リーダーたちの選択
◇ ◇ ◇
荒廃した街に、新たな傷跡が刻まれる。爪痕の鋭利なものでも、噛み跡のギザギザした形でもない。
アスファルトが朱から白へと色を変え、溶けて丸みを帯びる。
炎の息吹が、道を、建物を舐めた。
護の使用する『火焔』とは比べ物にならない威力と範囲。それが何度も何度も、執拗なまでに放たれる。
火を吹いているのは、『火蜥蜴』。
丸太のような四本の短い脚と、車を丸呑みにできる口。翼はその巨体を支えることは不可能であろう小さなものが二つ、飾りのように生えていた。
タイプ亜竜のランク2。
竜の名が付くだけあり、ランク1の時点で鬼よりも堅牢な鱗、強靭な肉体を所持している。
更にランク2に進化して得た炎の力。
この適性試験の中でも、間違いなく最強クラスの怪物だ。
そんな火蜥蜴が、牙を打ち鳴らし、火花を散らす。小さな蛍火は魔力の風を巻き込んで膨れ上がり、炎の息吹と化す。
ゴウッ‼ と道路を火炎が蹂躙し、それに飽き足らず、道に面した建物の内部まで侵略、破壊の限りを尽くす。
それを何度繰り返しただろうか。あたり一帯は、無事な場所を探す方が難しい状態になっていた。
火蜥蜴がここまで炎を吐いているのには、当然理由があった。
敵だ。
自分が殺すべき敵を見止め、それを追ってここまで歩いてきたのだ。
散々に炎の息吹を放ち続けてきた。既に死んでいてもおかしくはない。しかし火蜥蜴は攻撃を止めない。確実に殺したという手応えがあるまで、どこまでも追い続ける。
その執念深さが、この場においては正しかった。
「――‼」
上空。
殺気を感じた火蜥蜴は、巨体に似合わない俊敏な動きで身体をよじり、顎を開いた。
ギィィン‼ と重い音を響かせて、空から奇襲を仕掛けた人影は、弾かれるように地面に立った。
「流石。勘も鋭く、反応も速い。素の性能に胡坐をかくようなら、もう少し楽なんですが」
竜の首を狙う不遜な愚か者は、小柄な少年だった。
剣崎王人は、両手にガラスの剣を提げ、うっすらと笑みを浮かべる。
リーダーには多くの種類がいる。
いまだ発展途上で、何もかもが手探りな者。
あるいは、チームの力量を正確に把握し、チームとして勝つために行動する者。
そして、誰よりも前に立ち、圧倒的な実力とカリスマでチームを牽引する者。
剣崎王人に、リーダーとして特別何かをしようという意識はない。
彼にとってチームとは、互いを補完する関係であり、指示するものでも、導くものでも、まして、己の行動を縛るものでもない。
だから火蜥蜴を確認した時、王人は一切躊躇することなく、戦うことを決めた。
それが剣崎王人という人間の在り方だからだ。
「さて、やりましょう。決着の瞬間まで」
ゆらりと、剣鬼は返答がわりに放たれた炎へと、歩を進めた。
◇ ◇ ◇
刃狼から逃げた俺たちは、一度態勢を整えるために地下鉄に潜った。
あの大きさの怪物なら、そうそうここには入って来られない。建物は簡単に破壊されてしまう以上、多少の視界を犠牲にしても、地下にいるのが一番安全という判断だった。
「‥‥何だったんだ、あれは」
「刃狼。昔、東京で暴れたランク2の怪物よ。たしか、倒すまでに相当な守衛魔法師が殺されたはず」
「そんなことは分かっている! いや、詳しい情報までは知らなかったが‥‥、そういうことではない。何故この適性試験にランク2が出ているのかという話だ!」
「適性試験だからでしょ‥‥」
紡は珍しく疲れた声で答えた。
「一年生の試験だぞ。ランク1の怪物を倒すだけでも精一杯だというのに、ランク2なんて無茶にも程がある」
村正の言うことも尤もだ。
しかもあの刃狼は、黒鬼よりも更に強力な個体だ。
三人で力を合わせたとして、勝てるかどうかは分からない。
「これが適性試験だってことだろ。無茶苦茶だとは思うけど、試験の意義を考えたら、これが一番効率的なのかもしれないな」
あれには勝てない。蹂躙され、力の差を思い知らされ、それでも尚立てるのかどうか。
この試験は、俺たちにそれを問うている。
「それで、これからどうするのリーダー?」
紡の問いに、俺より先に村正が答えた。
「どうするって、そんなのは決まっているだろ。地下を中心に生活して、残りの日数を過ごすしかない」
「‥‥」
そうだな。
あの刃狼が闊歩している以上、地上を歩くのは危険すぎる。
しかもだ、出現したのが刃狼だけとは、限らない。
この荒廃した街並みがただのオブジェクトではなく、意味ある姿だとしたら、あの刃狼だけで、あれだけ広範囲の破壊痕が付くのはおかしい。
もはやこの世界において、地上は人類の生活圏ではないのだ。
その上で、この後の行動を決める。形ばかりとはいえ、俺がリーダーだからだ。
ついさっきやりあった刃狼の姿が頭を過った。おおよそ人が勝てるとは思えない、異形の使徒。
まったくもってふざけている。
「行動に変更はない。警戒レベルを上げて、メモリオーブを探そう」
「なっ! 正気か真堂⁉」
「ああ、正気だよ。多分な」
「それはいくらなんでも自殺行為だ! 俺は御免だぞ!」
まあ、そう言うと思ったよ。
実際さっきだって、村正の協力がなければ逃げることも出来なかった。ここからの探索には、紡も、村正の力も、必要不可欠だ。
コミュニケーション能力は落第、言葉なんてよく知らないし、リーダーとしての力を示せているとも思えない。
それでも俺はここで村正を説得する必要がある。
「ただ生き残るだけじゃ、守衛魔法師への適性は示せない。俺たちはこの最悪の状況で、それでも動けるってことを示さなきゃいけない」
逃げることを、命を守ることを否定はしない。
そのうえで、俺は戦うべきだと思う。
「他の誰でもない、俺たち自身のために」
ホムラを殺されたあの時、レオールに立ち向かった。
黒鬼を前にした時、拳を構えた。
それらを積み重ね、俺はここに立っている。
「頼む村正、力を貸してくれ。俺だけじゃこの世界は歩けない」
「ぐっ‥‥、むう」
「結論は出たでしょう。リーダーがそう言っているんだから、私たちは全力を尽くすだけ」
「あのな、俺がいくら逃げ上手だからって、複数人を逃がしたことはないんだぞ」
「経験もないのに、あの土壇場であれだけ動けるんだから、信用出来るよ」
俺に出来るのは戦うことだけだ。敵の目を欺き、意識を惑わせる村正の力は、この状況なら万金に値する。
「よし、決まったなら行こう」
「これまでの傾向から考えると、メモリオーブがあるのは人目に付きにくい場所。ただ、地下はバッティングが激しそうね」
なら、狙うのは決まりだ。
「地上の建物を回ろう。紡、索敵は任せる。村正、戦闘は極力避けたい。何かがあれば姿を隠してくれ」
「分かったわ」
「だから、そう簡単に言うなと‥‥」
釈然としない顔の村正を連れて、俺たちは地上への階段に足を掛けた。
 




