表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/186

開戦

 俺たちが前哨戦のコートに現れた時、それまでとは明らかに違う反応が起こった。


 これまでは誰が出ても激励なのか野次なのか、とにかく騒々しい声が聞こえたものだが、今ここにあるのは静寂だ。


「なあ、本当なのかな‥‥」


「人型怪物(モンスター)って?」


「しっ、やめろよ」


 静かになったせいで、観客席の呟きが微かに聞こえた。


 俺が化蜘蛛(アラクネ)と戦っている姿は、よほど衝撃的だったらしい。


 まあ、今となってはどうでもいい話だ。


 俺の目に映っているのは、たった一人だけだ。


 あちらも周囲から良い目では見られていないらしい。小さな悪意の呟きを投げつけられながら、それを意に介した様子もなく、彼は歩いてくる。


 土杭蛇(ディガースネイク)との戦いを見てよく分かった。こいつにチームワークという概念はない。


 敵と見れば一直線に殴りにかかる金色(こんじき)の暴走車。


「初日以来だな、百塚(ももづか)


「よお真堂。まさかこんなに早くやり合えるとはな」


 俺より頭一つ高い位置から、百塚が見下ろしてくる。右肩には武機(マキナ)だろう、ケースを担いでいた。


 こうして対面すると分かるが、百塚の圧は凄まじい。身体の厚さとか、立ち振る舞いとか、そういうこと以前に、全身から放つ魔力(マナ)の質が、重い。


 これがランク2を倒す男か。


「俺と戦いたかったのか?」


「ああ、俺も化蜘蛛(アラクネ)とは戦ったが、勝てなかった。それを倒したお前を、この手でねじ伏せてやりたいのさ」


「何度も言うようだけど、化蜘蛛(アラクネ)を倒したのは俺だけじゃない」


「そんなことはどうだっていい。俺が見て、俺が判断した。お前は、戦い、倒す価値があると」


 百塚はそう言って獰猛な笑みを浮かべた。金髪も相まって、獅子に睨まれているようだ。


「身震いするぜ、有償石でガチャを引く直前みてーだ」


「その例えはいまいちピンと来ないけどな」


 言葉のチョイスはよく分からないが、百塚にも緊張感があるのは分かった。ケースを持つ手が、微かに震えている。


 武者震いってやつだろう。あの土杭蛇(ディガースネイク)を正面からねじ伏せた攻撃が自分に向かって飛んでくると思うと、俺も震えそうだ。


 それを深呼吸で抑え込みながら、左手を差し出す。


「いい勝負にしよう。俺が勝つけどな」


「‥‥ああ、叩きのめしてやるよ」


 俺たちは握手を交わし、振り返って距離を取った。


 一歩一歩進むたびに、緊張感が重くのしかかる。


 先生がコートを囲むようにドーム状のクリエイトシールドを貼った。これでこの戦場には審判を除けば、俺と百塚の二人だけだ。


 向き合い、構える。


 俺がいつものように構えるのに対し、百塚はスーツケースを下ろしながらロックを解除。


 武機(マキナ)が開かれた。


 その展開は俺の予想とは違っていた。


 ケースだと思っていたものそのものが、武機(マキナ)。ケースを構成していた複数のパーツが動き、噛み合い、中に収納されていた刃と共に、その本質を露わにする。


 タイルに突き刺さったのは、鈍色(にびいろ)大剣(たいけん)だった。


 切っ先はない。あまりに武骨。現代にはふさわしくない蛮骨(ばんこつ)な金属板。



 しかしそれは紛れもなく剣だった。



 刀身そのものは金属だろうが、刃の部分には怪物(モンスター)の素材を使用している。つまりあの部分は、魔法(マギ)を通し、(まと)う、理外(りがい)の牙。


 背筋が粟立った。


 怪物(モンスター)を殺す剣が、これから俺に向けられるという事実に。


 王人の剣とはまた違った威圧感だ。


 百塚が身の丈はあろうかという金属の塊を、片手で持ち上げた。


 そのまま平らな切っ先を俺に向ける。


「俺の武機(マキナ)、『荒神(アラガミ)』だ」


「俺のは『黒鉄(クロガネ)』だ」


 俺も見えるように右手を前に出す。


 音無さんが作ってくれた黒鉄は、今朝もう一度音無さんが調整してくれた。


 おかげであの夜よりもよく馴染んでいる気がする。


「さて、やるべきことは済んだな」


「ああ、始めようか」


 俺たちの準備が済んだのを確認したらしい。審判として立っている木蓮先生が、手を上げた。


「桜花前哨戦、一年A組 真堂護 対 一年B組 百塚一誠――」


 俺たちは自然と笑っていた。


 懸けるのは命ではなくプライド。全力を出して己の力を試せる敵を前に、昂揚しないはずがない。


「始め!」


 刹那(せつな)、『火焔(アライブ)』と『エナジーメイル』の光が弾けた。




    ◇   ◇   ◇




 護が待機列に移動した後、試合を眺めていた村正は、一席分の空白を埋めるように、口を開いた。


「な、なあ」


「何?」


 聞くべきか、聞かざるべきか。そんな煮え切らない態度を数秒続けた村正に、紡は冷たい視線と共に、もう一度同じ言葉を送った。


「何?」


「いや、そのなんだ」


 この時点で、紡は何を聞こうとしているのかなんとなく分かっていた。


「真堂は、百塚に勝てるのか?」


「難しいでしょ」


 聞かれることが分かっていたから、紡の返答は素早かった。


「難しいのか‥‥。しかしあいつは化蜘蛛(アラクネ)と真正面から戦って勝ったんだぞ。百塚はそんなに強いのか?」


「護が化蜘蛛(アラクネ)に勝てたのは運が良かったからよ。あの戦いに至るまでに、星宮さんとか、剣崎君とか、それこそ百塚が相当ダメージを与えていたし、私たちもいた」


「それは、そうかもしれんが‥‥」


「推薦組は全員何らかの力に特化している。純粋な一対一の戦闘でも、私はそうそう負けないけど」


 紡はそこまで言って、一度言葉を切った。


 その後の続きを、振り絞るような声で続けた。


「百塚には、今は勝てない」


「そうなのか?」


 紡は脚を組み、不服そうに顎を上げた。


「あいつは剣崎君と同じような怪物なの。エナジーメイルの練度が常軌を逸しているから、近接戦闘じゃ勝てない。勘もいいから念動糸(クリアチェイン)でも捕まえられないし、そもそも魔法(マギ)的にも相性が悪いの」


「なんだか、やけにリアリティのある話だな。もしかして戦ったことが――」


 村正はそれ以上喋れなかった。不可視の糸が顎に巻き付き、強引に口を閉じさせたのである。


「むぐっ、ふぐっ!」


「いい? あんたがフラッシュとかミラージュが得意なように、人には魔法(マギ)との相性がある。百塚はその中でも、『エナジーメイル』と『ショックウェーブ』の適性がとんでもなく高い」


「む、むぐ‥‥」


「二つとも汎用性の高い魔法(マギ)よ。はっきり言って、一年生であいつに勝てるのなんて、剣崎君くらいでしょう」


「むぐっ、むぐぐ!」


 呼吸が苦しくなったらしい村正がバンバンと椅子を叩くので、紡は仕方なく念動糸(クリアチェイン)を解除した。


「‥‥っぜぇ、はぁ、鼻が、腫れていたせいで、息が‥‥」


「ああ、ごめん」


 少しも悪く思っていなさそうな謝罪を聞き流しながら、村正は(うな)った。


「それより、そこまでだったとはな。大丈夫か、真堂は」


「そうね‥‥」


 紡はコートに現れた百塚と護を見下ろしながら、憂いを帯びた息を吐いた。



「頑張れ、護」



 紡の小さな呟きが届いたのかも分からぬまま、開始の合図が振り下ろされた。




    ◇   ◇   ◇ 



 剣崎王人と星宮有朱は、静かに護と百塚の開戦を待っていた。


 まるで遠く離れた位置に座る二人の視線は、しかし似たような光を宿していた。


 すなわち、これから何が起こるのかと、期待する目だ。


 まっとうな見方をすれば、護と百塚が戦えば勝つのは百塚だ。素質はともかく、研鑽の時間が違い過ぎる。


 特に百塚の魔法(マギ)の練度は、有朱や王人から見ても特殊だ。


 普通の学生でああはならない。


 それがセンスによるものなのか、なんらかの反則(チート)によるものなのかは分からないが、事実として、その実力は一年生の中で頭一つ抜けている。


 しかし特殊性だけで言えば、護もまた無類(むるい)


 外部生でありながら王人と相打ちし、初めての実戦でランク2を倒してみせた。


 そして仲間を率いて化蜘蛛(アラクネ)の討伐。


 見ていてワクワクする。


 次は一体何をしてくれるのだろうと、期待してしまう。





 王人は感謝した。


 今日この時、護と戦うのが自分でなくて良かったと。


 まだまだ化けるであろう彼を、こうして外から眺めるのも一興であった。




 有朱は感謝した。


 護と戦うのが百塚一誠であることを。


 この一戦は、間違いなく彼を更なる高みへと導くはずだ。


 似ているようで、少し違う二人の視線の先。真堂護と百塚一星は、二人同時に魔法(マギ)を発動した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ