両手に華
◇ ◇ ◇
昼食のビュッフェは、訓練の時の反動のように、明るいざわめきで満ちていた。誰もが明るい顔で自分の成長について語り合っている。
悩み事を相談している生徒もいるんだろうが、それは進んでいる故の苦悩だ。誰もが強くなっているという実感を持っている。
あるいは、俺が停滞しているから、周囲の全てがそう見えてしまうのか。
普段なら王人や村正と一緒に食べるのだが、今日はそんな気分にもなれず、端っこの空いている席に座った。
一人で食べていると、ぼっちだった昔を思い出してセンチメンタルな気分になるのではと思っていたが、実際は非常に心が落ち着くものだ。
長年のぼっち生活はしっかりと身体に染み付いているらしい。ホムラが隣にいる時は、一人の落ち着きと、二人の安心感を同時に感じられたものだから、奴はやはりチートクラスのお守りだったのかもしれない。
そんなことを考えながら、どの料理に手を付けようか悩んでいると、両隣に気配を感じた。
「真堂君、お隣よろしいかしら?」
「護、空いてる?」
左から星宮、右から紡が現れ、それぞれ皿をテーブルに置いた。
「あら」
「む‥‥」
二人にとってもこの邂逅は意図したものではなかったらしく、俺を挟んで視線を躱す。気のせいか、頭上でバチバチと火花の散る音が聞こえた。
「珍しいわね、星宮さん。いつものお友達はどうしたのかしら?」
「今日は遠慮したの。せっかくの合宿だもの、普段話さない人と話したいじゃない?」
「あなたと話したい人なんていくらでもいると思うけど」
二人は丁寧に、そしてそこはかとなく緊張感のある会話を交わしながら、席に座った。
おかしい。俺は一言も喋っていないのに、二人が席に座ることが決定していた。
今日は一人でゆっくり食べたい気分ではあったけど、わざわざ俺の隣に来てくれたんだ。何か用があるのか、そうでないにせよ、邪険にするのも悪い。
大人しく一口目の選出を諦め、俺は箸を置いた。
「二人とも、どうしたんだ?」
「別に、ただ村正もいないから寂しそうだなと思って」
「いつも村正と一緒に食べているわけじゃないけど‥‥」
村正はああ見えて顔が広い。戦闘系の魔法が使えないということで周囲から侮られていたが、適性試験での活躍もあり、今はそういう視線も減ったそうだ。
そのため、村正は積極的にいろいろな人と話したり、ご飯を食べたりしているのだ。
ああいう社交性は見習うべきなんだろう。今の俺には狭い交友関係を維持するので精一杯だ。
紡の説明は以上らしく、さっさとパスタを巻き取る作業に取り掛かり始めた。最近はなんでも取り扱い説明書が付属しないし、紡も現代仕様なんだろう。ところでQRコードはどこにあるのかな? 昔の素直で可愛いつむちゃんモードに切り替えたいんだけど。
仕方なく反対を向いた。
「久しぶりだな、星宮」
「ええ、久しぶりね真堂君」
にっこりと笑う星宮は、やはり綺麗だった。真正面から顔を見ると、その端麗な容姿に驚く他ない。ホムラで美人とか美少女には慣れたつもりだったけど、星宮はまた別種の、生き生きとした魅力がある。
そんな気がないなんて分かっているけれど、話したいと言われると心臓が跳ねてしまう。そういう勘違いさせるような言葉で男子の純情をくすぐるのはやめてほしいものだ。
ゲシゲシとミニホムラに頭を蹴られているような感覚を覚えながら、俺は平静を装って聞いた。
「何か話したいことがあったのか?」
「そうね。前回の適性試験、私のチームメイトを一緒に戦ってくれて、ありがとう」
星宮はそう言って頭を下げた。その声色は真剣そのものだ。もうあの戦いは終わったはずなのに、あの時背負ったリーダーとしての責任は今も彼女の背にある。
空道航と、騎町樹里。
適性試験で、共に化蜘蛛と戦った仲間だ。
「礼を言うのは、俺の方だよ。無茶なお願いだったのに、二人が戦ってくれたんだ」
俺はリーダーとしちゃ三流も三流だろう。星宮みたいに的確な指示もできないし、王人のような絶大な信頼もない。
そんな俺を信じ、ドロップアウトの瞬間まで戦い続けてくれた二人が凄かったんだ。
星宮はふっと笑い、頷いた。
「あなたがそういう人だから、二人は戦えたんだと思うわ」
「そういう人?」
どういう意味かと問い直そうとしたら、俺の皿に横から箸が伸びてきた。そしてそのまま料理をかっさらっていく。
「あ、おい」
「これ、美味しい」
「ビュッフェなんだから、自分で取りに行けよ‥‥」
「別にいいじゃない、減るものじゃないし」
「いや、減るだろ」
何言ってんだ。
普段から変なことを言わない紡にしては、おかしな行動だ。こういう行為はむしろマナー違反だと嫌ってそうなのに。ああ、あの可愛かった頃のつむちゃんはどこに‥‥。
横を見ると、唇の端をひくつかせた星宮が俺たちのやり取りを見ていた。
「その、そういえば、二人はおさ、おさな、幼馴染――なのよね?」
「ん? ああ、そうだな。小学校の同級生なんだ」
「そう。す、す素敵ね。やっぱり幼馴染は特別かしら。私、中学校からここに入ったから、昔の友人とは少し疎遠なの」
「それはただの友人よりは特別でしょう。幼馴染だもの」
星宮の問いに答えたのは俺ではなく、紡だった。
その顔は人の料理をつまみ食いしたとは思えない程に得意げだ。
しかし言葉そのものは否定するものでもない。王人や村正のように、新しい友人も出来たが、紡はまたその二人とは別枠な気がする。昔を知っているっていうのは、二人だけの秘密を共有しているようで、むずがゆくも、安心するような気もする。
星宮はうんうんと頷いていた。
何なんだ一体。




