第14話 チュートリアル
私は庭に植えられた木の下に座っていた。読んでいた本は膝の上で放置され、私は庭に立つ一人の少女に視線を向けている。
真紅のペンキで塗り潰したような赤毛が揺れ、木剣を片手に舞う彼女に彩りを与えていた。
ずっと眺めていたい。そんな私の願いは届かず、視界は段々とボヤけていく。今度は、もっと長く──。
目を開く。意識は覚醒し、周囲の状況を把握し始める。
ここは旧寄宿舎、唯一掃除の行き届いている部屋の二段ベッドの上の段。
ボクはむくりと起き上がり、頭を掻く。
「また変な夢…」
昨日は疲れたから、こんなよく分からない夢を見たのだろうか。
あの後、アメリアは最低限の知識と言っておきながら日が沈むまで延々と喋り続けていた。研究者の性と言うべきなのか、自分の研究に関連する事となるとブレーキが効かなくなるらしい。
結局、自分の聖剣を見繕う頃には、深夜近くになってしまっていた。
二段ベッドの梯子を降りる。下段のベッドでは、まだアインが眠っていた。
寝返り一つせず、まるでスリープ状態のアンドロイドみたいな格好だ。
そんなアインは放置して、ボクは着替えを始める。
経緯はどうあれ、聖騎士になったボクには騎士服が支給された。
向かいのベッド隅に畳まれて置かれたソレを広げ、せっせと着る。これで、外套で何とか誤魔化してきた上半身下着だけ問題も解決だ。
ボクが着替え終わる頃に、アインは起き上がった。
「おはよう」
「…ああ、おはよう」
ボクの挨拶に、アインは間をあけて答えた。
「今日は郊外で実戦なんでしょ。緊張するなぁ」
「問題ない。万が一の時も俺がいる」
今日は、昨日習った事を実践する為に、聖都の外で魔物狩りをする事になっている。
手短に朝食を済ませ、ボク等は出発の準備を整えた。
アインは腰に長剣の聖剣を刺し、ボクも壁に立て掛けられた、ボクの聖剣を手に持つ。
丸盾。それがボクの選んだ聖剣だった。
聖都を囲む防壁の外、平原が終わり木々が生い茂る森の前にボクとアインは来ていた。
「この中入っていくの?」
「街道周辺の魔物は掃討される。魔物を探すなら未開拓の領域でだ」
言いながらアインは森に入っていく。ボクも後に続きながら、昨日の話を思い返していた。
「魔力、ですか?」
聞き返すボクに、アメリアは頷く。
「そう。魔力は人間の潜在的な力で、聖騎士は魔力と聖剣を駆使して魔物と戦う。まあ、言葉での説明じゃ限度があるよねー」
言いながらアメリアはボクの両頬に手を当てる。
「今から君の体に私の魔力を流す。そしたら、君の体の防衛本能が働いて魔力が発現するはずだよ」
「防衛本能ってなんッ!!」
体に激痛が走り、言葉が途切れる。
肌が焼けるように痛む。何だこれは…!
痛みに堪えていると、胸の辺りから、何か形の無いモノが溢れ出るのを感じた。
得体の知れないソレは体を迫り上がり、頭の中を満たすように広がっていく。
それに伴い、激痛がだんだんと静まっていく。
息を整えながらアメリアの方を睨むと、彼女はニコリと微笑んでいた。
「どうやら無事に魔力が発現したみたいだねー」
「せめて始める前に、痛むよって忠告くらいはして下さいよ…!」
ボクの抗議に耳を貸さず、アメリアは話を進める。
「さっきの感覚を思い出して、魔力を体全体に行き渡らせてみて」
あの、胸から溢れ出てきたモノが魔力か。
目を瞑り、ついさっき体験した感覚を思い出す。
胸の辺りから、力を溢れ出すように…!
変化はすぐに起きた。
得体の知れない何か、もとい魔力が体の中を流れ出す。
これを、全身に広がるように…!
魔力が体の隅々まで浸透する。どういう訳か、体が軽く感じる。
目をゆっくりと開ける。目の前にアメリアが座っている。けど、さっきとは違う。
「アメリアさん、何か纏ってる…?」
視覚としては感じない。けれど何かがアメリアさんの体を取り巻いていた。
「おー、他人の魔力の知覚も出来たみたいだね」
アメリアさんはこっちに手をひらひら振ってみせた。
「全身に魔力が浸透している今の君は、身体機能が向上し、魔力を知覚しやすい状態になってる。所謂、身体強化だよ」
とは言っても、とアメリアは一拍置く。
「これは基礎中の基礎。魔力を扱う上で大切なのは、イメージと意志だよ」
「イメージと意志?」
「そう。イメージによって魔力は型取られ、意志によって世界に干渉する力が生まれる。それが魔力の基本的な使い方だよー」
「居た」
アインの短い言葉に、意識を目の前の出来事に移す。
アインは自分の聖剣をベルトから抜いていた。
「まずは、相手の攻撃を弾くだけでいい。トドメは俺がする」
「オッケー…!」
ボクも手に持った丸盾を構える。この聖剣は、二つの円が重なったような形をしていて、二つの円盤の間には僅かに隙間が開いている。
ガサッと草木をかき分ける音と共に出てきたのは、狼型の魔物だった。奇しくも、この世界で初めて対峙した魔物だ。
胸から湧き出る魔力を全身に浸透させる。そしてそのまま、丸盾にも魔力を流す。
頭の中ではまた、アメリアの言葉を思い返していた。
『聖剣は魔力を通すことで、魔力を扱う上でのイメージを補完してくれる。剣は切り裂くもの、矢は貫くもの、盾は防ぐもの。初めから目的の形を取っているから、後は自分の意思を込めるだけでその真価を発揮できる』
魔物が屈み、跳躍の体勢に入る。
盾に流す魔力に意志を込める。
攻撃を弾く。この体を、仲間を守るために。弾く。弾く。弾く!
「弾く!」
丸盾の二つの円盤の間から水色の光が放たれ、第三の円となって形取られる。
アメリアから貰ったこの試作品の聖剣の機能はシンプル。 それは、ボクの意志に呼応して形状変化する第三の盾が魔力で形成される事。
魔物が飛び掛かる。空中を跳躍して、こちらに牙を立てようとする様子が、前とは違ってハッキリと分かる。
これも身体強化の賜物か。
狼の魔物の顎下目掛けて、丸盾を振る。
衝突による振動が体に伝わる。
でも、もう初めて魔物に襲われた時とは違う。
体は吹っ飛ばされず、足の踏ん張りが効いている。
そのまま丸盾を振り切った。
魔物の前身が跳ね上がられ、その体が宙を舞う。
「アイン!」
叫びに応じるようにボクの脇からアインが前に出る。
そのまま宙に舞った魔物を一閃、頭を切り落とす。二つに分かれて地面に転がったソレは、完全に沈黙していた。
「ボク、ちゃんとやれてたか?」
「ああ」
緊張による息切れを起こしているボクの問いに、アインが簡潔に答える。
「そっか」
緊張が解けて、筋肉が弛緩する。そのままボクは地面に腰をつけた。
盾を装着した左腕の掌を広げて見る。酷く汗ばんだその手を見て、ボクは達成感に浸っていた。
「休んでいる所悪いが、また魔物だ」
その言葉を受けて、ニヤリと笑う。先刻までは無かった自信が漲っていた。
「よし、じゃあサクサクやるか!」
そう言いながら立ち上がり、丸盾を構える。
最終的に、先刻と同じ狼の魔物を数体倒して、ボクの戦闘チュートリアルは終わりを迎えた。
「そういえば、何で盾を選んだんだ?」
帰り道、アインに問われる。
「まあ、このカラダが盾役をするのにピッタリっていうのもあるけど」
そう言って、アインを指差す。
「折角なら連携できるヤツが良いじゃん?ボクが防御で、アインが攻撃。実際、ナイスコンビネーションだったでしょ」
言われたアインは一瞬、ピンとこない表情をした。その後、何やら考え込む仕草もしたが、それもすぐ終わった。
そして、アインには珍しく僅かに口角を上げる。
「そうだな」




