表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/156

不適合者の許せないこと


 俺は自分でも気づかない間に茶髪たちを呼び止めていた。


 やめとけ、受験生だぞ。ここは学校じゃない、誰も止めてくれないところで喧嘩なんてしたら、(ろく)なことにならないのは目に見えている。


 そんな理性を無視する。


 少なくとも、今だけは違う。お行儀よくルールを守っているべきじゃない。


 軽快なおしゃべりは一瞬にして止まり、薄寒(うすらざむ)い沈黙の中で茶髪たちが振り返った。


「何だよ」


 もうそこに笑顔はない。穏便な話にならないことは、向こうも気付いているはずだ。


 それでも止まらないし、止める気もない。


「ホムラに謝れ」


「何? なんでそんなことしなきゃいけないわけ?」


「ホムラは役立たずじゃない。今の暴言について謝罪をしろと言っているんだ」


 こいつは自分勝手な思い込みでホムラを見下し、暴言を吐いた。それを何事もなかったかのように終わらせるわけないだろ。


 しかし茶髪は悪びれもせず言った。


「こっちはそいつのせいで無駄な労力を使ったんだけど。むしろ謝ってほしいくらいだ」


「勝手に期待したのはそっちだろ。責任転嫁するなよ」


 いや、期待という言葉すらふさわしくない。こいつらはホムラの力だけをあてにしてきたのだ。


 茶髪は肩をすくめて笑った。


「何をそんなに本気(マジ)になってるんだよ。妖精(フェアリー)信仰とか、そういうやつ?」


 本気になるなんて馬鹿だ、こんなことで怒るなんて器が小さい。へらへらした笑いの中から、そんな言葉が聞こえてくる。


 これもこいつらの常套手段(じょうとうしゅだん)だ。そうやって自分たちがしたことの責任を化かし、軽く見せかける。


 しかしそんなことはどうでもいい。今の言葉で改めて分かった。こいつらはホムラを意志あるものとして見ていない。ゲームのNPCか何かだと思っている。


 だから自分の思い通りに動かなければ苛立ち、平然と礼儀を欠いた行動を取る。


「そういう適当な言葉ではぐらかすなよ。他にやり方知らないのか?」


「は?」


 考えろ。こいつが一番反応する言葉は何か。


 端からこいつがまともに謝るなんて思ってない。たとえ言葉だけの軽薄な謝罪をされたところで、ホムラが受けた屈辱は晴れないのだ。


「口ばっかりじゃ、怪物(モンスター)相手には戦えないぞ」


 その言葉は効果覿面(こうかてきめん)だった。


 茶髪の雰囲気が完全に変わった。


不適合者(オールド)ごときが何調子乗ってんだよ。潰すぞ、お前」 


 低く唸るような声。


「ちょ、やばいって」


「もうあんなやつほっとこうよ」


「うるせえな。これだけ馬鹿にされて引き下がれるかよ」


 周りの連中もやばいと思ったのか、慌てて鳥居の向こう側に駆け出す。


 茶髪はそれを見ることもなく、こちらに一歩踏み出した。


「俺が怪物(モンスター)と戦えないって?」


「よく考えろよ。思い通りにならなきゃ癇癪(かんしゃく)を起こすような奴が、戦えるはずない」


 守衛魔法師(ガード)は常に冷静でなければならない。戦況を客観的に判断し、適切な選択を取り続ける。間違えた先にあるのは、誰かの死だ。不慮(ふりょ)の事態に心乱すような人間に務まるはずもない。


 ギリッと茶髪の歯が鳴る音が、俺にも聞こえた。


「護、もういいですから。やめましょうこんなこと」


 危険な雰囲気を感じたホムラが(そで)を引くが、今更なかったことにできる段階は過ぎている。というか、俺にその気はないぞ。


 向こうにもな。


「離れてろホムラ、すぐ終わる」


 ホムラはしばらく迷っていた様子だが、こちらに退く意思がないと諦めたのか、距離を取った。


 茶髪も巻き込むつもりはなかったんだろう。それを見届けてから言った。


「覚悟はできてるんだろうな、不適合者(オールド)


「こっちの台詞だ」


「そうか、よ!」


 それが始まりの合図だった。


 茶髪が目の前を薙ぐように腕を振った。魔法(マギ)の発動を示す光のアイコンが(またた)く。


 パァン! という音と共に目の前の景色が歪んだ。


「っ!」


 次の瞬間、前面に叩きつけられた衝撃に足が大地を離れ、浮遊感が襲う。


 『ショックウェーブ』。


 暴風を生み出す魔法(マギ)だ。正面から受ければ、成人男性を吹っ飛ばすくらいの威力が出る。


 下は石畳。まともに受け身を取ってもダメージは免れない。


 だから俺は抗わない。風の波に運ばれるようにして、後ろに跳ぶ。腕は前で衝撃を受け、膝を曲げてバランスを取る。


 そして着地。


 スニーカーが石畳をこする音が脚を伝わって響いた。


 茶髪にも多少の理性は残っていたらしい。本気のショックウェーブだったら、こんな簡単にはいかない。あるいはこれが彼の全力だったのか。


 どちらにせよ、次はこちらの番だ。


 着地と同時に膝にためていた力を解放し、一気に前に走る。


「何⁉」


 茶髪が慌てて腕を振った。


 ショックウェーブの長所は見えにくいところ、そして面での制圧が可能なところ。近づくほど(かわ)し辛くなる。


 だが来ると分かっていれば、やりようはいくらでもある。


 俺は倒れる寸前まで体勢を低くしながら、全力で地を蹴って前に進んだ。


 二発目が来た。


 身体にぶつかる風圧を感じながら、それを貫くように走る。


 お前のショックウェーブじゃ、中心と端で威力が違い過ぎる。冷静に俺の進路を見極めていたら、あるいは止められたかもな。


「くそ、ふざけんな!」


「この距離じゃそれは遅ぇよ」


 三度ショックウェーブを発動しようとする茶髪の腕を掴みながら背後に回る。関節を()めて重心を崩し、そのまま床に倒した。


「ぐっ!」


「下手に魔法(マギ)を使おうなんて思うなよ。腕が折れるぞ」 


 言葉通り、ミシミシと茶髪の腕から音が鳴った。


 茶髪は苦悶の声を上げながら、地面をつま先で叩く。魔法(マギ)を使うためには魔力(マナ)が必要になる。それは精神力であり、心の力だ。


 使おうにも、痛みでそれどころじゃないだろう。


「さて、じゃあ謝ってもらおうか」


 その声が茶髪にはどう聞こえたのだろうか。


 そんなことは俺の知ったことじゃない。俺はホムラを近くに呼んだ。


 しばらく痛みに呻いていた彼は、数分後、観念したように謝罪の言葉を口にした。




    ◇   ◇   ◇


 


「何故あんなことをしたのですか?」


 また静かになった縁台。ホムラはそこで不機嫌です、といった顔で言った。


「ムカついたからだ」


「ムカついたから喧嘩になるとか、何歳ですかあなたは」


「何歳になっても同じようにするだろ、あれは」


「余計にダメですね。進歩がありません。成長していません」



 言いすぎだろ。


 だが、確かにやりすぎた感は否めない。まあ、この件が表沙汰になったら魔法(マギ)を使ったあいつの方が重い処罰を受けるから、他言はしないだろう。


 多分。


 ホムラはため息をつき、そっぽを向いたまま言った。


「でも、ありがとうございました」


「お礼は人の目を見て言うものだぞ」


「私は人ではありませんので」


 それもそうだ。


 だから俺もホムラの方を見ずに言った。


「どういたしまして」


「くるしゅうありません」


「それ使いどころ絶対今じゃないだろ」


 ホムラの方を見ると、完全無欠に美白な耳は、熟れたりんごのように真っ赤になっていた。


 素直じゃないな。


 そういえば、一つ聞いておきたいことがあったんだ。


「ホムラ、どうしてあいつらを無視しなかったんだ? いつもならそうしてただろ」


「それは、あなたの同級生だったから――」


 そこまで言って、ホムラは口を閉じた。


 そ、そうか。俺の同級生だから気を遣って話してくれてたのか。


 なんだよ、そういうことか。そんなこと気にしなくていいのに。


「あ、ニヤニヤしていますね。人の気遣いを笑っていますね?」


「いや、笑ってないぞ」


「笑っています。いいから顔を見せなさい護。逃げるんじゃありません!」


 やめろ、人の顔を勝手に見ようとするな。肖像権の侵害だぞ。


 そこから始まる鬼ごっこ。真夏に二人で何やってるんだと思うが、結局俺たちは日が暮れて動けなくなるまで境内(けいだい)を走り回るのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ