蛇打ち
◇ ◇ ◇
ランク2怪物、『土杭蛇』。その正体はモグラと蛇を掛け合わせたような怪物だ。
顔がドリルのような外殻で覆われており、それで大地も岩も掘削し、地中を自由に移動する。
電車ほどもある頭に、全長は五〇メートル近い。それが地中から突如として現れ、突っ込んでくるのだ。それはもはや弾丸ではなく、砲弾。
適性試験において、ランク2の出現と共に地下に逃げた生徒たちのほとんどをドロップアウトさせたのが、土杭蛇だという。
逃げ場のない地下で、全方向から攻撃が飛んでくるのだから、その脅威はすさまじい。
動画のデータも、ちょうどそのようにして、一つのチームが襲われているところから始まった。
「おい、なんだか揺れないか?」
「電車が通ってるんだろ」
「馬鹿、電車が動いているわけないでしょ」
「じゃあなんだよ。上で怪物が暴れてるのか?」
「どっちにしろ、静かに移動してよ」
三人の男女が地下鉄のホームを進んでいる。小さな会話は想像以上に大きく響いていた。
そして映像で見ている俺にも、揺れが伝わってきた。
三人が異常を異常として認識した時、既に状況は大きく動いていた。
ゴッ‼ と壁をぶち破り、巨大なドリルが問答無用で三人に突っ込んだ。ホームを掘削し、瓦礫が砂塵の嵐となって地下を吹き荒れた。
一瞬だ。
それは攻撃ではなく、事故に見えた。大型車が突っ込んでくるとか、鉄骨が落ちてくるとか、そういう類の理不尽。
巻き込まれた者たちは、それが怪物による攻撃だと認識する暇すらなく死んだはずだ。
しかし、三人は生きていた。
「はっはーーー‼ お前がランク2か‼」
百塚一誠が、三人の襟を掴み、土杭蛇の攻撃を避けていた。
土杭蛇が突っ込んでいく瞬間まで見ていたはずなのに、見えなかった。いつ百塚が三人を助けたのか、分からなかった。
とんでもない速さだ。
百塚は三人を適当に放り投げると、拳を構えた。
「さあ――回すぞ」
直後、百塚は地面を蹴って走った。砂塵の膜を貫き、肉薄。
そして右腕を大きく振りかぶり、土杭蛇の横面をぶん殴った。
型も技もない。シンプルな右フック。
砕ッ!
その一発で、土杭蛇が壁にめり込んだ。
地下そのものが揺れたような衝撃。土杭蛇の身体がのたうち、線路のレールが跳ね回った。
今の一発、特別な魔法は使っていなかった。『エナジーメイル』を纏った拳だけで、ランク2を押しのけたのだ。
「はははははははーー‼ そんなもんかランク2‼」
哄笑が響き渡る中、土杭蛇は即座に起き上がった。壁をはいずり、螺旋を描きながら百塚に突貫する。
シンプル故に、崩しようのない一撃。
それに対して、百塚は何もしなかった。
足を肩幅に開き、両手を開く。まるで、迎え入れるように。
「っしゃ来い」
百塚は土杭蛇の突進を正面から掴んで止めた。
凄まじい音と共に、火花なのかエナジーメイルの破片なのか、光が散った。アスファルトに二本の轍を刻み、両手は千切れそうな程に震える。
「らぁぁあああああああああああああ‼」
しかし、倒れない。土杭蛇が止まるその時まで、百塚はドリルを掴み続けた。
信じられない光景だった。
ランク2の攻撃を、小細工なしの力技で止めた。
「ぬりぃぞランク2」
そして百塚は拳を握る。血の代わりに赤い光をこぼしながら、そんなことを意にも介さず、拳は巌となる。
そして、魔法のアイコンが弾けた。
「『ショックウェーブ』」
衝撃の大槍が、土杭蛇を吹き飛ばした。
衝撃波を放つ魔法一発。百塚の放った一撃は、土杭蛇の外殻に罅を入れ、肉体に深刻なダメージを刻み込む。
たまらず土杭蛇は地面に潜った。
地中を自由に移動する土杭蛇を捉えるのは至難の業だ。下手に追えば、縦横無尽に広がる道をさまよい続ける羽目になる。
だから百塚は追わなかった。
土杭蛇が潜った穴に向かって、拳を構える。
そして、どこまでも続く洞に向け、ショックウェーブを叩き込んだ。
拳から炸裂する光は、これまでの比ではない。雷鳴にも似た音が轟き、穴に衝撃の嵐が吹き荒れた。
「来たぜ──、トップレアだ」
映像はそこで途切れた。
凄まじい衝撃が駆け抜け、地下そのものが崩落したのだ。
確認しなくても分かる。今の一発で、土杭蛇は倒された。
俺が刃狼を相手に手も足も出なかった時、百塚は正面からランク2を圧倒したのだ。
◇ ◇ ◇
鋭く空を切る音が耳元で響く。
連続して繰り出される拳を見切り、ギリギリで避ける。その間も火焔の制御は忘れない。
体内で熱量がどんどん上がり、全身が今にも燃え上がりそうだ。
俺が今戦っているのは、黒い木製の人形だ。巨大なデッサン人形を想像すればそれで間違いない。
その人形が、実に滑らかな挙動で拳を打ち出してくる。
これは木蓮先生の魔法『ウッドメーカー』によって作られた人形だ。
紡のように糸で制御しているのではなく、特定の形に切り出した木に、それに合う行動をプログラミングできるらしい。
目の前のデッサン人形は、近接戦闘1型、パンチマンという名だそうだ。
フォルムも名前もシンプルすぎて、聞いた時は聞き間違いかと思った。適当に作ったのかと思いきや、特性を饒舌に語る木蓮先生の目は真剣そのもの。
しかしこのパンチマン、玩具のような見た目に反して、その実力は本物だ。
『関節は特にこだわっていてな、可動域を制限する代わりに、極限のパンチスピードを実用的なものにしたんだ』
木蓮先生の言葉通り、パンチマンの攻撃スピードは人間をはるかに凌駕していた。
一発でも受ければ頭が吹っ飛びそうな勢いの連打を、避ける。避ける。足を止めず、頭を振り、一ミリの空隙を縫って進む。
俺が前回炎剣を使えたのは、化蜘蛛との戦いの中だった。極限の集中力が可能にした一時の奇跡。
その時を疑似的にでも再現すれば、何か手掛かりがつかめるのではないかという苦肉の策。
炎を右手に圧縮しながら、パンチマンの隙を見極める。
――ここだ。
呼吸が止まり、血管が千切れそうになる瞬間、パンチマンの顔面に拳をねじ込んだ。
炎が花開き、衝撃に大気が揺らいだ。
ゴッガッ! とパンチマンが地面を跳ねるように転がった。敵の行動を見極めて入れた渾身の一発。タイミングも威力も申し分ないものだった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
駄目だ。
今のは炎剣じゃない。ただの振槍だ。
俺が今出来る限界まで炎を圧縮した攻撃だった。それでも形にならないってことは、やっぱり本質的に魔法の使い方を間違っているのか。
訓練の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
五日目。時間が湯水のように流れて消えていく感覚をどうすることもできないまま、俺は昼食のため、着替えに向かった。




