再戦と螺旋の槍
灼熱の顎は、天狗烏に夢中だった化蜘蛛を飲み込んだ。
牙が外殻に食い込み、内と外から熱で炙る。
攻撃はそれだけに留まらない。炎は化蜘蛛の魔力を喰らい、更に巨大に膨れ上がる。
「――――‼」
怨嗟にも聞こえる悲鳴が響き、化蜘蛛が刃脚を振り回した。
「ぐっ!」
全身に脚が掠り、鋭い痛みが走る。
まだだ、まだ捕食は解けない。こいつを弱体化させ、ダメージを通すためには、もっと魔力を喰らう必要がある。
捕食の維持でまともに動けない俺は、攻撃を避けられない。
「どっせぇぇええい!」
そこへ裂帛の気合いと共に誰かが横から突っ込んできた。
騎町さんが、『クリエイトシールド』を展開しながら俺と化蜘蛛の間に割って入ったのだ。
『クリエイトシールド』は盾を作成する魔法だ。騎町さんは分厚いそれを作り出し、化蜘蛛の刃脚を受ける。
クリエイトシールドは実用レベルで使える人間が少ないと聞いていたが、騎町さんのそれは確実に化蜘蛛の攻撃を防ぎ続けた。
業を煮やした化蜘蛛は糸を紡ぎ、盾ごと騎町さんを爆殺せんとする。
「させるか!」
今度は空道が空中から化蜘蛛に『ハンズフレイム』を叩きつけた。放たれる前の糸が誘爆を起こし、化蜘蛛の身体が揺れる。
「――シネ、シネ」
それでも倒れない。
化蜘蛛は変わらず刃脚を振り回し、騎町さんと空道を吹き飛ばした。
「ぐぁっ!」
「キャァ!」
赤い光が血の代わりに噴き出し、二人とも声を出すこともなく視界から消えた。
いい加減にしろよ。
俺は魔力を喰らった顎を引き戻す。
「うっ!」
戻した炎が身体中を駆け巡り、全身が沸騰したように熱くなる。血が濁流となって流れ、血管が広がり、視界が赤く染まる。
露出した肌にひび割れのように赤のラインが走り、火の粉が散る。
これは、長くはもたない。
膨大な魔力に、俺自身が耐えられない。
踏み出し、爆縮によって加速する。
想像以上の速度で、俺は化蜘蛛に肉薄した。狙うのは上半身の女だ。
しかしそのためには、まず刃脚を殴って体勢を崩す。
元々の六本であれば希望がなかったが、王人や星宮たちのおかげで脚は四本。
一本でも弾き飛ばせば、崩せる。
「──」
瞬間、化蜘蛛が立ち上がった。
後ろの二本脚で身体を持ち上げたのだ。
デカ──!
元々大きかった身体が、立ち上がったことで二倍近く高くなる。
本能的に感じる威圧。
それだけではない。高くなったということは、シンプルに女の上半身が遠くなる。
更に、高い位置から振り下ろされる刃脚の嵐。
ガガガガガガ‼︎ と地面が掘削され、瓦礫が弾丸のような速度で身体にぶつかってくる。
「いっ──!」
予期せぬ方向からぶつかってくる衝撃に、思わず声が漏れる。
こんなことに構うな。化蜘蛛から目を逸らさず、炎を維持し続けろ。
『火焔』の強化と再生があれば、多少のダメージは無視できる。
むしろ集中力が切れたところに攻撃を受ける方が最悪だ。
二本足で立ってくれるというのなら、好都合。股下まで潜り込めば、こちらが有利。
そう思えたのは、ほんの一、二秒だった。
絶え間なく振り下ろされる刃脚はもはや分厚い壁に等しく、抜けるのは至難の業。
しかも何とか攻撃を避けて一歩前に進んでも、化蜘蛛は軽やかな動きで後ろに下がる。
一定の間合いを維持しながら、攻撃を続けてくるのだ。
徹底している。
やはり、ただ力が強いだけじゃない。こいつは俺よりも強いのに、油断することなく、叩き潰しに来ている。
しかも化蜘蛛の攻撃はそれだけにとどまらなかった。
蜘蛛の身体の向こう側で、赤い糸が散るのが見えた。
糸を避けながら刃脚を捌くのは不可能。『火焔』の強化で受けきるのも限界がある。
しかし今回に限っては、糸は俺が対応しなくてもいい。
化蜘蛛が赤い糸を放つ。
それが俺へと振りかかろうとした時、その全てが軌道を曲げ、周囲に散らばった。
化蜘蛛は何度も糸を振るい続けるが、全て俺どころか、近くにさえ落ちることはない。
「――‼」
そのからくりに、化蜘蛛が気付いた。
俺たちから少し距離を取って腕を振るう紡だ。
彼女が発動する『念動糸』によって、化蜘蛛の糸は全て絡め取られ、軌道を捻じ曲げられる。
俺に当たることはない。
そこで初めて化蜘蛛に迷いが見えた。俺を狙うか、それとも『念動糸』が厄介な紡を先に倒しに行くか。
迷いは行動にためらいを生む。
それは、隙だ。
「――」
息を吸う。
吸った息を燃焼させ、身体を燃やす。
刃脚と刃脚の隙間に見えた、道。今なら、ねじ込める。
踏み込みと同時に爆縮で加速。ほぼ助走なしの垂直跳び。少しでも勢いを落とせば叩き落とされる。
それでも行く。
そしてその思いを、紡が後押ししてくれた。
跳んだ直後に、背後で糸が爆発した。『念動糸』によって巧みに調整された爆風は、俺の身体を前へと押し出す。
攻撃と攻撃の合間に生まれた一ミリの空隙。
そこへ矢のように身体をねじ込み、抜ける。
「ッ――‼」
「――」
目前に、化蜘蛛がいた。
確実に手が届く距離。ここまで来れば刃脚での迎撃は不可能。
そして糸も紡によって無力化されている。
獲った。
構えるのは、喰らった炎を圧縮した右腕。五枚の花弁を揺らし、刃のように輝く。
これが今出来る俺の限界だ。
「五煉」
今まさに拳を放とうとした瞬間、あることに気が付いた。
化蜘蛛の背後で、糸が渦を巻いていた。おそらく紡の『念動糸』から逃れながら、幾重にも巻き続けてきた大渦。
その巨大な回転は、外部からの生半可な力など、全て弾き飛ばす。もはや念動糸では、干渉できない。
何のために作られたものなのか、俺は直感的に理解した。
しかしもう賽は投げられた。運命が決するまで、その動きが止まることはない。
化蜘蛛へと、拳を撃ち出す。
「振槍‼」
五枚の花弁が激しく燃え上がり、拳はあらゆるものを穿つ槍となる。
迎え撃つのは、糸の渦。中心を穂先に、螺旋の槍と化した渦が振槍と衝突した。
糸を貫き、拳は突き進む。
『捕食』で奪った魔力を燃やし、炎は今までにない猛りを見せた。
そう、これがただの糸であれば、振槍はこのまま化蜘蛛を打ち砕いていただろう。
しかし、この糸は捉えるためでも、防ぐためのものでもない。触れたものを破壊しつくす、殺意の権化。
「開火」
火焔を押し返す爆炎が、腕を、視界を、全てを飲み込んだ。
 




