変でしょ
それから俺たちはクラスメイトたちのことや、武機のことを料理の合間合間に話した。
驚いたことに、いざ話し始めてみると、俺を置いてけぼりにして二人は非常に盛り上がった。三人よれば文殊の知恵、女三人姦しいとはよく言ったものだが、ぼっちとして生きていた俺に言わせれば、女二人でも既に手に負えない。
「え、あそこ付き合い始めたの⁉」
「ええ。適性試験の時に助けてもらったからだそうよ。素敵な話だわ」
「そう? そういうのって、吊り橋効果みたいなものでしょ。長続きするとは思えないけど」
「スタートを切ることが大事なのではないかしら。始まらないと、深まるかどうかも分からないもの」
紡と星宮の二人はクラスメイトのコイバナで熱く語り合う。人の恋愛でよくそこまで熱くなれるとものだと思うが、そんなことはもちろん言わない。女子のコイバナに口を突っ込んでもいいことは何一つないのだ。
亀のようにおとなしく、貝のように口を閉じるのが正解だ。答えを求められた時にだけ、当たり障りないことを言えばいい。
男の意見が聞きたいとか言いながら、実際は微塵も聞く気ないからな。少なくともうちの姉と妹はそうだった。どちらにも肩入れしない中庸こそが、女社会で生き抜くコツである。
そんなこんなで昼食も終わるころ、星宮が三人分のアイスティーを持ってきてくれた。
カラカラと氷が涼やかな音を立てる。
「アールグレイよ。胃腸の働きを助けて、心をリラックスさせる効果があるの」
「ありがとう」
「ミルクとレモンは必要かしら? 一応ガムシロップも持ってきているけど」
いやいや、そんなに言われても分からんて。アイスティーなんてまともに飲んだことないぞ。あれは姉が見栄を張って飲むもので、男子高校生が飲むものじゃない。
何、レモンとミルクって。マシマシにすればいいの?
「じゃ、じゃあレモンで」
星宮は輪切りのレモンを俺のグラスに浮かべてくれた。ここが学校のビュッフェだということを忘れるくらいお洒落だ。というか、こんなものがあること自体知らなかった。
こういう時に当たり前に紅茶を選ぶセンスがお嬢様って感じがする。この紅茶には紡も何も言えないらしく、小さくお礼を言って飲んでいた。
俺もどこか緊張を感じながら口を付けると、爽やかな茶葉の香りが鼻を抜け、軽やかな苦みが喉を転がっていった。
「‥‥美味しいな」
「そうでしょう? 好きな先生がいるのかもしれないわね。いい茶葉がたくさん置かれていたわ」
「そうなのか」
少なくとも鬼灯先生ではないな。あの人に任せたら、中二病みたいな黒いコーヒー豆ゾーンが出来上がるのは目に見えている。
姉貴よ、今まで大人ぶってやんのとか思っててごめん。普通に美味しいわ、これ。
心の中で懺悔をしていると、星宮が優し気な眼差しで俺を眺めていた。
「少しは、リラックスできるかしら」
「‥‥」
その言葉に、俺は彼女が紅茶を持ってきた本当の意味を知った。
そうか――だから今日ここに座ってくれたのか。
「‥‥そんなに荒んで見えたか?」
「そういうわけではないけれど‥‥」
「ひどい顔だったわよ。思いつめてそのまま倒れるんじゃないかってくらい」
星宮の言葉を引き継いだ紡が言った。
俺は自分の頬をムニムニと揉んでみる。たしかに固い‥‥のかもしれない。そういえば、合宿に来てからろくに笑った覚えがないな。
星宮は頬にかかる髪の毛を指先でくるくると回しながら言った。
「力になれるかは分からないけれど、話くらいなら聞けるわ」
「いや、でも」
「私は、別にどっちでもいいけど」
ちらりと横を見ると、紡がアイスティーに視線を落としたまま、口をムニュムニュと動かしていた。きっと机の下では指先をすり合わせているに違いない。昔から、つむちゃんは嘘が下手だ。
ここまで心配をかけて、何も言わないってのは、流石にきまりが悪いな。
本当は、こういうことは言いたくない。自分の弱みをさらけ出すのは、怖い。
それでも二人ならと、自然と口が動いていた。
化蜘蛛との戦いで力不足を感じたこと。周囲から怪物と呼ばれていること。『花剣』を習得しようとしているが、まったく進展がないこと。
どれも情けない話だが、話し始めるとするすると言葉が出た。
それらを一通り話した後、二人の顔を見ると、星宮も紡も、なんとも言えない顔をしていた。
恐れていた憐れむような表情ではない。かといって寄り添うような穏やかな顔でもない。
しいて言えば、「何言ってんだこいつ」が一番正しいだろう。
「その‥‥、なんか変だったか?」
「そんな! 変‥‥ではないわよ。うん」
明らかに言葉を濁す星宮。あれか、君も嘘が下手なタイプか。
「いや、変でしょ」
星宮とは違い、紡はさっくりと言い切った。
いや、悩みとしてはよくあるタイプの話だろ。何が変なんだよ。
しかしそんな俺の反応は更におかしかったらしく、紡は珍獣を見るような目をした。
「あなた、本気で言っているの?」
「本気も本気だよ。どうしてもうまくいかないんだ。みんな順調に強くなっているのに、俺だけ何も進んでない」
「いや、そこじゃなくて‥‥。何て言ったら分かるの。私たちが言っているのはそこじゃないのよ」
そこじゃないって、じゃあどこだよ。俺が悩んでいるのはまさしくそこなんだが。
すると星宮が言い辛そうに紡の話を引き継いだ。
「ねえ真堂君。あなた、今ランク1の怪物と一人で戦えって言われたら、戦える?」
「ランク1? 種類にもよると思うけど、まあ一対一なら普通に戦えるだろ」
一概にランク1と言ってもピンキリなので、確実に勝てるとは言えないのが怖いところだ。適性試験の時の異常個体とかめっちゃ強かったし。
俺の答えに二人はそろってため息をついた。実は仲いいだろ、君たち。
「あのね、1年生でランク1の怪物と一人で戦える人は、ほとんどいないのよ。武機を手に入れて、訓練したとしても一緒。2年生ですら、戦えない人がたくさんいるわ」
「そんな馬鹿な」
だって適性試験で皆戦ってたじゃないか。武機なしだって、怪物を倒した生徒はたくさんいたはずだ。
「あれはチームだったこと、命の危険がなかったことが大きいわね。そうでなければ、戦えない生徒がほとんどだったと思うわ」
「‥‥」
俺は驚きのあまり、なんと言っていいのか分からなかった。
そんな俺の様子を見て、紡が追い打ちをかけてきた。
「大方、剣崎とか百塚とかを見て勘違いしていたんでしょうけど、それが普通。そもそも護、あなた魔法を手に入れたのいつよ」
「え、一年前だけど」
「まともに訓練受け始めて三か月とかでしょ。私たちがいつから魔法の訓練をしていると思ってるの?」
「それは‥‥」
星宮も紡も、中等部からの生徒だから、当然三年間は訓練をしているはずだ。紡に関しては固有を持っているから、それよりもずっと前。
「焦りすぎ。そんな簡単に強くなんてなれないわ」
「そうね。私もそう思うわ。そんなに自分を追い詰めなくていいのよ。だって私たちはまだ学生なんだもの」
「そう、だよな‥‥」
遠回しに傲慢だと、そう言われている気がした。
二人の言うことは何も間違っていない。それは分かっている。
分かっていても、胸を突き動かす焦燥感は、消えてはくれなかった。




