どうして
◇ ◇ ◇
スマホから響く軽快なファンファーレ。きらめく石がガチャに吸い込まれ、ガチャが回る。そして現れる、青や金の枠に囲まれたキャラクターたち。『アイドルプロデュース』、通称アイプロの最高レアリティは虹枠で出現する。つまりこれは、外れ。いわゆる爆死というものだった。
「ふむ」
百塚はそんな結果に動揺することもなく、慣れた手つきで画面をタップした。
そしてチャリンと響く、課金の音。
合宿中に実装された水上和花の水着バージョン。それをいち早く引くために、百塚はガチャを回しているのだ。
もう既に回した回数は百連を超えている。アイプロのガチャは十連回すのに三千円かかる。高校生がポンポン回すには高い値段だ。
それでも百塚は止まらない。躊躇わない。
水着和花が引けるまで、何度だってガチャを回す。
そしてついにその時が来た。ガチャが揺れて輝きを増し、アドレナリンを放出させる効果音が鳴り響く。
虹枠。
「来たか――」
その正体を確認しようとした瞬間、画面が止まった。それは電話連絡の通知だ。スマホに登録されていない番号が、止まったガチャ画面の上に並んでいる。
「悪い、ちょっと出るぞ」
百塚は無言でそれをタップしながら、同室の友人に断って部屋を出た。
「ああ、はい。分かっています。随分と都合のいいことで、何か手回しました?」
百塚は慣れた口調でスマホを通して話す。その様子は、友人と話しているような気安ささえあった。
通話を終えた百塚は、再度アイプロの画面を開く。既にガチャの結果は確定しており、画面の中では水着を着た和花が、笑顔で手を振っていた。
◇ ◇ ◇
星影が淡くあたりを照らす中、自分の影が周りより黒く見えた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
火焔をいくら使っても進展がないから、別のアプローチに切り替えることにした。すなわち、『花剣』の型をひたすら反復する。
俺が炎剣を使った時、自然と花剣の型をなぞっていたと、鬼灯先生は言っていた。
だったらそれをなぞれば、身体が思い出すかもしれない。少なくとも、あの時の動きを身体は覚えているはずなのだから。
そう思い訓練を始めてから、月は随分と高く上がった。
その時間が、結果を雄弁に語っている。膝はがたがたと震え、指先は強張って感覚がない。いくら呼吸をしても、生温い空気がぐるぐると肺の中を回るだけだ。
「‥‥」
地面に座り込み、空を見上げた。無数の星屑の中で、一際輝く星がいくつか見えた。あれを基準に、人々は星座を見つけ出したのだろう。
物語は、いつも輝く人間を中心に描かれる。
別に一等星になりたいわけじゃない。星屑の中にいても、何も苦じゃないし、そういう生き方を選んできた。
選んできた、つもりだった。
その時だった。人の気配がして、跳ねるように立ち上がる。
――誰だ。
鬼灯先生じゃない。あの人なら俺に気付かれるような歩き方はしない。しかしそれ以外の人がわざわざここに来る理由もない。
そういえば、先生が初めに嫌なことを言っていたな。
『ここは丑の刻が近付くと、出会ってはならない者がうろつき始めますから』
もう訓練を始めてどれくらい経った? 丑の刻は午前一時から三時。月の高さ的にも、もうそれくらいになっていてもおかしくない。
「‥‥」
出会ってはならない者なんて、おかしな言い方だ。怪物なら怪物というだろうし、それ以外に何がいるというのか。
徐々に張り詰めていく緊張感の中、建物の影から星明りの下に誰かが現れた。
女生徒だ。
作業着でもないし、ヘッドホンもないから、彼女が誰かすぐには気付かなかった。ただ薄明りでも分かる色素の薄い髪に、見覚えがあった。
「音無、さん‥‥?」
夜闇のヴェールから現れたのは、開発科の生徒、音無律花だった。
「あ、ああの、ごめんなさい! 鬼灯先生にここで訓練をしていると聞いて‥‥ずっと我慢していたんですけど!」
直角に腰を曲げた音無さんは、そのままわたわたと言葉を並べた。
それにしてもびっくりした。まだ固まったままの構えを慌てて解く。
「どうしてこんな夜に? 武機の話なら、昼間に聞くけど」
「あ、あの、すみません。武機の話がしたかったわけではなく‥‥いや、それもあるにはあるんですけど、それが本題ではないと言いますか‥‥」
「そうなのか」
いや、だとしたら本格的に分からんな。俺と話すことなんて、武機のことくらいだろ。
見たところ音無さんはお風呂も終えて完全にオフ。夏の夜には似つかわしくないお洒落な匂いは、シャンプーだろうか。着ているTシャツは完全に夏用のパジャマ。上にパーカーを羽織っているとはいえ、薄い生地の下、想像以上に女性らしいスタイルが浮き出ていた。
ホットパンツから覗く白い太ももに目が持っていかれないように、音無さんの目を見る。
ふぅ、落ち着け。噂では女性はこういう視線に敏感だと聞く。武機を作ってくれる人を邪な視線で見るのはまずい。
「それなら、どうしてわざわざここまで。何か話したいことがあったのか?」
この施設は女子と男子で寮が分かれている。当然、異性の寮に行くのは禁止だ。超体育会系学校、破った時の罰則はとんでもない。開発科もそうなのかは微妙だけれど。
「あ、その‥‥」
音無さんはあっちを見たりこっちを見たり、もじもじと身体を揺らす。ついでに胸の部分も自由奔放に揺れるから、目のやり場にマジで困る。というかその解放具合、もしかしてフリーダムだったりしないか?
いや待て、考えるのはよそう。平常心だ。
「その、ずっと聞きたいことがあったんです」
「聞きたいこと?」
「はい。ただ聞いていいものなのかどうか分からなくて、どうしようかってずっと思ってて」
「別に聞かれて困るようなこともないし、なんでも聞いてくれていいよ」
どうせ訓練の時間も終わりだ。もしかしたら武機の作成に必要なことかもしれないし、答えられることなら答えよう。
「じゃ、じゃあ」
音無さんは自身の影に目を落とし、そして俺を見た。
「どうして、ずっと怒っているんですか?」
 




