見つめる者
◇ ◇ ◇
護と有朱が黒鬼を倒した時、それを見下ろしている者がいた。
護たちは気付かない。
何故ならその存在は、街を一つ跨いだところにあるビルの屋上に立っていたのだから。
不思議な存在だった。
男にも女にも見える顔立ちは、人形のように整っている。一寸の罅も歪みもない、生物にはあり得ない端麗さ。
その背後に、一体の怪物が現れ、膝を着いた。
怪物は知っていた。少しでもその者の視界に入れば、自分の命はないということを。
掛ける言葉を間違えても、視線の向きがズレても、間を取りすぎても短くても、死ぬ。
「――いかがなさいますか。新たな刺客を」
「必要ない」
端的な言葉で切られ、首を落とされたのではと錯覚した。
「もういい。汚い視線を感じる」
「――はっ!」
より深く頭を垂れる。
汚い視線とは、恐らく人間のものだ。一体誰が自分たちを見ているのかどころか、見られていることにさえ気付かなかった。
そんなことが可能な人間。
「まさか、『騎士団』――」
その言葉を言いながら、怪物は視線が落ちていくのに気づいた。
床に転がり、首を落とされたのだと理解した時、それは自分を見ていた。
月の様に輝く銀の瞳が、冷え冷えと輝いていた。
「その名前は、嫌いだ」
そう言うと、それはもう怪物のことなんて忘れていた。
思い出すのは、黒鬼と戦った一人の少年――その、瞳。
赤々と燃える炎の中にある、『Ⅰ』の刻印。
「まだ‥‥まだだ‥‥ゆっくりやろう」
そう呟く薄紫の唇は、三日月のように歪んだ。
◇ ◇ ◇
ことが全て終わった後、俺たちは応援に来た守衛魔法師たちの手で病院に送られ、精密検査を受けた後、学校に戻ることになった。
調書を取る必要があるそうだが、俺たちのストレスを考えて学校の先生が話を聞いてくれることになったそうだ。
学校に到着した時には、もう日は落ち、生ぬるい風が肌を撫でる頃だった。
「さて、それでは話を聞きましょうか」
「はい‥‥」
言われる前に正座をした俺は、鬼灯先生の言葉で顔を上げた。
こえぇえええ。
思いっきり約束を破って怪物と戦ってしまったのだ。殺されてもおかしくない。
「何をそんなにかしこまっているんですか?」
「い、いえ。――すみませんでした。約束を破ってしまって」
ええい、もはや謝る他ない。まさかここが本当の死地だったとは。
しかし予想に反して返ってきた言葉は優しいものだった。
「ああ、あれですか。別に怒ってはいませんよ」
「え、本当ですか⁉」
てっきり首をねじ切られるかと思った。
「人を何だと思っているんですか。私は成果主義ですよ。結果的にあなたは星宮さんたちを守り、ランク2の怪物を倒しました。学生に求めるには過分な成果でしょう」
「あ、ありがとうございます」
そこまで言われると照れ臭いな。
「まあ、そこまで戦いたくて仕方ないというのなら私も考えを改めます」
お? 流れ変わったぞ。
鬼灯先生はにっこりと笑って言った。
「訓練の量が足りなかったようですね。すぐにでも実戦に出られるよう、鍛えてあげますからね」
‥‥こういう時、言うべき言葉は幾つかある。
すなわち、はいか、イエスか、嬉しいです! のどれかだ。
もちろん俺は全てを叫びながら、笑顔で首を縦に振った。横にねじ切られるよりいいからな。
「さて、大体の事情は聞けましたが、聞けば聞くほどよく勝てたものですね」
「運が良かったです」
今回は本当に運が良かったとしか言いようがない。
いつ死んでもおかしくない状況だった。一つでもボタンの掛け違えがあれば、俺はここにいなかっただろう。
ちなみに今の俺は立ち上がることを許可してもらい、鬼灯先生にホットミルクを作ってきたところだ。これは弟子の仕事だからね、仕方ないね。
「しかし戦果としては最上と言っていいでしょう。誰一人死者は出ていませんし、あなたは経験を積むことができた」
「え!」
鬼灯先生の言葉に思わず声を出してしまった。誰に聞いても大人ははぐらかすばかりだったから、嫌な予想ばかりしてしまっていた。
「識さん、無事だったんですか?」
「聞いてなかったんですか? 守衛魔法師は重傷を負ったものの、一命を取り留めたそうです。ただし、怪我の具合が芳しくないので、復帰できるかは分かりませんが」
「そう、ですか‥‥」
淡々とした鬼灯先生の言葉が、ありがたい。
生きていたことは嬉しい。嬉しいけど、復帰は分からないか。
これが俺たちの生きている世界なんだと、実感する。
「喜ぶべきことですよ。命がある以上に幸福なことはありません」
「‥‥ありがとうございます」
「あなたも生き残れた喜びをかみしめて、鍛錬に臨めますね」
おす。
 




