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2と×の戦い ―黒曜―

    ◇   ◇   ◇




 (つむぎ)は初め、突如として現れたそれが、誰なのか分からなかった。


 よく見知っているはず、あるいはだからこそ、彼が真堂護なのだと気付かなかった。


 ゆらりと上げられた護の顔の右半分は、炎を(まと)っていた。


 全身に刻まれた深い傷跡、それを覆うように、『火焔(アライブ)』が揺れていた。


「あれは――」


 立ち上がり、距離を取った紡は、息を呑んだ。


 護の吹き飛んでいた右腕。そこには腕ではなく、炎の剣が作られていたのだ。


 肘から先、炎を圧縮して鍛え上げられたその剣は、両刃にゆらめく紋様を持つ。


 これまでも護が炎を圧縮して火力を上げる様子は見てきた。


 しかし、ただ見ただけでも、その剣がこれまでの炎とは一線を画すものであると、理解できた。


 あれで、化蜘蛛(アラクネ)の刃脚を切り飛ばしたのだ。


「ぁあ──」


「──」


 剣を構え直し、護が化蜘蛛(アラクネ)を見上げた。


 その瞳に刻まれるのは『×(ツー)』の一文字。


 青と赤。


 ランク(ツー)と、位階(レベル)×(ツー)




 互いに先手は譲らなかった。

 

 炎剣と刃脚が、幾本もの剣閃を宙に残し、疾駆する。




 三本になった刃脚だが、その猛攻はこれまでよりも苛烈(かれつ)。一本の脚を地面に突き刺してアンカーにすることで、残りの二本を攻撃に回す。


 更にはその場で跳び上がり、三本の刃を同時に繰り出す離れ業すら繰り出してみせる。


 間違いなく、本気。


 これまで狡猾に立ち回り、確実な勝利をもぎ取ってきた化蜘蛛(アラクネ)が初めて見せる、我武者羅(がむしゃら)な戦闘だ。


 しかし、それでもなお。


 押しているのは護だった。


 魔力(マナ)を注ぎ込んで強化している刃脚。そこに傷が増えていく。対して炎剣は時間を追うごとに輝きを増し、熱量を上げ、より速く、鋭くなっていく。


 まるで戦闘の中で、叩かれ、鍛え上げられているかのように。


 化蜘蛛(アラクネ)とてやられっぱなしではない。上半身は激戦の中でも冷静に糸を編む。


 そして入念に準備されたそれは、護が地面に着地した瞬間、網となって地面から跳ね上がり、護を覆った。


「──シ──ネ──」


 ダメ押しとばかりに、頭上から振り下ろされる刃脚。


 必死の状況。


「──」


 その中で、護は沈んだ。そして、回る。


 それは何もかもを弾く独楽(こま)の回転ではなく、絡めとるような、円舞。


 柔らかく、しなやかに。


 全方位から襲いかかってくる糸を一まとめにしながら、刃脚を迎え撃つ。


 (バク)ッッ‼︎ と自身が放った糸の爆発で、化蜘蛛(アラクネ)が大きく()()った。


 あまりにも無茶苦茶な超絶技巧。敵の攻撃を斬るでも、流すでもなく、返したのだ。


 そして生まれた隙は、大きかった。


 護は沈んだ状態から、跳ね上がる。


 立ち上がりの一撃は、火山の噴火にも似ていた。



 (ザン)ッ‼︎‼︎



 刃脚の隙間に捩じ込まれた炎剣の切り上げは、防御しようとした化蜘蛛(アラクネ)の右腕を切断し、上半身に深い傷を残す。


 傷跡に残る炎は、魔力(マナ)を燃料に肉を燃やし続ける。


「ッァァアア──────⁉︎」


 声にならない悲鳴を(ほとばし)らせ、化蜘蛛(アラクネ)は地面に倒れた。


 地面に着地した護はすぐに転身した。


 次の一撃で、決着する。


 誰に目にも明らかなその状況で、


「ッぁ‥‥!」


 ガクン、と護の膝が折れた。


 そしてそのまま、受け身もとれず地面に倒れる。まさしく、糸が切れた人形のように。


「ぐっ、がはっ‥‥はっ‥‥」


 何が起こっているのか分からなかった紡にも、護に何が訪れたのか分かった。


 オーバーヒートだ。


 明らかに護の本来の実力を超える火力、動き。たった十秒にも満たない時間。限界を超えた代償が、重くのしかかったのだ。


 炎剣は消え、身体を再生していた炎も消えかかっている。もう数分ともたず、護はドロップアウトするだろう。


「シネシネシネシネェェエエエエエ!」


 狂乱の化蜘蛛(アラクネ)が立ち上がった。身体の各所から火の粉と黒煙を噴き出しながら、


 それでも立ち上がり、刃脚を振り回す。


 絶体絶命の状況で、紡は倒れる護と目が合った。『Ⅰ《ワン》』に戻った瞳は、この状況でも輝きを失わず、紡を見ていた。


「‥‥」


 まるで、何かを訴えかけるように。


「まさか、いやでもそれは──」


 何をしようとしているのかは、分かる。


 今はそれしかないということも。


 化蜘蛛(アラクネ)に蓄積されたダメージは重い。あと一撃、強力なあと一撃を入れることができれば、勝機はある。


 しかし現実的に考えた時、それは不可能だ。


 その一撃を入れるのが、どれ程遠い道のりか。


 少なくとも、今まさにとどめを刺されようとしている今、紡の力だけで打開は不可能だった。


 そう、紡一人では。


「おい貴様ぁぁ! こっちを向けぇえええ!」


 精一杯の虚勢を張り上げた声が響いた。


「――」


 化蜘蛛(アラクネ)が振り向いた先にいたのは、あまりに脆弱な、村正ただ一人。


「クラブに行ったことはあるかよ、レディ?」


 今にも崩れ落ちそうな、震える声でそう言いながら、村正は光のアイコンを弾けさせ、魔法(マギ)を発動した。


 『フラッシュバン』。光を圧縮し、指向性を持たせて炸裂させる光の爆撃。


 閃光は発狂していた化蜘蛛(アラクネ)に見事に突き刺さった。


「ァァアアアア!」


 突如として視界を奪われた化蜘蛛(アラクネ)は無茶苦茶に刃脚を振り回した。


 そして稼いだ数秒を、更に伸ばそうと新たな人影が割って入る。


「まだまだ終わってないぞ!」


「はぁああああああ‼」


 吹き飛ばされていた空道と騎町が、再度化蜘蛛(アラクネ)に向かって突貫する。


 全身から赤い光が零れ、魔法(マギ)の威力も初めより落ちている。


 それでも二人はためらわなかった。


 全ての力を使い切る気持ちで、化蜘蛛(アラクネ)に立ち向かう。


 絶対に敵わないと知りながら、リーダーたちが、先陣を切ってそうしたように。


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