playback 貴族と執事と謎の少女と
気に食わなかった。オレよりずっと下の筈なのに、オレに無いモノを持っているアイツが。
瞼に通う血を通してオレンジ色になった光が眼球を刺激する。
「ん…」
薄らと瞼を開くと、光が入り込んで段々と意識が覚醒していく。そうだ、オレは…。
「お目覚めですか、フィーロ様」
その一言によってゆっくりとした目覚めの時間が終わり、フィーロと呼ばれた少年は寝具から上体を起こした。
金髪の癖毛にくすんだ紅色の瞳。アインとセイ相手にコントル関所で蛮行に及んだ少年の姿がそこにはあった。
少年の寝ていたベッドの脇には黒い長髪に長身の、執事服に身を包んだ青年が立っている。
「…ヘリドか。オレはどのくらい寝ていた?」
「半刻といった所ですね」
ヘリドと呼ばれた執事は主人に畏まる様子もなく、気楽に答えた。
フィーロは痛む頬を軽く押さえながら、気を失う前の出来事に思いを馳せる。
「あの白髪女、腕が『発光』していたのか?そこまでの魔力は感じなかったが…」
「この件、御父上に報告しましょうか?」
「よせ。相手も旧家の可能性を捨て切れない以上、派閥間の争いは避けるべきだ。それに…」
ヘリドの解答への答えを、フィーロは途中で区切った。まるで、そこから先を口にするのを躊躇うように。
「──、それに、こんな事で父上を失望させたくはない…」
「承知しました」
主の複雑な心境に微笑を含みながらヘリドは受け答えをする。そこまで父親の事を敬愛しておられる訳でもないのに、自分の主人は中々面倒な性格をしていると心の中で独りごちる。
そんな臣下の心を察したのか、フィーロは顔を顰めた。
「お前、オレの隣に居ただろう」
「え?ああ、そうですね」
「それにしては何処も負傷しているようには見えないな」
フィーロの詰問にヘリドは頬を掻く。
「まあ、私は倒れた振りして乗り切ってましたから」
「…オレに仕える身なら、その体を盾にする位はしろ」
そう言いながらも、フィーロはヘリドの態度の改善について殆ど諦めていた。幼い頃より自分に仕えてきたこの男は、出会った頃からこの飄々とした態度を貫いている。今更矯正など無理だろう。
主人の従者の会話が途切れたその時、部屋の扉をノックする音がした。
「ド、ドライザイレ卿、魔物の襲来です!」
主人に代わり、ヘリドが扉を開き応対する。伝令の騎士は執事姿のヘリドを見て緊張を解いた。
「規模と位置は?」
「目算では百を超えています!位置は西、渓谷の中心を直進してくる模様!」
「行き来している馬車はいるのか?」
「い、いえ、ありません!」
続いたフィーロの問いに、騎士は上擦りながら答える。このコントル関所で、彼より身分の高い者は居ない。
「ヘリド、出るぞ」
そう言いながら立ち上がり、フィーロはベッド脇の椅子に掛けられたマントを翻し、肩に掛ける。
「オレ一人で方を付ける」
防壁の上、フィーロは立っていた。すぐ後ろにはヘリドが控え、更に後方では騎士達が待機している。
「おい、ヘリド。アレは何だ?」
フィーロは顔を顰め、遠方の空を覆う黒い影を見つめていた。
「私はフィーロ様ほど、目は良くありませんよ。何が見えたんです?」
呆れたようにヘリドは返す。
「強いて言うなら蜥蜴の頭が付いた鳥だな」
灰色の、岩肌のような体皮の鳥の体から赤い筋組織が剥き出しになった長い首が飛び出ている。その先に蜥蜴の頭を模った、体と同様に灰色の頭部が付いている。その図体は、背に浮かぶ光輪によって支えられていた。
「しかし、異常増殖の時期でもないのに数が多い」
魔物の集団を眺めながら、フィーロは一人呟く。
「ヘリド!弓を出せ!!」
後ろで待機していたヘリドは、恭しい態度で弓をフィーロの前に掲げる。
受け取ったフィーロは弦に青い光沢を持つ金属の矢をあてがい、目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出した。
大気が揺れる。フィーロの周りを取り巻くように、風が起こる。髪は風に靡き、その根本から水色の光を纏っていく。
徐ろに開いたその瞳も、水色を光を宿していた。
ゆっくりと弓を引き絞る。目を見開き、敵を見定める。
「遍く全てを、射殺せ」
息を吐くように言葉を紡ぎ、矢を放す。
矢は空気を切り裂き、風切り音が響く。放たれた矢は猛烈なスピードを出しながら分裂する。
放たれた矢と同じ形、同じ大きさの水色の光で出来た矢が、初めの一矢を中心に放射状に分裂して広がる。分かれた光の矢は、再び分裂し、コントルの渓谷を埋め尽くした。
光が魔物の集団を襲い、渓谷の底で土埃が舞う。
魔物の墜落した音が止むまで、防壁の上は静まり返っていた。そして。
「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」
待機していた騎士達は歓声を上げ、互いを抱き合い、また歓声を上げる。
「流石は『始まりの英雄』の直系、ドライザイレ家の御嫡男だ!!」
「あの数を一矢で!」
騎士達が口々に囃し立てる中、ヘリドはフィーロに近づく。フィーロの髪から水色の光が取れていき、金色の地毛に戻りつつあった。
「先刻の勝負も、その力を欠片でも使えば勝てたでしょうに」
「下らない事を言うな」
フィーロは弓を突き出しながらヘリドの方を向く。
「オレは、オレ個人の願望の為に借り物の力を使うような事はしない」
そう言いながらフィーロは騎士達の方へと向かっていった。
「色々捻くれてるのに、変な所で真っ直ぐですよね…」
残されたヘリドは誰に言うでもなく呟いた。
ディラヘン半島、コントルより遠く離れた砂浜にて。
黒髪の少女が空を見上げていた。白いワンピースを着て、足は海水に浸かっている。
「…あれ?皆死んじゃった?」
脚を軽く上げて、海水を跳ね上げて遊ぶ。
「低い場所から楽に移動させようとしたのが仇になったなぁ。まさか人間の住処になってただなんて」
今度は爪先を砂に埋め、くるくると回す。波が掻き乱され、海水の中で砂が舞う。
「でも、大本命はまだ無事!問題は私が何処に行くべきかよね」
その時、海岸に沿った砂利道を荷馬車が通りかかった。御者台に乗っていた聖騎士は、少女の姿を認めるとレバーを放し、馬車を止める。
「そこの人!外に一人で居ては危ないですよ!」
騎士の声に、少女は振り向く。
「…ま、初めは手当たり次第でいいか」
そう呟き、荷馬車の方に駆けていく。
「すみませーん!近くの村まで、乗せていってくれません?」




