最近のお悩みと衝撃と ―星宮ー
◇ ◇ ◇
「最近、星宮さん元気ないね‥‥」
「何かあったのかな」
クラスで過ごしていると、そんな声がちらほらと聞こえてくるようになった。
魔法戦闘基礎の鬼ごっこが終わってしばらく経つ。
自分ではそんなつもりはないが、態度に出てしまっているのだろうか。
「なーに難しい顔してるの、有朱」
「ひゃっ⁉」
耳に言葉と共に息を吹きかけられ、有朱は背筋をぴんと反らして驚きの声を上げた。
その声を聞いた男子たちも反応をしていたが、幸か不幸かそれには気付かなかった。
「何するの綾芽! びっくりするでしょう!」
「声を掛けただけじゃない。そんな可愛い反応する方が悪いでしょ」
うりうりと長い指が有朱の頬をつついた。
この学校で星宮有朱にここまで親しく話しかけられる生徒は一人しかいない。
龍ヶ崎綾芽は、有朱とはまた別の意味で高校一年生には見えない少女だった。ミルクチョコレートのような肌色に、髪は黒真珠を紡いだような黒。何よりもスタイルが同級生と比べて頭抜けていて、有朱よりも更に高い身長に、豊満と言う外ないプロポーション。
垂れ目さえもどこか妖艶に見える綾芽は、見た目の通り言動も大人びている。
そんな彼女と有朱は、中等部からの親友だった。
「やめて、変な目で見られるでしょ」
「別に見られたっていいじゃない。普段から見られているんだし」
「見られるのが好きなわけじゃないの」
「ふーん、何かイライラしているわね~」
してないわ、と綾芽の方を見ずに有朱は答えた。実際イライラしているわけではない。
「当ててあげよっか」
「はぁ、分かるわけないでしょ」
「魔法戦闘基礎」
「なんっ、どうして!」
「当たり~」
綾芽がニヤニヤと見てくるのを、有朱は余計なことを言わないように口止めしようとする。
綾芽はするするとそれを避ける。そしてクラスきっての美少女二人がくんずほぐれつしている様子に、男子たちは、不自然に髪をかき上げたり、落とし物を拾ったりしながらちらちらと視線を送った。
アリスは綾芽と顔を近づけて言った。
「どうして分かったの?」
「あのエナジーメイル使えない子でしょ。あなた、一番最初の授業の後にも、直談判しに行ってたじゃない」
「‥‥それも知ってたの」
「まあね~」
綾芽の言う通り、有朱は魔法戦闘基礎の一回目の授業の後に、鬼灯に会いに行き、物申した。
『先生、あの条件は担当教員としての権利から逸脱しています。生徒が使える魔法は学校に申請しているのですから、学校側は彼がエナジーメイルを使えないことを知っていたはずです。それでも入学を許されているのに、あの条件は理不尽ではありませんか』
それは相手が護だったからという理由ではない。たとえ条件を出されたのが誰であったとしても、有朱は同様に言いにいっただろう。
守衛魔法師を目指す以上、道理に合わない行いは許されない。
彼が敬愛する父も、同じようにしただろう。
しかしその言葉に対しての返答は、端的なものだった。
『そうですか、貴重な意見として覚えておきます』
鬼灯の笑顔と言葉には、これ以上の問答は無意味だと、そう告げていた。
いくら才気煥発な有朱といえど、学生だ。実戦で幾度も死線を超えてきた鬼灯が相手では、分が悪い。
結局どうすることもできず、最後の授業へと至ったのだ。
まさか最後のゲームで自分が相手になるとは思っておらず、どうするか悩みに悩んだ。そのせいでコートに入るのも一番最後になってしまった。
どんな事情があるにせよ、有朱は手が抜ける性格ではない。
複雑な感情を鉄面皮に隠し、有朱はコートに立った。
そして驚いた。すぐにでも決着になるかと思っていたが、護は予想に反して有朱の攻撃を捌き続けた。
しかも最後にはこちらの腕を掴み、逆転の一手を放ってきたのだ。
結果的には有朱が護の体勢を崩して勝利をもぎ取ったが、あれはエナジーメイルにものを言わせただけの力技だ。技術も何もあったものではない。
そういう意味では、有朱は負けていた。
(まさか、私のせいで単位を落とすことになるなんて‥‥)
どうしてこうもうまく行かないのだろう。
「‥‥」
「‥‥なに?」
綾芽が有朱を下から覗き込んでいた。気のせいでなければ、その目は三日月のようにニヤニヤとしている。
「好きなの?」
「すっ‼」
思わず大きな声を上げて立ち上がった有朱を、クラスの全員が見た。
その視線に気付き、何事もなかったかのようにゆっくりと座る。
「きじゃないわよ。変なことは言わないでちょうだい」
「‥‥そのわりには反応が大きかったわね」
「思いもよらないことを言うからでしょ。大体、私たちは守衛魔法師を目指す学生よ。異性との交遊に時間をかけている暇なんてないわ」
「出た、真面目ね~。別に校則で禁止されているわけでもないのに」
「何とでも言いなさい」
異性交遊に興味がないわけではない。そういう関係の生徒たちが同級生にいることも知っている。
それこそ目の前の綾芽などは、男女問わずよく遊んでいるし、告白された回数は両手の指では足りないはずだ。
しかしそれと自分がするかは別問題だ。
確かに護が気にはなっている。だがそれは、王人を倒す程の実力者としての興味だ。
そんな人が理不尽に単位を落とすなんて、国の損失でさえある。
「ところで有朱、ボランティア活動はしたの?」
「まだよ。家のことが忙しかったし、今度の週末に行くことにしたわ」
有朱が選んだのは守衛魔法師と共に避難ルートの確認に行くボランティア活動だった。
「守衛魔法師として、とても重要な仕事よ。こういったことを今のうちに経験できるのは有意義ね」
「‥‥真面目ね~」
「何とでも言いなさい」
有朱は気持ちを切り替えた。たとえ彼が単位を落としてしまっていたとしても、自分がすべきことは変わらない。
守衛魔法師になる者として、毎日が修練の日々だ。
そんな有朱だが、ボランティア活動で護の姿を見つけ、散々に動揺した挙句、服装と髪を整え、言葉を考えるのにたっぷり時間を使うことになるのは、また別の話だ。




