プロの力
タイプ鬼。怪物の中では比較的メジャーな人型怪物だ。
特殊な能力はなく、高い身体能力で爪を振り回してくる。近接戦闘を得意とするだけあり、その装甲は硬く、一般人の魔法では傷一つ付かない。
ランク1が五体。
どうする、逃げるなら今しかない。距離を詰められたら、五体を相手に二人を相手に守り切れる自信はない。
「星宮っ‼ 逃げるぞ‼」
「ッ――、わ、分かったわ」
「お、おいおい置いてかないでくれよ!」
うるさい男を俺は肩に担ぎ上げる。暴れて掴みづらかったが、マッスル学園での筋トレのおかげか、強引に担ぐことができた。
星宮も『エナジーメイル』を発動した。逃げ――。
「コォォオオ――」
目の前に、鬼がいた。
俺たちが動き出そうとする隙を見逃さず、一足跳びに、下からここまで来たのだ。
「――」
とんでもなく速い。
短剣の爪が眼前で開かれた。
それが首を挟み切ろうとした瞬間、身体が動いていた。
どんな状況でも、どんな姿勢からでも、敵の命を穿つ弾丸を放つ。
『火焔』によって火花を散らす拳が、全身の筋肉の激しい収縮によって撃ち出される。
――振槍。
ゴッ‼ と下から跳ね上がった拳が鬼の顎を打ち抜いた。爪が軌道を逸れ、首を浅く斬り裂いて流れる。
「ぉおっ!」
自分でやって驚いた。身体が勝手に動くって話は聞いたことがあるけど、まさしくそれだ。
鬼灯先生との訓練のおかげで、反射的に振槍を打てた。
しかし浅いな。今の一発で鬼を下に落とせたが、倒せてはいない。先生なら今ので仕留めていた。
「真堂君!」
「なんだ‥‥よ‥‥」
星宮の方を見たら、言いたいことは分かった。歩道橋の左右に鬼が立っていた。この一瞬できれいに退路を潰された。
「なぁああ、おいどうするんだよぉ!」
肩の男が情けなく叫ぶ。
「うるさいな、今考えてるんだよ。あんま暴れてると落とすぞ」
「ひっ」
そうは言っても、選択肢は一つだ。
「星宮、右を抜ける。男は一回預けるから、俺が戦闘で鬼をどかす」
「‥‥分かったわ」
星宮の言葉が硬い。まだ緊張は解けてないな。
鬼たちが一斉に爪を鳴らした。
破裂する寸前まで膨れ上がった緊張感の中で、気の抜ける声が通った。
「おお、ごめんな。二人ともお待たせ」
歩道橋の下。誰もいない道を、散歩でもするかのような気楽な足取りで、彼は歩いていた。
「識さん‼」
「ごめんごめん。ちょっと別の場所でも怪物が出てさ、時間かかっちまった」
笑っていた識さんは、そこで顔を真剣なものにした。
「二人とも、怪我は?」
「ありません! 一般人が一人取り残されていたので、保護しています!」
「そうか、保護お疲れ様。それじゃ、今から言う通りにしてくれ」
言う通りって、今俺たちの左右には鬼がいるんだが、どうすればいいんだ。
「二人とも、目を閉じて!」
後ろから佐々木さんの声が聞こえ、俺と星宮は目を閉じる。
「『フラッシュ』!」
直後、まぶたを貫く光が瞬いた。
「二人とも、こっちに跳びなさい!」
俺たちが目を開けると、二体の鬼は視界を焼かれてもだえていた。『フラッシュ』は強い光を放つ魔法だ。
ありがたい。今ので隙が出来た。
俺と星宮は歩道橋から飛び降り、後ろにいた佐々木さんの近くに立った。
これで識さんと鬼をはさんだ形になる。
「佐々木さん、挟撃ですか?」
「‥‥あなた、怪物と会ったのに随分冷静ね。挟撃はしないわ」
「でも、相手は五体ですよ」
「ランク1が、ね」
どういう意味だ?
それを聞くよりも早く、向こうに動きがあった。
「それじゃ、もう一仕事しますかね」
識さんはそう言うと、背中の剣を抜いた。
その隙を地面にいた鬼たちは逃さない。一番近くにいた個体が、識さんへと跳びかかった。
「危ない!」
思わず叫んだ言葉に対し、識さんはにやりと口角を上げた。
紫電一閃。
青白い雷が残光となり、その一撃が確かなものであったことを示す。同時に、首を落とされた鬼が地面を転がった。
「‥‥マジか」
一回殴ったから分かる。あいつの装甲の硬さは相当なものだ。それを一撃で切り落とすのか。
「さて、あとは四体か」
「ゴォォォオオオオ‼」
仲間を倒された鬼が叫び、四体が同時に動く。歩道橋にいた二体が上から、下の二体は地を這うように走る。
意図してか偶然のものか、上と下からの波状攻撃。
それに対し、識さんは左手を上に向けた。そしてパチンと指を鳴らす。光のアイコンが弾け、魔法が発動した。
「『サンダーウィスプ』」
識さんの指先から、雷光が迸った。昼でも目に焼き付く電撃は、空を跳んでいた二体の鬼を撃ち落とした。
サンダーウィスプ。電気を放つ魔法。しかしその威力はせいぜい強い静電気程度だったはずだ。
鍛え上げられた魔法師の使う魔法は、一般人のそれを遥かに凌駕する。
それにしても、ここまで違うのか。識さんの動きはそれだけでは終わらなかった。魔法を放つと同時に踏み込み、向かってくる鬼たちに走った。
交錯は一瞬だった。
剣が閃き、二体の鬼たちは力なく地に伏した。
「‥‥ふぅ」
残心の構えを解いて一息吐いた識さんがこちらを見た。
「みんなー、怪我はないか?」
たった今五体の怪物を屠ったとは思えない程気軽な声だった。
これが守衛魔法師。本物の、守衛魔法師か。
「宗次郎はあの若さでB級にまで上がった本物の実力者よ。ランク1の怪物じゃあ、相手にもならないわ」
佐々木さんが隣でそう教えてくれた。
そうか、B級っていうのはそのレベルで強いんだな。いや待てよ、鬼灯先生はA級って言ってなかったか。
あの人どんだけ強いんだよ、お化けか。鬼だったわ。
「た、助かったのか‥‥?」
「ああ」
俺は肩に担いでいた男を地面に下ろした。腰を抜かしたらしく、そのままへたり込む。こんな度胸で、よくまあ動画撮影をしようと思ったもんだ。
「宗次郎、皆を一回避難させるわ」
「オッケー。まだ怪物たちは打ち止めにならないのかね」
「これで二十体は倒したはずだから、もう終わってもいいと思うけど」
二十体。
俺たちのところに来るまでにそれだけの怪物を倒してきたのかよ。
弛緩した空気が流れ、星宮の方を見ると、彼女も俺の方を向いていて、目が合った。
「それじゃあ二人とも、一緒に避難を――」
誰かが笑みを浮かべた。




