百塚一誠
合宿スタートを飾る山道ランニングは、スタートから一分ほどすると、いくつかのグループに分かれた。
まずは先頭集団。ここのメンバーはとにかく速い。スタートダッシュからして他を置き去りにして、そこから山道とは思えないスピードを出し続けている。
次にトップの後ろに着く二番集団。
俺はここに位置していた。
先頭集団を引っ張るのは、当然のごとく王人。あれに追いつくのは相当キツイ。
というか山道が想像以上に走り辛いな。石や根に足を取られそうになるし、伸びた枝葉が障害物のように襲ってくる。
ただエナジーメイルが上手いだけじゃなく、荒れ道に慣れているかも重要なようだ。
何とか『火焔』を使って二番集団に食い込んではいるが、少しでも気を抜けば一気に落ちていきそうだ。
しかし化蜘蛛と戦って思った。俺にはまだ基礎的な体力が足りてない。『捕食』で魔力を奪おうが、それに耐えられるだけの肉体が出来ていなければ、意味がない。
地獄の合宿だろうがなんだろうが、限界を超えるつもりでやってやる。
そのつもりで走り続けていると、徐々に先頭集団に追いつけなくなった生徒たちが出てきた。
彼らの多くは二番集団のスピードにもついて行けず、徐々に後ろに遠ざかっていく。
というか、勾配がキツイ。
善ちゃん先生が言っていた山に差し掛かったらしく、一気に勾配が出てきた。しかも上がったり下がったり、道はより険しくなる。
それでもスピードを落とさず走り続けていると、俺がいたはずの集団も縦に伸びてきた。
そんな中、常に俺と並走する男がいた。
「‥‥」
「‥‥」
視線を感じてチラリと横を見ると、隣を走っているのは短いくすんだ金髪を逆立てた男だった。
そいつは視線を前に向けて、走り続けている。
クラスメイトにこんな人いなかったと思うから、B組かな。
さて、これはランニングをしているとよくある話だと思うが、同じペースで長い事走り続けている人間がいると、それが誰とか関係なく、妙な対抗心が湧いてくるものだ。
俺と金髪の間には、いつの間にかそういうライバル心が生まれていた。
「‥‥」
「‥‥」
どちらかがペースを上げれば、どちらかはそれに合わせて加速する。
絶対に前には出させない。
いつの間にか生まれた対抗心は、時間を経るごとに大きくなり、もはや時間に間に合うかどうかではなく、隣の奴に負けたくないという思いの方が強くなっていた。
そうしてようやく峠を越えようかという時、ふと隣から声が聞こえた。
「お前、真堂護だろ」
「俺を知っているのか?」
「有名人だろ。なんせあの化蜘蛛を倒した男だ」
「あれは俺一人の力で倒したわけじゃないよ」
化蜘蛛を倒せたのは、王人や星宮が化蜘蛛を削り、紡や村正たちが一緒に戦ってくれたからだ。
「中心になって戦っていたのはお前だ。誰が見ても、そう判断するだろうよ」
「‥‥別にどう思ってもらってもいいけど、俺は君の名前も知らないんだが」
話しながら走るっていうのは想像以上に体力を消耗する。
しかしその疲労を表に出すのはためらわれ、平静を装って走り続ける。
「そういえば名乗ってなかったな。俺はB組の百塚一誠だ」
「百塚か。よろしく」
「ああ、よろしく。‥‥ところでお前、ソシャゲはやるか?」
「ソシャゲ?」
スマホでやるゲームのことか。
俺はソシャゲはちょこちょこやるタイプだ。そうは言っても、桜花魔法学園に来てからは、ほとんど触ってない。
触る暇も余裕もないってのが実際のところだ。
「軽く遊ぶ程度なら」
「そうか。『アイプロ』は知っているか?」
「アイプロって、『アイドルプロデュース』のことだろ」
俺はやったことはないが、超有名タイトルでCMもよく流れているから、名前は知っている。
たしかアイドルを育成し、ライブや恋愛を成功させるゲームだったはずだ。
おもむろに百塚はスマホを取り出し、何やら操作を始める。チャラチャッチャラと山道に似合わない軽快な音楽が流れ、可愛らしい声が『アイドルプロデュース!』とタイトルコールをした。
「これだ」
「お、おおう」
別に見せてくれなくても、なんとなく分かるけど。
「俺は『アイプロ』が好きなんだ。そして、ガチャが好きだ」
「‥‥そうなのか」
何の話だ?
これは山道を全力で走りながらするべき話なのか?
「推しは『水上和花』ちゃんでな。今度その和花ちゃんの水着コスバージョンの実装が決まっているんだ」
「そ、そうか‥‥」
夏休みだしね、そりゃ水着キャラも出るだろう。
再び百塚はスマホを操作し、見せてくる。
そこには、黒髪で線の細い、深窓の令嬢とでも呼ぶべき乙女が、白の水着を恥じらいながら着ている姿があった。
「この子が和花ちゃんだ」
「その、あれだな。可愛いな」
それ、一回一回見せなきゃいけない決まりでもあるのか。
「お前はガチャは好きか?」
「好きでも嫌いでもないかな」
ガチャっていうのは、ソシャゲでは必ずあるシステムで、その名の通りガチャガチャだ。新キャラクターが欲しければ、金を入れてガチャを回すしかない。
この確率がどのゲームもバグっていて、トップレアが当たる確率は、一パーセントが普通だと思う。
さっきの水上和花ちゃんだって、夏休み限定となれば、ガチャガチャを回さなければ手に入らないはずだ。
昔は無課金でガチャを回して、楽しんでいたこともあったな。当たるとアドレナリンがドバドバ出るため、ガチャ中毒になる人も多いという。
「ガチャはいい。トップレアを引き当てた瞬間、自分自身が特別な存在になったように感じられる。それが和花ちゃんなら、最高だ」
百塚はうっとりした様子で話した。
気持ちは分からんでもないが、ちょっとトリップした感じが怖い。
というかこいつこんなふざけた話をしているのに、少しもスピードが落ちていないのがやばい。
「お前にとってのトップレアはなんだ? 何が欲しい」
なんだ、突然。トップレアってのが何かいまいち分からないが、欲しいものか――。
思い浮かんだのは、ホムラの笑顔だった。
「大切な人との約束がある。トップレアが何かは分からないけど、一番大事なのはそれだな」
「そうか‥‥」
百塚は少し思案する顔を見せた。
そして気を取り直したように前を向く。
「少し話してみたかったんだ。そろそろどかないと邪魔になるな」
「邪魔?」
「気付いていなかったのか。俺たちが並んでいるせいで、後ろからの抜かせない連中がいる」
「いや、二人しかいないんだから、横を抜ければいいだろ」
道がそこまで広くないとはいえ、それくらいのスペースはある。
「俺たちが並んでいるだけで、圧が強いんだろう。何せ、暴走車に人型怪物だ」
「暴走車‥‥。いや待て、人型怪物ってなんだ」
聞き捨てならない言葉だぞ。
「知らないのか? 暴走車は俺のことだが、人型怪物はお前のことだろう」
えぇ、嫌な予感はしていたけど、やっぱりそうなのか。
「不適合者だとか、卑怯者だとか呼ばれてたのは知ってたけど、なんで人型怪物‥‥」
もはや人権的に許されるレベルを超えているだろ。SNSに上げたら炎上するぞ。
「お前、化蜘蛛と戦った時、目の中の刻印が変わっただろ」
「‥‥ああ、そうみたいだな。後で友達に言われた」
『Ⅰ』から『×』に変わっていたと教えてもらった。
あれは暗い空間の中で聞こえた、『位階』の上昇と何か関係があるんだろうか。
あれからどれだけ頑張ってもあの時の状態にはなれていない。
でも、それと人型怪物に何の関係があるんだ。
「魔法によって刻印が変化する。まるで、怪物のランクみたいだろ」
「はあ? そんなのこじつけだろ」
身体に数字のタトゥーシールを貼っていたら、怪物狂信者だと言われるくらいのこじつけだ。
「こじつけだな。しかし、そのこじつけに執着する連中も一定数いる。そしてその一定数は、いつのまにか多数になっているものだ」
「‥‥」
百塚の言葉は、それなりに納得できるものだった。
だから事実かどうかなんて関係なく、俺は不適合者や卑怯者と呼ばれた。
あれ、よく考えたら、今更あだ名一つ増えたところで、たいした影響はないな。かわいそうなタイプの無敵感である。
「それじゃ、俺はもう行くぞ」
「行くって、これ以上ペース上げられるのか」
先頭集団ではないとはいえ、もう既に結構なペースを維持している。
大体、ここまで横並びで来たんだ。そう簡単に置いて行かれるつもりはない。
「ああ、また後でな」
百塚はそう言うと、言葉通りペースを上げた。
「っ!」
速い。
俺もギアを上げ、加速する。火の粉を散らしながら、脚の回転数を一気に跳ね上げる。
『爆縮』は使わない。あくまで走りだけで競う。
「おお、頑張るな」
「余裕かよっ!」
「余裕だ」
百塚はグッと地面を踏みしめ、ミサイルのように跳んだ。
しかもただ直線に走っているだけじゃない。踏みやすい地面、障害になるものを確実に見極め、ルートを取っている。
だから減速がない。
こっちもスピードを上げているのに、ぐんぐん距離を離されていく。
マジかよ。さっきまでは全然力抜いてやがったな。
結局、肺が破裂寸前、脚が棒になる頃、俺は減速した。そしてその時には、百塚の背中は見えなくなっていた。
ペースを乱された俺は、それからいろいろな人に抜かれながらも、なんとか十二時に滑り込むのだった。
合宿所に着いてから、鬼灯先生に教えてもらった。
百塚一誠。
紡と同じ推薦組であり、適性試験において、剣崎王人とただ二人。
ランク2怪物を単独で討伐した男だ。
 




