魔法の本質
あれから二日、無為に過ごした。
二日目も訓練漬けで、皆が武機の訓練をする中、俺は炎をろうそくのように灯して終わった。
村正が話しかけてきたり、音無さんに呼ばれて何か話したりしたはずだが、あまり覚えていない。
三日目も同様だった。
そして四日目の今日。
朝からひたすら『火焔』を発動し続けた俺は、ゆらめく炎を握りつぶした。
進展がない。少しずつ良くなっているような手応えすらない。一歩も踏み出すことなく、その場で足踏みをしている感覚だけが確かだった。
「‥‥」
八方ふさがりだ。
一回考え方を変えよう。俺はてっきり炎を圧縮して火力を高めれば、自然とあの時の剣になると思っていたが、どうやら違うみたいだ。
おぼろげな感覚を思い出してみると、あの時、俺は剣を作るのに炎を押さえつけるようなことはしていなかった。
あの形で安定していたのだ。
そもそも答えへのアプローチが間違っているのだとしたら、どうすべきか。
「なあ王人、ちょっといいか」
分かりそうな人に聞くのが一番手っ取り早い。
「‥‥護、どうしました?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあるん‥‥だけど‥‥」
王人に近付くにつれ、俺は言葉をなくしていった。
王人は俺よりも高い位置に立っていた。
てっきりクリエイトソードを地面に突き刺して、その上にいるのだと思っていた。その時点でまともではないが、王人なら不思議でもない。
しかし現実は予想を遥かに超えていた。
「すみません、今降りますね」
王人は剣山の上に座っていた。
それも普通の山じゃない。バランスゲームでもしているかのように、歪な形のオブジェクトだ。細長い剣を何百本と組み合わせ、その頂の切っ先に片足で立っているのだ。
エナジーメイルは発動していない。少しでもバランスを崩せば、自分の身体を斬り刻む足場の上で、王人は微動だにしていなかった。
「‥‥どうやって降りるんだよ、それ」
「別に特別なことはしませんよ」
苦笑しながら、王人はその場で跳躍。羽根のような軽やかさで地面に着地した。
「こんな感じです」
いつも通り可愛らしい満面の笑み。とても今の今まで地獄の苦行を踏破していたとは思えない。
というか、
「武機はどうしたんだ? 訓練しなくていいのか」
「僕は武機は使わないんです。クリエイトソードだけでも手に余ります」
そう言って恥ずかしそうに笑う王人は、可愛いのに可愛くなかった。
王人の言葉に嘘はない。謙遜もない。本気で、クリエイトソードが自分にはまだ過ぎた代物だと思っている。
そのこだわりが、王人を王人たらしめているのだ。あまりにも遠く、強い。俺は『火焔』を過ぎたものだと言う事すら憚られる。
「それで、どうかしましたか?」
そう、剣のことは剣の専門家に聞けばいい。
俺は今の状況を出来るだけ軽く説明した。真剣に話すと、鬱屈とした思いがあふれてしまいそうで、つまずいている状況だけを、端的に伝える。
話を聞き終えると、王人は顎に手を当てて小さく頷いた。
「化蜘蛛と戦った時の炎剣を出したい、ですか」
「ああ。いくら炎を固めても、どうにもならないんだ。感覚が違うというか」
「なるほど、そうだったんですね」
王人は手を打つ。そこらの女子がすればあざとい行動も、王人がやる分には自然に見えるから不思議なものだ。
「僕も見ていましたよ。あの剣はてっきり新しい魔法なのかと思っていました」
「新しい魔法って、俺か『火焔』しか使えないの知ってるだろ」
他の魔法が使えるなら、エナジーメイルの授業であんなに苦労してない。
すると王人は笑った。
「違いますよ。鍛錬を積んだ魔法は時として進化します。護の魔法も、同じように進化したものだとばかり」
「そういうことか」
そういう魔法があるのは知っている。しかし、俺が使える魔法は変わらず『火焔』一つのみだ。
俺は手のひらを無駄に閉じては開いた。そこにある何かを掴むように。
「うまく言えないけど、火焔は火焔のままだ、と思う」
ホムラからもらったこの力。
黒い空間で、俺はたしかにおかしな声を聞いた。『想念の欠片』、『角翼』、『位階』、聞き慣れない言葉と共に、炎剣を作り出したのだ。
それでも、俺には『火焔』が変わったとは思えなかった。
「護がそう言うのなら、そうなのでしょう。であれば、魔法の使い方の問題が本質的に違うのかもしれませんね」
「本質的に、違う‥‥?」
どういうことだ。
「たとえば、エナジーメイルを強化ではなく、身体を操作するために使うとか、ショックウェーブを推進力に利用するとかですね。魔法の効果そのものは同じでも、それをどう捉えるかは使用者次第ということです」
「分かるような、分からないような話だな」
つまり俺は、『火焔』をまだ一面的な見方でしか捉えられてないかもしれないと。
熱と衝撃、そして相手の魔力を喰らい燃え上がる、炎としての性質。
だめだな。考えてもそうそう答えは出てきそうにない。
俺は気分を変えるために王人に話を振った。
「ちなみに王人はクリエイトソードをどう捉えているんだ?」
「僕ですか? 僕は捉えているというより、目指している感じですね」
「目指してる?」
王人は頷いた。
そして人差し指を立てると、そこに小さな剣を作り出した。それはトンボの羽のように薄い。少し視点をずらせば、見えなくなってしまいそうだ。
それでも、触れれば切れるという圧はたしかなものだ。
「僕にとって、クリエイトソードは『斬る』という概念そのものです。最終的には刀身も、刃も必要とせず、発動と同時に対象を『斬る』。それが僕の理想なんです」
「それはまた‥‥壮大だなあ」
たしかにそれはもう剣じゃない。もっと別の何かだ。
目指すべきところが違うっていうのが、なんとなく分かる話だった。それを自分ごととして落とし込めるかはまた別の話なわけだが。
「ありがとう。もう少し考えてみるよ」
「いえ、頼ってくれて嬉しかったです」
そう満面の笑みで言われたら、何度でも頼ってしまう。俺を落としてもいい事ないと思うんだけど、他の人にそんな笑顔見せちゃダメだぞ。
ちょっと村正の気持ちが分かってしまった俺は、これ以上沼に引き込まれないようにその場を後にした。




