剣崎王人はためらわない
◇ ◇ ◇
適性試験五日目。
異変にいち早く気が付いたのは、やはり剣崎王人だった。
(この空気は‥‥)
チームのメンバーはまだ休んでいる。窓のそばで最後の見張り番をしていた彼は、暁の終わりを眺めていた。
『火蜥蜴』との戦いを終えた王人は、残りの一日をどうすべきか悩んでいた。他のランク2を探しに行くか、他のチームメンバーのことを考えてメモリオーブを探索するか。
火蜥蜴と戦ったことからも分かる通り、王人はリーダーとして絶対的な権限を持っている。
しかし決して独善的ではない。彼なりにチームメンバーのことを考えているのだ。
ただ、火蜥蜴はそれよりも優先度が高かっただけの話。
そんな悩みは、火に焼かれる暗がりとともに消えた。
(空気が違う。まるで、ゆっくり針を刺されるような感覚だ)
明らかに異質だった。
(けれど、おかしい。それはない)
いくら適性試験とはいえ、ランク2が数体出現しているだけで、十分すぎる脅威だ
この試験は適性を測るものであり、心を折るためのものではない。
そこまでいけば、本末転倒だ。
つまりこれ以上の変化は、本来ならあり得ないのだ。
「――少し、動きましょうか」
嫌な予感がする。
火蜥蜴を目前にして、嬉々として戦いを挑む王人は、この時準備をすることに決めた。少なくとも、そうすべき何かが起こると、予感したからだ。
これは危機に対する嗅覚だ。
風の質感。街の匂い。朝焼けの音。
全てが彼にそうすべきだと、語り掛けていた。
◇ ◇ ◇
そしてその違和感に気付き始めたのは、王人だけではなかった。
「空道君、騎町さん、今日はもう戻りましょう」
屋上から街を眺めていた星宮有朱は、おもむろにそう言った。
「え、だって、メモリオーブを探すんだろ?」
空道が驚いた顔で有朱を見た。
たしかに天狗烏と出会った後、有朱はメモリオーブの探索を提案した。
ランク2は脅威だが、警戒していれば避けることは出来る。
敵の脅威度。適性試験の意義。得られるポイント。空道と騎町の成長。
それらを総合的に判断し、メモリオーブの探索に切り替えたのだ。
天狗烏にだけ気を付け、屋上を移動しながら建物を探索する。その作戦で動き出して一時間。
見つかったのはメモリオーブではなく、強烈な違和感だった。
「あまりにも静かすぎるわ。それに、探索を始めてから一度も怪物を見ていない」
「それは、怪物に遭わないように移動しているからじゃないのかい?」
「ここまで移動してくる間、『イーグルアイ』で街の様子を見てきたのだけれど、一体も怪物の影が見えなかった。少し、嫌な感じがするわ」
「ランク2が近くにいるってこと?」
その問いに、有朱は曖昧に頷いた。
天狗烏から逃げ出して街を探索し、有朱は今回出現しているランク2に見当をつけていた。
空の天狗烏、陸の刃狼、地の土杭蛇。
まだいる可能性はあるが、移動方法や攻撃の傷跡が特徴的だから、おおよそ間違いないだろう。
同時に選出基準も読めた。
巨大で、派手。
相対しただけで膝を折らせる、威圧感の塊だ。
ランク2もタイプによって姿は様々だが、今回はわざとそういう怪物が選ばれている。
だから、妙だ。
静かであるのも、怪物の姿が見えないのも。
何より、街中に残る小さな切り傷も。
強烈な違和感が有朱の頭をずきずきとさいなむ。
しかしそれを口にするのは、ためらいがあった。
天狗烏だけでさえ、空道と騎町には重すぎる敵だ。それは力ではなく、存在として。
これ以上の敵は、彼らの心を折るだろう。
あの時の自分と同じように。
『行けぇ星宮‼』
もしも彼がここにいてくれたらと思う。自分が手を引かなければならない立場になった時、その責任の重さに身体が震える。
「とにかく、一度拠点に戻りましょう。これ以上の継続は危険――」
そこまで言って、有朱は『スターダスト』を発動した。星屑の弾丸が彼女の周りに浮かび上がり、線を繋ぐ。
一気に空気が張り詰めた。
「誰か来る。騎町さん、前に」
「わ、わわ分かりました」
建物の階段を上がる音がたしかに大きくなり、ついに扉が開いた。
張り詰めた緊張感の中で、招かれざる客人は柔らかな笑みを浮かべた。
「久しぶりですね、星宮さん」
「‥‥ええ、今度からもう少し分かりやすく登場してくれると嬉しいわね」
入学試験を彷彿とさせるように、星宮有朱と剣崎王人は顔を合わせた。




