覚悟 ―星宮―
◇ ◇ ◇
悔しい! 恥ずかしい! 大馬鹿者!
走る星宮有朱の胸中にある思いは、自分を責めるものばかりだった。
自分が避難の手助けなんて提案しなければ、男を問い詰めていなければ、ああはならなかったはずだ。
織宗次郎は倒れ、真堂護は足止めのために残った。
ランク2の怪物に一対一で勝てるわけがない。彼は自分たちを助けるために、捨て駒になったのだ。
何が人々の助けになりたいだ。
何が父に憧れているだ。
「ッ──」
自分は、何もできなかった。
鬼が現れた時も、ランク2の怪物が立ち塞がった時も、馬鹿みたいに突っ立っていただけだ。
逃げる判断も、戦おうとしたのも、真堂護だった。
彼よりも長く魔法について学び、彼よりも長く戦いの研鑽を積んできた。
だというのに、怪物の圧に負け、戦意を折られた。
みっともない。
護が守衛魔法師を目指した理由を聞いた時、正直落胆の気持ちが少なからずあった。
迷わず有朱を助けた彼の姿を見て、勝手に期待していたのだ。
きっと自分と同じ思いをもって守衛魔法師を目指しているに違いないと。
理想を押し付けていた。
だから、落胆してしまった。
結局その人に助けられ、全てを押し付けて逃げ出している。
口の中に血の味が広がり、それが余計惨めに感じられた。
それでも止まらない。止まれない。
走り、走り、誰かに呼び止められた。
「君、どうしてこんなところにいるんだ!」
「後ろにいるのは、守衛魔法師の人か?」
警察だった。
まだ残っている人がいないかどうか、怪物に合わないよう最後の確認をしていたのだろう。
有朱は彼らの姿を見とめると、その場で男を下ろし、手を引いていた佐々木を離した。
「ランク2の、怪物が、出ました‥‥! 一人が残って戦っています、守衛魔法師の応援はいつ来ますか⁉︎」
有朱の言葉に驚いた様子の警官たちは、気まずそうに視線を合わせた。
嫌な予感が、背筋を這い回る。
「応援は──?」
「別の場所でも大量の怪物が出ているらしい。そちらの対応で、こっちに応援が回るまで時間がかかるそうだ」
「‥‥‥‥」
言葉が出なかった。
それじゃあ、それじゃあ一人残った護は、どうなる?
「あり、がとうございます。二人を、よろしくお願いします」
有朱は歯を食いしばり、うめくように礼を言った。
そして踵を返して、走り出す。
「あ、おい!」
「止まりなさい‼︎」
制止の声を無視して、走る。
行ってどうにかなるとは思わない。もう何もかもが終わっていて、無駄死にするだけかもしれない。
それでも行かないわけにはいかなかった。
守衛魔法師を目指す者としてではない。彼ほどの勇敢な人間を見殺しにするなんて、人として、あってはならない。
絶望は巨大だった。
戦場に行けば彼が力なく倒れていて、もう全てが終わったのだと悟る。その未来が、ほとんど確定していた。
だからこそ、有朱はその光景を見た時、信じられなかった。
「がぁぁああああああああ‼︎」
「ァァアアアアアアア‼︎」
護が、戦っていた。
火花を散らし、流れる血を燃やし。
ランク2の怪物を相手に、一歩も引くことなく、渡り合っている。
それはあり得ないことだった。
B級の守衛魔法師さえ一蹴された相手に、一対一で戦えるはずがない。しかも彼は、まだ学校に入学して半年も経っていない、魔法戦闘は素人同然だ。
怪物も余裕ぶっていない。正真正銘、全力で護を殺しにかかっている。
つまり彼は、怪物にとって明確な脅威なのだ。
「嘘‥‥」
守衛魔法師に対しての理解が深い有朱だからこそ、今の状況がどれだけ異常なのか分かる。
これは奇跡だ。
そして奇跡は長くは続かない。
足を回して拳を振るう護の呼吸は、目に見えて荒い。もういつ倒れてもおかしくないほどだ。
何よりも、攻撃がうまく届いていない。彼の攻撃方法は徒手格闘。懐に潜り込まなければならないが、怪物の雷撃と剣に阻まれ、間合いを詰められない。
一番の障壁が、角から迸る紫電だ。
もはや逃げることはできない。二人で生き残るためには、あれを倒す他ない。
「はぁ──」
自分がなすべきことが、見えた。
しかしそれをすれば、ランク2の怪物は有朱を敵として認識するだろう。
あの目に睨まれ時、さっきはまともに動くこともできなくなった。
それでも、今なら動ける。そう思える。
前で、彼が戦っているのだ。
一番怖い場所で、危ない場所で、有朱たちを守るために命を削っている。
「星宮有朱! 覚悟を決めなさい!」
自分に喝を入れ、魔法を発動する。
光のアイコンが弾け、彼女の周りにいくつもの光弾が浮かび、線で繋がれた。
彼女が最も得意とする遠距離魔法──『スターダスト』。
激しく立ち回る二人目掛けて、流星群が放たれた。




