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毀鬼伍剣流

    ◇   ◇   ◇




「っはぁ‥‥はぁ‥‥」


「ふぅ‥‥」


 二人分の吐息が重なって聞こえた。


 自分のそれは心臓の荒い鼓動に重なって、より大きく聞こえた。


 蜂蜜さんの一撃を脇に抱え込んで、カウンターを狙った。半分意識が飛んでいたが、そこまでは覚えている。


 何が、どうなったんだ。


 どうして俺は上を向いているんだ。


 どっちが、勝ったんだ?


 俺も蜂蜜さんも動かない中で、鬼灯先生の声が聞こえた。


「試合は終わりです。二人とも、お疲れ様でした」


「っ‥‥先生、試合は—」


 無理矢理呼吸を噛み締めて聞くと、歩いてきた鬼灯先生はいつもの笑みを浮かべたまま、端的に答えた。




「星宮さんの勝ちですよ」




「‥‥‥‥え」


 思わず聞き返してしまった。


 それに対し、鬼灯先生は小さな子に現実を伝えるように、優しく言った。


「真堂君も頑張りましたが、経験の差ですね」


「‥‥」


「あなたは崩されたんですよ」


「‥‥ぁ」


 思い出した。


 そうだ、俺の左手が届く瞬間、脇に抱え込んだ腕を起点に、体勢を崩された。あと一ミリで届くはずだった手は遠のき、俺は地面を転がり、タッチされた。


「惜しかったですね。あなたもエナジーメイルを発動できていれば、もう少し抵抗できていたでしょう」


 鬼灯先生の声が遠い。


 つまり、俺はタッチ数〇。


 単位をもらえないことが確定した。


「真堂君は単位について話がありますから、放課後に私の研究室に来てください。それ以外の人は、授業を終わりますから、集合してください」


「‥‥」


 俺のすぐ近くに立っていた蜂蜜さんが、静かに離れていく。


 皆もそうだろう。ぱらぱらと鬼灯先生の周りに集まっていく。俺だけが、いつまでも立ち上がれずに座り込んでいた。




    ◇   ◇   ◇




 この学校の先生は、人によっては研究室を持っているそうだ。


 どうやら鬼灯先生もその内の一人だったらしく、俺は放課後に研究室があるスペースに来ていた。


 最後の鬼ごっこからぼけっとここまで過ごしてきたが、もはや今となってはなるようにしかならない。


 留年というのなら仕方ない。結局のところ、できることを一つずつ積み重ねるしかないのだ。


「真堂です」


 ノックをしてから言うと、中から「どうぞー」と気の抜けた声が聞こえた。


 失礼します、と部屋のドアを開けると、まず目に飛び込んできたのは、惨憺たる部屋の有様だった。



 ──きったな⁉︎



 部屋は大量の本やら雑誌やら、脱ぎ散らかされた服やらが散乱していた。


 部屋の中央でデデドンと幅を利かせているソファの上で、鬼灯先生がこちらを見ていた。


 なんだよここ、ゴミ屋敷か? 仮にも研究室って名前なのに、こんな状況で学校は何も言わないのか。


「よく来ましたね」


「‥‥呼ばれたので」


 ソファに寝転がっている鬼灯先生は、授業で見せていたザ・大人の女性からは程遠く、部活から帰ってきた姉を彷彿とさせる。一度「トドになるぞ」と言った時に受けたドロップキックの痛みを思い出した。


「よいしょ」


 鬼灯先生は体をグッと曲げ、そして反動で跳んだ。


 常人では考えられないバネで、曲芸のようにソファから俺の前に降り立つ。


 そこにいたのはゴミ屋敷の主ではなく、俺の知る先生だった。


「どうして振槍(しんそう)を使わなかったんですか?」


「はい?」


 出し抜けに問われた言葉の意味がよく分からず、俺は質問に呆けた声で答えた。


 それに怒ることもなく、鬼灯先生はもう一度言い直した。


「星宮さんとの戦い、最後の瞬間です。左手で振槍を使っていれば、彼女があなたの体勢を崩すよりも先にタッチできたはずです」


「それは‥‥」


 なんでだ? 言われてみるとそこに意識しての理由はない。


 あえて言うのであれば、あの土壇場でそこまで考えられなかったというのが答えだ。


 それを口にするよりも先に、鬼灯先生は首を横に振った。


「駄目ですね。全然駄目です。剣崎君に『(ケン)』は多少なりとも教わったようですが、矛が刃こぼれでは無用の長物」


 そこで先生は一度言葉を区切り、そして唐突にその名を口にした。




「対怪物(モンスター)用徒手格闘術──『毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)』」




 鬼灯先生が静かに言った言葉に、俺は思わずポカンと口を開けた。


 先生はそのまま淡々と語る。


「嘘か真か、怪物(モンスター)たちが現れた時、世界各地に潜んでいた怪異殺(かいいごろ)しの伝承者たちが、政府に手を貸したと言われています。そこから生まれた格闘術の一つが、己が肉体を剣とする『毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)』」


「‥‥知っているんですか」


 それは俺が父から聞いた話と全く同じだった。


 確かに鬼灯先生は魔法戦闘(マギアーツ)を担当する教員だ。知っていても不思議ではない。


 ただ詳しすぎる。名前を聞いたことがあっても、振槍が何かなんて、知らないはずだ。


「驚きましたか? 確かに『毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)』は『世界改革(ワールドエンド)』直後の短い期間にだけ名前が見られるマイナーな格闘術ですからね。怪物(モンスター)の素材を使った武器が台頭し始めてから、習得する人はほぼいません」


 鬼灯先生の言う通りだ。


 怪物(モンスター)に通じる攻撃は魔法(マギ)だけ。しかしその魔法(マギ)の効果を高める武器は存在する。


 それらは守衛魔法師(ガード)の中でもすぐに普及し、元々習得難度も高かった『毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)』は時代の波に飲まれて消えた。


「どうして私がそんなに詳しいのか知りたいですか」


「‥‥教えてもらえるのであれば」


 鬼灯先生はにっこりと微笑み、次の瞬間。




 パン‼︎ と眼前で炸裂音が響いた。




 衝撃が顔を叩き、その後で、先生の拳が目と鼻の先に突き出されていることに気づいた。


 ──音は、幻聴か。それ程までの、速度。


 全く見えなかった。


 事の起こりも、終わりさえも、分からなかった。


 ただ分かったことがある。




「これが、本物の『振槍』ですよ」




 この人は、俺が師事するべき人だ。


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