表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/180

リーダーたちの選択

    ◇   ◇   ◇




 荒廃した街に、新たな傷跡が刻まれる。爪痕の鋭利なものでも、噛み跡のギザギザした形でもない。


 アスファルトが朱から白へと色を変え、溶けて丸みを帯びる。


 炎の息吹が、道を、建物を舐めた。


 護の使用する『火焔(アライブ)』とは比べ物にならない威力と範囲。それが何度も何度も、執拗なまでに放たれる。


 火を吹いているのは、『火蜥蜴(サラマンダー)』。


 丸太のような四本の短い脚と、車を丸呑みにできる口。翼はその巨体を支えることは不可能であろう小さなものが二つ、飾りのように生えていた。


 タイプ亜竜(ワイバーン)のランク2。


 竜の名が付くだけあり、ランク1の時点で(オーガ)よりも堅牢な鱗、強靭な肉体を所持している。


 更にランク2に進化して得た炎の力。


 この適性試験の中でも、間違いなく最強クラスの怪物(モンスター)だ。


 そんな火蜥蜴(サラマンダー)が、牙を打ち鳴らし、火花を散らす。小さな蛍火(ほたるび)魔力(マナ)の風を巻き込んで膨れ上がり、炎の息吹と化す。


 ゴウッ‼ と道路を火炎が蹂躙(じゅうりん)し、それに飽き足らず、道に面した建物の内部まで侵略、破壊の限りを尽くす。


 それを何度繰り返しただろうか。あたり一帯は、無事な場所を探す方が難しい状態になっていた。


 火蜥蜴(サラマンダー)がここまで炎を吐いているのには、当然理由があった。


 敵だ。


 自分が殺すべき敵を見止め、それを追ってここまで歩いてきたのだ。


 散々に炎の息吹を放ち続けてきた。既に死んでいてもおかしくはない。しかし火蜥蜴(サラマンダー)は攻撃を止めない。確実に殺したという手応えがあるまで、どこまでも追い続ける。


 その執念深さが、この場においては正しかった。


「――‼」


 上空。


 殺気を感じた火蜥蜴(サラマンダー)は、巨体に似合わない俊敏な動きで身体をよじり、(あぎと)を開いた。


 ギィィン‼ と重い音を響かせて、空から奇襲を仕掛けた人影は、弾かれるように地面に立った。


流石(さすが)。勘も鋭く、反応も速い。素の性能に胡坐(あぐら)をかくようなら、もう少し楽なんですが」


 竜の首を狙う不遜(ふそん)な愚か者は、小柄な少年だった。


 剣崎王人は、両手にガラスの剣を提げ、うっすらと笑みを浮かべる。


 リーダーには多くの種類がいる。


 いまだ発展途上で、何もかもが手探りな者。


 あるいは、チームの力量を正確に把握し、チームとして勝つために行動する者。


 そして、誰よりも前に立ち、圧倒的な実力とカリスマでチームを牽引する者。


 剣崎王人に、リーダーとして特別何かをしようという意識はない。


 彼にとってチームとは、互いを補完する関係であり、指示するものでも、導くものでも、まして、己の行動を縛るものでもない。


 だから火蜥蜴(サラマンダー)を確認した時、王人は一切躊躇することなく、戦うことを決めた。


 それが剣崎王人という人間の在り方だからだ。


「さて、やりましょう。決着の瞬間まで」


 ゆらりと、剣鬼(けんき)は返答がわりに放たれた炎へと、歩を進めた。




     ◇   ◇   ◇




 刃狼(ソードウルフ)から逃げた俺たちは、一度態勢を整えるために地下鉄に潜った。


 あの大きさの怪物(モンスター)なら、そうそうここには入って来られない。建物は簡単に破壊されてしまう以上、多少の視界を犠牲にしても、地下にいるのが一番安全という判断だった。


「‥‥何だったんだ、あれは」


刃狼(ソードウルフ)。昔、東京で暴れたランク2の怪物(モンスター)よ。たしか、倒すまでに相当な守衛魔法師(ガード)が殺されたはず」


「そんなことは分かっている! いや、詳しい情報までは知らなかったが‥‥、そういうことではない。何故この適性試験にランク2が出ているのかという話だ!」


「適性試験だからでしょ‥‥」


 紡は珍しく疲れた声で答えた。


「一年生の試験だぞ。ランク1の怪物(モンスター)を倒すだけでも精一杯だというのに、ランク2なんて無茶にも程がある」


 村正の言うことも(もっと)もだ。


 しかもあの刃狼(ソードウルフ)は、黒鬼(ダークオーガ)よりも更に強力な個体だ。


 三人で力を合わせたとして、勝てるかどうかは分からない。


「これが適性試験だってことだろ。無茶苦茶だとは思うけど、試験の意義を考えたら、これが一番効率的なのかもしれないな」


 あれには勝てない。蹂躙(じゅうりん)され、力の差を思い知らされ、それでも尚立てるのかどうか。


 この試験は、俺たちにそれを問うている。


「それで、これからどうするのリーダー?」


紡の問いに、俺より先に村正が答えた。


「どうするって、そんなのは決まっているだろ。地下を中心に生活して、残りの日数を過ごすしかない」


「‥‥」


 そうだな。


 あの刃狼(ソードウルフ)闊歩(かっぽ)している以上、地上を歩くのは危険すぎる。


 しかもだ、出現したのが刃狼(ソードウルフ)だけとは、限らない。


 この荒廃した街並みがただのオブジェクトではなく、意味ある姿だとしたら、あの刃狼(ソードウルフ)だけで、あれだけ広範囲の破壊痕(はかいこん)が付くのはおかしい。


 もはやこの世界において、地上は人類の生活圏ではないのだ。


 その上で、この後の行動を決める。形ばかりとはいえ、俺がリーダーだからだ。


 ついさっきやりあった刃狼(ソードウルフ)の姿が頭を(よぎ)った。おおよそ人が勝てるとは思えない、異形の使徒。


 まったくもってふざけている。


「行動に変更はない。警戒レベルを上げて、メモリオーブを探そう」


「なっ! 正気か真堂⁉」


「ああ、正気だよ。多分な」


「それはいくらなんでも自殺行為だ! 俺は御免だぞ!」


 まあ、そう言うと思ったよ。


 実際さっきだって、村正の協力がなければ逃げることも出来なかった。ここからの探索には、紡も、村正の力も、必要不可欠だ。


 コミュニケーション能力は落第、言葉なんてよく知らないし、リーダーとしての力を示せているとも思えない。


 それでも俺はここで村正を説得する必要がある。


「ただ生き残るだけじゃ、守衛魔法師(ガード)への適性は示せない。俺たちはこの最悪の状況で、それでも動けるってことを示さなきゃいけない」


 逃げることを、命を守ることを否定はしない。


 そのうえで、俺は戦うべきだと思う。


「他の誰でもない、俺たち自身のために」


 ホムラを殺されたあの時、レオールに立ち向かった。


 黒鬼(ダークオーガ)を前にした時、拳を構えた。


 それらを積み重ね、俺はここに立っている。


「頼む村正、力を貸してくれ。俺だけじゃこの世界は歩けない」


「ぐっ‥‥、むう」


「結論は出たでしょう。リーダーがそう言っているんだから、私たちは全力を尽くすだけ」


「あのな、俺がいくら逃げ上手だからって、複数人を逃がしたことはないんだぞ」


「経験もないのに、あの土壇場であれだけ動けるんだから、信用出来るよ」


 俺に出来るのは戦うことだけだ。敵の目を(あざむ)き、意識を惑わせる村正の力は、この状況なら万金に値する。


「よし、決まったなら行こう」


「これまでの傾向から考えると、メモリオーブがあるのは人目に付きにくい場所。ただ、地下はバッティングが激しそうね」


 なら、狙うのは決まりだ。


「地上の建物を回ろう。紡、索敵は任せる。村正、戦闘は極力避けたい。何かがあれば姿を隠してくれ」


「分かったわ」


「だから、そう簡単に言うなと‥‥」


 釈然としない顔の村正を連れて、俺たちは地上への階段に足を掛けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ