しかったという事。
他人のカラダを借りて生きているという事実だ。
アンジェラは、この現状をどう思っているのか。
訊かなければいけない。
(あの、)
そうアンジェラに尋ねようとした時、見えていた景色が歪み始めた。物の輪郭がボヤけていく。
やがて、世界が眩い白に染まった。
木製の天井が目に入ってきた。
背中を柔らかな感触が包んでいる。
ベッドの上だろうか。
「……結局、夢だったのかな」
「どんな夢?」
想定していなかった声に、ボクは飛び上がる。
見覚えのない部屋に居た。
今住んでいる旧寄宿舎の一室に似た構造の部屋だ。
違う所といえば、ベッドが一段な事と、あそこより小綺麗な事。
そしてボクの前には、あの赤毛の聖騎士がいた。
ボクが先刻まで寝そべっていたベッドの前で、此方を向いて椅子に跨っている。
「急に倒れるから驚いたよ。もう大丈夫?」
彼女は此方を気遣うような素振りを見せた。
「は、はい。すみません、何か迷惑を掛けちゃったみたいで」
「あはは、気にしないでいいよ」
そう言いながら彼女は微笑んだ。
追い駆けられた時とは大分違う、優しげな表情だ。
彼女の話だと、此処は聖都の中心に聳えるアルヒロンド城に隣接する聖騎士用の寄宿舎らしい。
「その、お世話になりました」
「くどいようだけど、私の友人について本当に何も知らないんだね?」
身支度を整え、せっせと部屋から出ていこうとするボクに、彼女は再度訊ねてきた。
先刻の出来事は実際に起きた事なのか、夢なのか。
今のボクには判別が付かない。だから。
「はい。ボクはアンジェラ・コーリなんて人は知りません」
そう答えた。それが悪手と気づかずに。
「…どうやら、しつこく訊ねた甲斐があったみたいだね」
言葉の意図を理解するより早く、喉元に剣を当てられていた。
「お前にアンジェラの家名を教えた覚えは無い…!」
「ッ!」
その声は怒りに震えていた。
「知っている事を全て吐け。でなければ今すぐ、お前の喉をかき切る…!」




