第12話 セイ
切った髪の毛がパラパラと床に落ちる。鏡の前、左右に顔を振って出来栄えを確認する。
「初めて切ったにしては上出来、かな」
浴場の鏡に映る、ある程度は短くなった髪を見てそう自評する。
所々他より少し長く伸びていて少々不格好だが、少なくともこれで女と間違われる機会は減るだろう。
「よし。悪いね、アイン。待ってもらって」
壁にもたれ掛かっていたアインに謝辞を入れる。アインは髪を切りたいというボクの我儘を聞いてくれた。
「問題ない。時間は十分にある」
「教皇様に会うって用事に?」
「ああ」
報告に行ったアインは教皇グランさんからボクを連れてくるように、と指示を貰ったようだ。
「じゃあ、早速行こうか!」
「デッカいなぁ」
昨日、乗合馬車の中からも見えた純白の城が目の前に聳え立っている。
城前は聖騎士や聖職者のような格好の人達が多く往来していた。そんな中、何人かの聖騎士がこっちを窺うように見てくる。
きっとその視線はボクではなくアインに向けられたものなのだろう。
好奇や懐疑、中にはあからさまな敵意まで。一緒に歩いているこっちまで疲れてしまう。アインはそんな視線を物ともしていない様子だ。
「アインってメンタル強いよね」
「そうなのか?」
「うん。さっさと目的地まで行こう。じゃないとボクが保たないよ」
アインは不思議そうに首を傾げつつも、城内にその歩みを進めていく。
城の奥、建物を数回登った場所にある大きな扉の前にボク達は辿り着いた。扉のある廊下は人の通りも少なく、その静かさが荘厳さを醸し出していた。
アインが戸を叩く。
「アインだ」
敬語もないアインの名乗りに、大丈夫なのか?と心配したが、部屋の中からは「入ってきなさい」と特に気にしていない様子の返事が返ってきた。
アインがドアを開く。広がる視界の中心には、四十代程に見える、柔和な表情をした男性が居た。
白髪混じりの灰色の髪はオールバックで綺麗に纏められ、顎髭も短く整えられている。その瞳は青色がかった灰色だ。
「君がセイ君だね。初めまして、私はルブラ教教皇のグランだ」
「セイ君、君を此処に呼んだのは、君に提案したい事があるからなんだ」
「えっと、それはどんな?」
部屋の横に配置された高級そうなレザーの椅子に座ったボクにグランさんはテーブルを挟んだ向かい側に座り、話し始める。
「君の特異な体質について、私は興味があるんだ」
特異な体質。それは水色に変色するこのカラダの事だろう。
──まさか、研究の為の実験台にされたり…。
そんな事を想像して、嫌な汗が出る。心なしか此方を見つめる教皇の目が鋭くなったような気がする。
「そこで、だ。セイ君、聖騎士になる気はないかい?」
グランさんの言葉に、思考が一瞬停止する。
「せ、聖騎士!?」
「私はルブラ教会のトップではあるが、教皇が直接的な権限を持っているのは聖騎士に対してだけだ。それも限定的ではあるがね」
グランさんは言葉を続ける。
「つまり私の権限によって君の身柄を保護し、その見返りとして君の体を調べたいんだ」
つまり、実験台は実験台でも、身の安全は保証してくれるという訳だ。
これはボクにとって非常に都合が良い話だ。何故なら…。
ボクの思考を読むようにグランさんは話し出す。
「それに、記憶喪失の君は頼る当ても無い筈だ。」
記憶喪失。それはアインと初めて会った時に吐いた嘘だ。けれど知らない世界に放り出されたボクには、確かにココで生活していく為の当てが無い。
「強要はしないが、是非、考えてはくれないかな?」
教皇の言葉に、ボクは目を伏せる。視線の先には未だに見慣れない色白い両手が映る。
この世界に来て、何日も経った。その中で自覚してしまう。このカラダも、頭も、声も、髪の色も、ボクのモノじゃないと。
ボクはボクという存在に確証が持てなくなっていた。
髪を切ったのは、ボクという存在が「菊池星」で無くなっていると感じてしまったからだ。
それと同時に、変わってしまった自分を認めなくてはいけないとも感じていた。
だから今、ボクは選ぶ。この世界で「セイ」として生きる道を。
「その提案、受けさせてください」
グランさんの目を真っ直ぐに見つめ返して、ボクは言った。
「…ありがとう。セイ君、これから宜しくお願いするよ」
そう区切ると、グランさんはアインの方を向いた。
「じゃあアイン、彼をアメリアの所に連れて行ってくれないか?話は通してあるから」
アインはこれを承諾して、ボク達は教皇の部屋を後にした。
廊下を歩きながら、息を吐いていると、アインが話し掛けてきた。
「良かったのか?」
「グランさんの言った通り、頼る当ても無いしね。それに」
この数日間を思い出す。
「それに此処に来るまで、アインに頼りっきりだったからね。友達としては、対等な立場に立ちたいってモノなんだよ」
「友達…」
言葉に詰まったアインに、少し気不味くなる。これ迄の旅で、ボクはアインに親近感を覚えていたし、信頼もしてきていた。
ただ、ソレはボクがアインに一方的に抱いていた感情で、アインは違うのかもしれない。
「少し、馴れ馴れしかったかな?」
前を歩くアインに訊ねる。アインは、考えるように黙った後、口を開いた。
「いや…そうじゃない」
アインが振り向き、立ち止まった。ボクもそれに合わせて止まる。
「そうだな…。セイ、お前は俺の友達だ」
そんな事を臆面も無く言ってしまうものだから、気恥ずかしさに思わずニヤけてしまう。しかし、ここで黙ったら何か負けたような気分になる。
「うん、アインはボクの友達だ」
そう言いながら拳を突き出す。アインは突き出された拳を見つめ、遠慮がちに自分の拳を合わせてきた。
それは一種の儀式だった。互いにある見えない壁を一枚取り除き、信頼関係を確認する為の儀式。
ボクこと「セイ」は、この世界で初めての友人が出来た。




