第16話 緋色の女騎士
旧家に目を付けられる。アメリアはそう言った。
「それは、ボクがアインと行動を共にしてるから…?」
「一因にはなるかもだけど、原因の大元はグランさんの方だね」
アメリアは持っていたベルトをテーブルの端に置いた。
「アインから旧家とグランさんの関係性は聞いてる?」
「確か、グランさんが旧家の出身じゃないから対立してるって」
「なるほど。じゃあ旧家について、少し補足しようか」
「旧家。偉大な英雄の血を引く者達。彼等にとって聖騎士は、人々を魔物から守る職ってだけじゃない。己が英雄の血統である事を証明する身分であり、名誉そのものなんだ」
アメリアが此方を指差す。
「そこでー、君だ。旧家の出でない教皇グランから、何の努力も無く聖騎士の称号を授かった少年。そんな君に、彼等がどんな感情を抱くと思う?」
『グランは俺を保護する為に、俺に聖騎士の称号を与えた。旧家はソレが気に食わないんだ』
アインの言葉が頭をよぎる。
聖騎士は、旧家の人間にとって特別な価値を持つものなんだろう。ソレをただ自分の身柄を保護する為に使っているボクを、彼等が見たらどんな感情を抱くか…。
「…怒り、ですか?」
「そうだねー。彼等は、教皇が聖騎士の身分を軽んじていると感じるかもしれない。だから試すんだ」
試す?首を傾げるボクに、アメリアは言葉を続ける。
「君の実力を、だよ。その身分を与えるに相応しいのか」
「それが決闘って事ですか」
「そう、旧家の持ち込んだ面白い仕来りだよ」
アメリアは苦笑を浮かべながら言った。
「人を守る役目の聖騎士が、自分の名誉の為に聖騎士同士で戦うなんてさー」
「それで、負けたらどうなるんです?」
一番気になる所だ。まさか殺される、なんて無いよな…。
物騒な考えが頭を掠め、ぶるっと体が震えた。
「負けたら、旧家は君を聖騎士の身分から降ろす口実が出来る。それと同時にグランさんの任命責任を問う事も、ね」
それは困るでしょ、と此方を気遣うように彼女は微笑んだ。
あれから一週間が過ぎた。
アメリアの話では、ボクの叙任が公に知れ渡るのは二週間後の定例会議の後、つまり今から一週間後の事らしい。
この一週間、アインに対人戦の相手をして貰ってはいるけど、付け焼き刃という感じは否めない。
そして今、一体何をしているのかというと…。
「…魔物は核と魔鉱石によって構成される。核は魔物の中枢であり、ここを損傷すると、魔物はその活動を完全に停止する。肉体を形作る魔鉱石はその高い魔力伝導性から、主に聖剣の原材料として利用される、か。聖都に来るまでに倒した魔物、放置しててよかったのかな…?」
旧寄宿舎に置かれた本達を読み漁っていた。
何せ、この世界の知識が圧倒的に足りない。
魔力だって感覚的に使ってはいるけど、詳しい扱い方は知らない。
そんな状況で、この本達とボクのこの頭は実に役立ってくれている。
ボクとアインの暮らす旧校舎の一室の、物置と化しているベッドの上に積まれた本達。初めはアインの趣味の小説かと思ったが、その全てが教本だった。
初歩的な習字の本から、ここディラヘン半島の地理や植生について書かれた本まで。
まあ、習字の本については、この頭のお陰で初めから文字が読めるボクには必要ない物なのだけど。
今読んでいるのは「聖騎士入門①」という題名だ。
まさに、今のボクに必要な本と言っていいだろう。
「それにしても、随分読んだなぁ」
窓から太陽の位置を確認する。御天道様はすっかり真上まで昇っていた。
今日は朝から此処にある本を、片っ端から読み漁っていた。
アインは城まで、グランに定期報告に行っていた。週に一回、グランと面会というのがアインの習慣らしい。
「すっかり昼だし。ご飯、食べに行こうかな」
壁に立て掛けられた丸盾を腕に嵌め、簡単に身支度を整える。
「よし、行くか!」
この一週間で分かった事の一つに、アインの食事事情がある。それは……あまりにも食べる物に関心が無い、という事だ。
朝食、昼食、夕食。その全てを保存食を齧るだけで済ませている。
勿論、誘えば普通に外食もするけど、何もしなければ延々と保存食を摂り続けるだろう。
見ている此方が辛くなってくるものだから、この一週間、アインを引っ張って色々な料理を食べ歩いてきた。
そして今日も、新たな出会いを求めてボクは街に繰り出す。
「ん〜美味しい!」
そんな訳で、今日の昼食はラップサンドと相成った。野菜と薄切りの肉が、小麦粉の薄焼きパンで巻かれていて、肉に絡んだピリ辛のタレが空腹感を刺激する。
通りの屋台で買ったソレを頬張りながら通りを歩いていると、進行方向から、遠くからでも目立つ白い騎士服を着た男女の二人組が歩いてくるのが目に留まった。
「ハウンド!いい加減私の質問に答えろ!」
女の方が前を歩く男に叫んでいるが、男の方は完全に無視を決め込んでいるようだ。
段々と近づくにつれて、二人の様子がハッキリと見えるようになる。
ハウンドと呼ばれた男は黒に近い灰色のマッシュルームヘアに、角張ったメガネを掛けている。その奥の瞳は金色だ。全身からザ・優等生という雰囲気が漂っている。両肩には銀の肩章が装飾として付けられていた。
その跡を追う女は真紅に近い赤毛で、その長い髪を後ろで一つに纏めていた。瞳は碧く、吊り目だ。
そして何より……綺麗だった。
理由もなく、彼女を目で追ってしまう。
彼女はそのまま男を追って通り過ぎるものと思っていた。
しかし、彼女も自分達と同じ白い騎士服が目に留まったんだろう。此方をチラリと見て、そして立ち止まった。
その顔は酷く驚いている様子だ。まるで、あり得ないモノを見たかのような。
彼女は方向転換し、此方に向かってつかつかと歩いてくる。追っていた男はもう、人混みの中に紛れてしまっていた。
正面から見ると、その端正な顔立ちがよく分かる。ただし此方を凝視するその圧によって、ボクの中では恐怖が勝ってしまっていた。
巻かれた薄焼きパンを咥えながら、何気ない風を装って通りの端に寄っていく。
(何かやっちゃったかな?)
急いで昼食を咀嚼しながら、そんな事を考えるけど、特に覚えはない。
そのまま通りの端、小道の入り口まで辿り着くと口の中のモノをゴクリと飲み込み、ボクは全力で小道の中に走り込んだ。
もしかしたら逃げた事は逆効果だったのかもしれない。ただあの場で突っ立って居られるほど、ボクの肝は太くなかった。
道の分岐をランダムに選択しながら、身体強化も使って走り抜ける。失念していた事があったとすれば…。
「おい」
上から聞こえた声に反応する前に、前方に人影が舞い降りた。
そう、失念していた事。……それは、彼女も聖騎士だという事。それも、確実に自分より経験の豊富な、だ。
そのままボクは壁に追い詰められる。彼女は両手を壁に突け、左右の逃げ場を潰す。所謂、壁ドンだ。しかも両手で。
相手のまつ毛がハッキリと見える程距離が近い。
これが学園ラブコメだったなら、どんなに良かっただろうか。ボクの心臓は別の意味でドキドキだ。
「あ、あの、何でしょうか?」
恐る恐る尋ねる。
ボクの言葉の何処に反応したのか、相手の瞳孔が開く。
「おい、お前…」
怒りと困惑が混ぜ合わされたような声だ。
「その声も、顔立ちも、瞳も。どうしてお前が、アンジェラの容貌をしているんだ…!」




