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第10話 エスケープ

「まだ遠くには行ってない筈だ!」

「二人組で、片方は水色の髪が特徴だ!探せ!」


 通りを聖騎士達が忙しなく駆け抜けていく。

 そんな喧騒から外れた路地の中の更に狭い、建物の壁に挟まれた通路でボク等は身を潜めていた。アインには、ボクの着ていた外套を頭から被せている。


「傷は大丈夫か?」


 アインに言われて、頬を軽くなぞると手に血が付いた。傷口を軽く触ると硬い感触が伝わってくる。


「もう出血は止まったみたい」

「そうか」


 短い返答の後に沈黙が続く。気不味い…。

 

「街の中に入ったはいいけど、今度は街から出るのが問題になったね。聖騎士がボク等を探し回ってるよ」

「お前があの聖騎士を殴り飛ばさなければ、もう少し穏便に事が進んだんだがな」


 アインが呟くように答える。


「………なんか偉い人だったの?肩からマントとか掛けてたけど」

「ソレは旧家の人間の特徴だ。それも、それなりの地位の人間の」


 旧家。貴族みたいなモノなんだろうか?

 あまり要領を得ていない表情のボクに、アインは解説を続ける。


「旧家は魔物の時代を終わらせ、人間の時代を作り上げた英雄達、『始まりの英雄』の血族の事だ。彼等の派閥は、教会内部でも屈指の勢力を持つ。ここコントルも彼等の勢力圏だ。」

「ヤバい所に喧嘩を売っちゃったのか…」

「いや、最大の問題はそこじゃない」


 意外にも、アインはボクの言葉に否定的な言葉を返した。


「確かに旧家の人間を攻撃したのは不味い。だが、それよりも不味いのは」


 そう一区切りつけると、アインはこっちの目を見て言葉を続ける。


「俺と行動している時に事が起こってしまったという事だ」

「それって…」

「今代の教皇グランは、旧家の生まれではない。だから今の教会は旧家派閥と教皇派閥に分かれている。」


 アインは視線を下に落とす。


「グランは俺を保護する為に、俺に聖騎士の称号を与えた。旧家はソレが気に食わないんだ」

「それが、さっき攻撃してきた理由だっての?」

「ああ。一部の人間は、俺の事を人間としては扱わない。先刻の攻防も、一種の憂さ晴らしの可能性もある」


 何か、ムカつく話だ。八つ当たりにあんな事をするなんて。


「でもまあ、起こっちゃった事は起こっちゃった事だよね。まずは此処から出る方法を考えよう」


 街の両端に聳え立つ崖に目を向ける。


「アイン、あの崖、さっき壁を駆け上ったみたいに越えられない?」

「街の真ん中辺りは、頂上で崖が内側に反っている。お前を抱えてとなると、越えるのは不可能だ」


 ボクが居なかったら出来るのかよ…。


「城壁寄りの崖なら越えられるだろうが、壁の上の聖騎士に見つかるリスクが高い。奴等も警戒しているだろうしな」

「その不死身ボディで強行突破は?」

「幾ら体が再生するからといっても、身体中を串刺しにされたら動けない。先刻と違って一つの矢を躱わせば良いという話ではないからな」

「八方塞がりか〜」


 上を見上げながら息を吐き出す。空は、ボク等の状況に構わず、青くどこまでも澄んでいた。


「先刻から聞いていて疑問なんだが、何故そうも力ずくな方法ばかり提示するんだ?」

「…え?」

「コントルにも教皇派の人間はいる。彼等と接触すれば手はある」


 どうやらボクはアインの怪力式解決方法を見慣れてしまった為に、頭まで脳筋になってしまっていたみたいだ。


 コントルの街の中心には他の建物より突き抜けて高い純白の教会が建っている。僕等の向かう先はその立派な教会、という訳ではなく街の端、崖の影響で若干の勾配がついた坂にある小さな教会だった。

 上の開けた排水溝に掛かった石材の橋を渡り、教会に入ると、中には居眠りをしている老人と、退屈そうに長椅子に座る三十代かそこらの司祭がいるだけだった。


「おや、来客とは珍しい事だ。何か用があるのかい?」


 司祭は首だけ回して此方を向き、気怠そうに話しかけてきた。


「補給がしたい」

「…聖騎士には見えないけど、補給なら向こうの大教会でやってくれよ」

「酒が欲しい」


 アインの言葉を聞いて司祭は一瞬動きを止めたが、すぐににやけ面を顔に貼り付けた。


「なるほど、俺と同じ腐れ聖職者って訳だ。いいぜ、付いてこい」


 教会の礼拝堂の奥に繋がる廊下を歩きながら、司祭はアインに問いかける。


「それで、どんな酒がご所望かな?」

「聖都の青き聖水を」

「合言葉はバッチリっと。定期的に来る内偵の奴以外ウチには滅多に人が来ないからさ、旧家の連中に抜け道の事がバレたのかと思ってヒヤヒヤしたよ」

「抜け道?」

「ここだよっと」


 そう言いながら司祭は廊下の突き当たりにある扉を開いた。

 何の変哲もない部屋。何やら書類の積もった机と、壁際に寝具があるだけ。司祭はベッドに近づくと、マットレスをよいしょと持ち上げ、壁に立て掛けさせた。続いて、マットレスの下の、太い縄で繋がった簀子(すのこ)を転がしながらベッドから取り外す。


「これは…」


  マットレスと簀子を取り外した寝具の下の床には、取っ手の付いた四角い扉が隠されていた。


「さあ、行くがいいよ」

「ああ、助かった」


 アインが外套のフードを外し、感謝の言葉を口にする。その水色の髪が司祭の目に止まった。


「その髪、そうかお前、お前が噂の怪物野郎か」

「…怪物?」

「教皇様が人の形をした怪物を拾ったって、数年前から流れてる有名な話さ。青い髪と瞳を持ってる、絶対死なない怪物をさ」

「その条件なら、俺も当てはまるな」


司祭は呆れたように肩を動かす。


「何で教皇様はそんな判断したんだか。まあ、オレには関係無い事だ。さあ行った行った」


 そのまま押し出されるようにボク等は隠し扉を通っていった。


 周りを岩で覆われた人口のトンネルが目の前に広がっていた。一定間隔で光源が天井に設置されている。


「ここからコントルの東側の出口まで一直線だ!」


 上から司祭の声がこだまする。上から扉を閉じる音が聞こえてきた。


 アインと2人、抜け道を歩いて行く。足音だけが、空洞の中で響いていた。

 横目で見るアインは、いつもと変わらないように見える。


「なあ、アイン」

「どうした」

「気にしない訳?」


 アインがこっちを向く。その顔は、質問の意図がよく分かっていないようだった。


「何の事だ?」

「さっき怪物だって言われた事だよ」


 言われたアインは、また前を向いてしまった。


「気にしていない」


 アインの口から出てきたのは、それだけだった。

 もしかしたら、言われ慣れている事なのかもしれない。怪物だと、色んな人から。

 前にアインは言っていた。自分が普通の人間だと信じられるなら、ボクは、アインは普通の人間なのだと。

 でもきっと、どれだけ自分を人間と定義したって、不安は消えない。自分じゃない誰かに、同じように定義してもらいたい筈だ。少なくとも、ボクは。


「アイン、お前は人間だよ」

「…そうか」


 ひどく短い返事だ。この言葉をアインがどう感じているかなんて、ボクには分からない。

 所詮はボクの自己満足。勝手に仲間意識を持っているボクが、アインを、自分を人間だと思いたいが為の言葉だ。


 それでも伝えておきたいと、ボクは思ったんだ。

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