炎拳と嵐剣
二人、始まりは奇しくも同じ動きを起こした。
護も百塚も、共に魔法を発動し、その光が空に消えゆくよりも先に地を蹴った。
開始にあった距離は些細なものだった。
瞬時に互いの間合いをぶつけ合い、視線に乗せた戦意が火花を散らした。
「はははぁぁああ――‼」
哄笑か雄叫びか、裂帛の気合を乗せて百塚は荒神を振り下ろす。
突進の勢いそのままに斬り下ろす単純明快な一閃。
しかしそこに速度と重さがばちりと噛み合った瞬間、それは必殺になる。
土杭蛇を素手で殴り飛ばす百塚の一撃だ。当たれば魔法を使っていようと、人間がどうなるか想像に難くない。
それを目前に、護は速度を緩めることはしなかった。
それどころか足を前に出し、更に踏み込む。
拳と剣では、どうしたって間合いに差が出る。
それ故に、退いてはならない。臆してはならない。
――見ろ。見ろ。見ろ!
目をかっ開き、見るのは剣の動きではない。百塚一誠の全身の流動、魔力の発露。
百塚が身体に纏うエナジーメイルが、次にどのように動くのか、流れから予測する。
百塚の剣が振り下ろされた時、その速度に心胆を寒からしめる。
しかしその時、既に護は動いていた。
攻撃を見てからでは遅かった。
来るであろう流れを見切っていたからこそ、身体はその予測を頼りに舵を切っていたのだ。
本人こそ知らぬ、『見』の才覚。
目と耳と肌と筋肉と、全てを使って流れを掴む技巧だ。
そこに至った者だけが見ることができる、一ミリの空隙を護は進む。過ぎる剣の硬ささえ感じられる道を駆け抜け、護は踏み込む。
そこにあるのは、驚愕に目を見開く百塚の顔だ。
そこへ一切の迷いなく、炎を握りしめた拳を叩き込んだ。
「『三煉振槍』‼」
ゴッ‼
三枚の花弁を散らし、火炎の槍が百塚の顔に突き立った。
みしみしとエナジーメイル越しに頭蓋を衝撃が抜け、百塚の顔が歪む。
炎が膨れ上がり、爆炎と共に百塚の身体が後ろに吹き飛んだ。
前評判を丸ごとひっくり返す鮮やかなカウンターに、観客席は息を呑み、そしてコートが揺れる程の歓声があふれた。
しかし万雷の如き喝采を浴びてなお、護の顔色は優れなかった。
「‥‥起きろよ、百塚」
今の拳の感触。
それに覚えがあった。嫌な感触だ、忘れようにも忘れられない。丁度昨日、虎を殴った時の感触によく似ていた。
衝撃を殺された。
殴ったはずなのに、本体に届かない化かされた感覚。
「――ふぅ、驚いたぜ。てっきり魔法頼りかと思ったら、中々どうしてやるじゃねぇか」
当たり前のように、百塚は起き上がった。
まだ魔法を学び始めて数か月、そのほとんどを『火焔』にかかり切りだった護に詳しい原理は分からないが、この衝撃を殺す技術も『エナジーメイル』によるものなのだろう。
百塚の立っているレベルがどれだけ高い場所なのか、実感する。
それでも、賽は投げられた。
再び荒神を肩に担ぎ、百塚は腰を落とした。
「次は本気で行くぞ」
「ああ。それごと叩き潰してやるよ」
◇ ◇ ◇
百塚は荒神を全身の捻転によって振るった。
一足一刀の間合いよりも遥かに遠い位置だ。
肌に突き刺さる圧を感じ、俺は反射的に爆縮を使って横に跳んだ。
結果的にそれは英断だった。
斬撃の軌跡から、大気を巻き込む衝撃の牙が飛んできたのだ。
風の刃はタイルを削り、荒々しい唸りを上げてコートを覆う障壁に激突した。
轟‼
行き場を失った風がうねり、コートが激しく揺れた。
「おいおい、今のは‥‥」
「ショックウェーブだ。驚いたか?」
百塚が得意気に大剣を構え直した。
ショックウェーブといえば、中学時代の同級生、茶髪が使っていた魔法だ。しかしその質はまるで違う。もはや完全に別の魔法だ。
衝撃が斬撃となって飛んできた。今の威力、正面から受けたらどうなるか。
「さあさあ、第二幕と行こうじゃねえか!」
百塚は叫び、構えた剣を横薙ぎにした。
「うぉっ」
床に手を着くように身体を引くし、斬撃を避ける。
そのまま獣のように両手脚に力を込めて走り出そうとし、今度は横に跳んだ。さっきまでいた場所を、縦のショックウェ―ブが駆け抜ける。
速い⁉
脚でブレーキをかけながら百塚を見ると、彼は既に次の攻撃へと移ろうとしていた。繋ぎがあまりにも速すぎる。
荒神は大剣だ。見た目の通りならば、その重さは決して軽くはないだろう。
それを易々と振るうだけでなく、ここまでの速度で回転させられるのか。
音が音を塗りつぶし、風の刃が飛んでくる。
ただし放出系の魔法なら、やりようはある。
攻撃に押されるように退きながら、両手に炎を溜めた。
「逃げるだけじゃあ、勝てねえぞ‼」
百塚は右足を踏み込み、大地からの力を腰、背、腕、剣へと伝える。
振るわれるのは、これまでのものを超える剛刃。
迎え撃つのは、炎の牙だ。
「『捕食』‼」
両手首を合わせるように、炎の顎を放つ。
放出系の魔法なら、捕食で捉えられる。奪った魔力で、一気に百塚まで走るか、あるいは迎撃に使えばいい。
捕食がショックウェーブと衝突するその瞬間、刃が曲がった。
「――⁉」
空虚な手応えに己の失策を悟る。
なんとか身体をずらそうとするが、それが叶う暇もなく、斜め上から降ってきた斬撃が右肩に突き刺さった。
「いっ――」
巨大な獣に跳びかかられたような威力に、床を転がる。
右腕全部に痺れが走り、熱に侵される。
痛ぇえ‼ 切れ味の悪い刃物でぶん殴られたような、のこぎりで強引に引き切られたような、ビリビリと震える痛みだ。
捕食のコントロールなんてとうの昔にどこかに飛んでいって、炎が今どこにあるのかも分からない。
どういうことだ。ショックウェーブが途中で軌道を変えた。
「ぐぅぅ‥‥」
炎を集中させて肩から腕の治療を優先させる。血と火を流し込み、熱量をもって痛みを塗りつぶす。
大丈夫だ、動く。まだ終わっていない。この程度では、終われない。
「っらぁあ‼」
地面を伝わせるように、炎の波を放つ。間合いに入り込まなければ、一方的になぶり殺しだ。
この炎を目くらましがわりに、爆縮で距離を詰める。
いざ踏み込まんと膝を曲げた瞬間、嵐が起きた。
風が渦を作り、炎は螺旋に巻き込まれて、そのまま周囲へ爆散した。
そして目の前、百塚がいた。
「ッ――⁉」
「ははははは‼」
判断は一瞬だった。
互いに選んだのは防御ではなく、攻撃。
脳が指令を出すよりも先に、全身の筋肉が撃鉄となって振槍を撃ち出す。
俺の拳が百塚の顔面を捉え、百塚の拳は俺の腹を抉った。
ゴッ‼ と凄まじい衝撃に臓腑がひっくり返り、血反吐が地面を汚した。
代わりに百塚も鼻血を流しながら後ろに下がった。
「がぁっ‥‥はぁ‥‥」
「驚きだ。意表を突いたと思ったのに、カウンターを合わせてくるとはな」
「俺も驚いてるよ。‥‥それより、本当にショックウェーブか、それ」
「あん?」
百塚は溜まった鼻血を吹き出しながら、何言ってんだという目で俺を見てきた。
「ショックウェーブは衝撃波を作り出す魔法だろう。斬撃にしたり、曲げたり、随分好き勝手やっているじゃないか」
「お前、もう少し自分の魔法以外も勉強した方がいいぞ」
ほっとけ。
実際、この数か月は毀鬼伍剣流と『火焔』の鍛錬に全力をつぎ込んできたから、いまいち反論もし辛い。
テストもあったし、魔法の基本的な知識はあるつもりだが。
仕方ないとばかりに百塚は口を開いた。
「妖精から得られる魔法の多くは、いくつかの要素を持っていることが多い。例えばショックウェーブなら、『風』の『衝撃』だ。ようはそれらの使い方だ」
百塚はそう言うと、手のひらから小さなつむじ風を生み、タイルに落とす。それは残り火を巻き込み、鋭く回転すると、散った。
「風は強く吹けば嵐となり、衝撃は鋭くなれば刃となる。時として魔法は使い手の思いを汲んで新たな魔法となるが、俺のこれは純粋な技術によるものだ」
魔法から派生する魔法は知っている。村正はフラッシュから派生する『ミラージュ』や『フラッシュバン』を得意とし、空道は『ショックウェーブ』から派生した『ホバー』を使っていた。
「いずれお前の技も、別の魔法に派生するのか?」
「さあな。別段このままでも使い勝手は悪くないぞ」
そうか。
王人も似たようなことを言っていたな、魔法は捉え方だと。誰もが扱えるショックウェーブもまた、使い手次第でここまで化ける。
『火焔』がいつも俺に応えてくれるように。
捕食を当てるのは至難の業。『花剣』ならショックウェーブに対抗することは可能だろうが、当てられるかは別の話だ。
こうしている今も、百塚はしっかりと自分に有利な間合いにまで離れている。何が暴走車か。さっきの遠距離からの攻撃からといい、百塚の戦い方は徹底して合理的だ。
ふぅ。
「――まあいいか。いろいろと考えるのはそんなに得意じゃない」
「奇遇だな、俺もだ」
相手のやってくることがシンプルなら、こちらもシンプルに行こう。
間合いを詰めて、ぶん殴る。
 




