それぞれの役割 ―鬼灯―
◇ ◇ ◇
生徒たちが試験に参加したそれぞれの個室で、モニターが光っている。
適正試験三日目の朝は、異様な興奮に包まれて始まった。
『ついに来たか‥‥』
『今年は何人生き残れますかね』
『いや、それより何人残るかだな』
モニター越しに、教員同士が話している。
鬼灯薫はそれに呼応することなく、もう一枚のモニター、護たちが写っている映像を見続けていた。
教員の仕事は担当チームの評価と、脱落した生徒の管理だ。今のところドロップアウトした生徒は一人もいないが、ここからは違う。
適正試験はこの三日目からが本番だ。あの世界を支配する怪物の主たちが目を覚ます。
ランク2の怪物たちだ。
本来なら一年生の試験で出現するような相手ではない。
しかしこの適性試験では、あえて出す。しかも過去に出現した怪物のデータを基にエディさんが作り上げた、限りなく本物に近い強さだ。
この適性試験では、勝つことが目標なのではない。まして、生き残ることでさえない。
心折られないこと。
人の身を遥かに超えた怪物を目の前にした時、二度と戦えなくなる守衛魔法師は多くいる。
去年は七人が夢破れ、この学校や学科を去った。
薫自身、過去にこの試験を受けた一人である。だからこそ、あの空間の異質な雰囲気はよく覚えている。
「さて、なんとか窮地は脱したようですね」
そう独言、すでに温くなってしまったコーヒーに口をつける。
まさかいの一番に『刃狼』と戦うことになるとは思わなかった。
下手をすれば、いや、順当に行って、三人まとめてドロップアウトになる敵だ。
刃狼は過去にプロの守衛魔法師を幾人も殉職させている。
シンプルで高水準な能力に加え、耳と鼻がよく、勘も効く。あれを倒すためには、純粋な地力で上回る必要がある。
まだ護にそれだけの力はない。
毎日鍛えている薫だからこそ分かる。彼の成長スピードは著しいが、本物のランク2を相手に勝てるレベルではない。
ボランティアで倒せた黒鬼は、生まれたての雛鳥のようなものだ。
同じランク2であっても、その実力には雲泥の差がある。
「今回の一戦で、それがよく分かったでしょう」
護は紡と村正の二人に支えられるようにしながら、街を走っていた。
生き残れたとはいえ、その姿は負け犬そのものだ。
悔しいだろう。尻尾を巻いて逃げ出さなければいけないことが。逃げ出せたことさえ、幸運だということが。
村正源太郎。
三人が誰一人欠けることなく逃げられたのは、彼の功績が大きい。
まるで戦闘能力を持たず、逃走のスキルだけを評価されて入学した、稀有で、貴重な人材。
一年生たちは、守衛魔法師の強さイコール魔法戦闘の強さだと思っている節がある。
しかし実際には違う。
時として最高のサポーターは、戦闘員の力を二倍にも三倍にも引き上げる。
「ただしサポーターとて戦場に立つことは変わらない。チームとしてどうするかは、リーダーの腕の見せ所ですね」
まあ、私なら刃狼くらい、一人で頭かち割りますけどね。
と誰に訊かせるでもない弟子へのマウントをしっかり挟みながら、薫はコーヒーを飲み切った。
まだ、適正試験本番は始まったばかり。
世紀末の主たちの狩りは、これからだ。




