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ずっと聞こえていた音


 その時、俺は自分がどんな顔をしているのか分からなかった。


 怒っている。


「怒っているって‥‥俺がか?」


「はい。ずっと」


「‥‥ごめん、ちょっと結果が出なくてイライラしてたんだ」


 星宮と紡の二人だけじゃなく、音無さんにも伝わってしまっていたんだな。それは素直に反省すべきだ。全然関係ない人を嫌な気持ちにさせてしまった。


「でも大丈夫だ、そういうのも含めて、自分でコントロールできるように――」


「違います」


 音無さんは一言で俺の言葉を否定した。


「怒っているのは、ずっとです。入学試験の時から、ずっと」


「‥‥」


 俺は音無さんの目を見た。


 彼女も俺を見ていた。


 星の下で真っ直ぐに俺を射抜く瞳は、キラキラと輝いていた。


 まるで嘘さえも照らすように。


「入学試験の時って‥‥」


「私たち開発科の内部進学性は、守衛科の入学試験を見ることが出来るんです。その人たちの武機(マキナ)を作るかもしれないからって」


 そうか、それで俺のことを知ったのか。先生はともかく、まさか生徒にまで見られているとは思わなかった。


「その時から、ずっと真堂君を見てきました。どんな強い敵を前にしても戦う姿に、憧れたんです。だから、不思議だったんです。いつ見ても、戦っているあなたは、ずっと怒っているようだったから」


 訥々(とつとつ)と語られる音無さんの言葉が、静かに胸に刺さる。


 そりゃ戦っている時は真剣だから、怒っているようにも見えるだろう。だが俺は王人に対しても、化蜘蛛(アラクネ)に対しても、怒りを抱いていたわけではなかった。


「どうして音無さんは俺が怒っていると思ったんだ?」


 そう聞くと、音無さんは少し逡巡し、意を決したように俺を見つめ直した。


「私は生まれつき耳がいいんです。固有(ユニーク)とまでは言いませんが、それに類する第六感のようなものとでも思ってください。それのせいで、人の感情が、音として聞こえてくるんです」


「感情が、音で‥‥?」


「あんまり聞きたくないものも聞こえちゃうので、普段はヘッドホンで極力聞かないようにしているんですけど」


 音無さんは何かを隠すように笑いながら、小さな声でそう言った。


 そんなことがあるのか。たしかにそれはただ耳がいいだけで済まされるものじゃないだろう。しかし世界改革(ワールドエンド)以降、人類には様々な変化が起きている。


 固有魔法(ユニークマギ)だけではない。身体能力や、色素や、器官。様々な部分で突然変異とでも呼ぶべき事象が確認されている。


「それで、俺から聞こえる音が、怒っているように聞こえたんだな」


「はい。戦っている時も、武機(マキナ)の話をしている時も、ずっと」


「そう言われてもな。俺の方は誰かに怒るような心当たりがないんだけど」


 正直に話すと、音無さんは首を横に振った。


「誰に、かは分かっているんです」


「じゃあ、誰にだ?」


 俺自身にも分からないことが分かるというのなら、ぜひ教えてほしいもんだ。それが納得のいくものだとは、到底思えないけれど。


 音無さんは言い辛そうに口を結び、胸に手を当てて、踏み込んでくる。


 俺すら知らない、俺の内側に。




「真堂君が怒っているのは、真堂君自身(・・・・・)にです」





 ガツン、と頭を殴られた気がした。


 視界が揺れて、立っている感覚があやふやになる。遠のく意識とは対照的に、頭の中は冷静にその情報を処理していた。


 怒っていた?


 俺が、俺自身に?


 王人と戦っている時も、黒鬼(ダークオーガ)と戦っている時も、化蜘蛛(アラクネ)との時も。


 ずっと、俺は。


「何がそんなに許せないんですか? 真堂君はいつも、誰かのために全力で戦っているのに、どうして自分を責め続けるんですか?」


「それは‥‥」


 薄靄がかかった頭に浮かぶのは、いくつもの映像。


 ホムラの笑顔が、泣き顔が、最後の顔が、浮かんでは消える。


 すすり泣く家族の声と、魔法(マギ)のテレビを消した指先。


 そして。




『雑魚がよぉ。力も無く何かが守れると思ったのか? 甘ったれなんだよ、ガキ』


 


 レオールの言葉。


 そこまで来てようやく理解した。音無さんの言っている意味が、その答えが。


 あまりにも遅い。それはきっとどこかで考えるのを避けてきたからだ。それに囚われてしまったら、もう戻って来られないから。


「俺は‥‥」



 それを口にしようとした瞬間、おかしなものを見た。


 夜の闇とは明らかに違う黒。


 星芒(せいぼう)に照らされて尚黒いその塊は、音無さんの後ろで身体を揺らした。


 判断は一瞬だった。


 声を掛けるのでは遅い。


 地面を蹴って初速から最高速。火焔(アライブ)で全身を強化しながら、音無さんを背に庇う。


「えっ」


 音無さんの驚きの声と、前方からの衝撃が同時に来た。


 腕を十字に重ねたところに、真正面からの打撃。耳を打つ鈍い音。臓腑が跳ね回る衝撃に、足が浮き上がりそうになる。


 だが後ろには音無さんがいる。ここで後ろに逃げることはできない。


 だから、ぐっと地面を踏みしめ、衝撃に耐える。


「な、なんですか⁉」




「っ‥‥下がってくれ。敵だ」


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