決着の閃光
◇ ◇ ◇
椿がシュテンの一撃をもろに受けた。
身体の半分近くを斬り裂かれ、落ちる右腕に引っ張られるように身体が傾いていく。
「‥‥‼」
即死でもおかしくない姿を見て、紡は叫び出しそうになる椿の名を噛み潰した。
椿がやると言ったのだ。
桜花魔法学園の最強が、任せろと言ったのだ。
背後ではまだ律花が矢の加工を続けている。
信じて待つことが、今の紡がやるべきことだ。
その時信じられないものを見た。
椿の頭上に銀河のような渦が生まれたのだ。凄まじい量の魔法が発動し、魔力の光が渦に呑まれていく。
死の淵にいながら、いや、その時だからこそ、椿は最強の一撃を放つのだ。
銀河は放たれた瞬間には遠い光となって見えなくなった。
「ァガ――」
両腕を切断されたシュテンだけが、攻撃があったことを示していた。
――剣が、離れた。
「律花ぁ‼」
「紡さん‼」
紡は振り返らなかった。糸で矢を回収しながら、自分は射撃姿勢に移行する。
番えた矢の重さを感じながら、念動糸で弦月を引く。
加工された矢は本来のものよりも先端が重くなっていた。外殻だけではなく、それが武機として機能するために様々な素材が付けられたのだろう。
それでも歪みは感じない。大きな違和感はない。
この状況下で、初めて触る素材で、これを作る律花に戦慄する。
魔力を流した瞬間、矢が震えた。
バチバチと矢じりから黒い罅割れが起こり、紡の身体が傷ついていく。これがランク3を使った武機。もしも律花が調整していなければ、この罅に命を奪われていたかもしれない。
額が割れたのか、視界が赤く染まった。
それでも姿勢は崩さない。確実に引き絞る。
「シッ――‼‼」
イメージする矢の軌道とシュテンが繋がった瞬間、紡は矢を放った。
同時に矢の進行方向へ何重にも展開される光の円陣。
それは『フォースサークル』と呼ばれる力場の魔法だ。
誰が発動したのかは明確だったが、信じられない。
生きているかどうかさえ定かではない日向椿が、この射撃のタイミングで魔法を発動したのだ。
矢は掻き消え、大気に波紋を残してシュテンへと至った。
黒光が碧く光る胸の中心へ突き立つ。
しかし、それがシュテンの身体を貫くことはなかった。
「ォ、ォオオオオオオオオオ‼‼」
腕が、矢を掴んで止めていた。
斬られた腕の断面から碧い光が意志を持って飛び出し、エネルギー体の腕となって矢を掴んだのだ。
「なっ⁉」
紡はその光景に心臓が止まったかと思った。
回復の力があるのは人間だけではない。
怪物の肉体は魔力によって作られる。腕が無くなろうと、魔力さえあれば回復できるというのは、シンプルな理屈だ。
しかし頭がその事実を拒む。
椿はもう動けない。
自分も罅に打たれ、念動糸で倒れないようにしている状態だ。
矢が止まれば、終わり――。
炎が駆けた。
どんな時も紡のピンチに駆け付けるヒーローの光。
暖かくて、眩しくて、どこか危なっかしい光。
――ぁあ。
きっと大丈夫。
だって、護がいるんだから。
◇ ◇ ◇
意識を失っていた。
夢の中で俺は鬼と戦っていた。自分自身を燃やすほどの炎を操り、知らぬ技を使い、鬼と渡り合ってい
た。
それでもランク3の力は強大で、体内に直接森羅剣を喰らい、命が割れていくのをひしひしと感じた。
駄目だ。
ここで倒れてはいられない。
まだ、終わってない。
くすぶる炎がから感じる魔力の気配で分かる。
まだつむちゃんが、音無さんが、椿先輩が戦っている。
立て。
立って戦え。
この命が燃え尽きる瞬間まで、寝てる暇はない。
「ぅがぁああああ‼」
声を上げたのは、喉に溜まる血を吐き出すためだ。
身体を起こし、全力で息を吸う。
この一回でいい。この一息を燃料に、ありったけ燃やしきる。
状況の把握はしなかった。
今が決着の瞬間だと、直感が判断を下す。
爆縮は使わず、雷脚だけで距離を詰める。走りながらあたりに散らばる炎を全てかき集め、体内で圧縮。
顔を上げると同時に見えたのは、矢を両手で止める鬼の姿だった。
「アア――」
碧き両眼が、俺を射抜いた。
死にかけと刃思えないほどの圧。
近付くことさえ本能が拒む恐怖そのもの。
しかし、もう止まらない。
俺の身体は叩き込まれた型をなぞり、動き始めていた。
全身を捩じり上げ、右足を振り上げる。
重さと火力の全てを乗せて、叩き込む。
二十煉――。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
鬼が咆哮し、黒い罅割れが放たれた。体内の魔力を爆発させ、口から森羅剣として放出したのだ。
だから、なんだ。
何を抉られようと、この一撃は振るう。
お前の命に、人間の意地をねじ込む。
「『閃斧』‼‼」
俺の右足は矢を捉え、炎が何重にも瞬いた。
衝撃は杭を打ち込むように炸裂し、鬼の肉体が激しく揺れる。
通れ、通れ。
「通れぇぇええええええ‼」
「ォォオオオオオ‼‼」
碧がパッと散り、鬼の胸に穴が空いた。
そして、がくりと膝を着く。同時に俺も地面に倒れ込んだ。
確実に致命傷だ。もう、消えてもおかしくない。
それでも鬼は消えなかった。光の両腕を頭上へと掲げる。
‥‥嘘だろ。もう指一本動かねえぞ。
「――」
だが、鬼は攻撃をすることはなく、そのまま顔を空に上げた。
いつの間にか曇天は晴れ、一筋の光が鬼へと降り注いでいた。
祈りだ。
言葉はなくとも、分かった。
それは悪しき怪物が捧げる、真摯な祈りだった。
死にゆく者が最期に託す、願い。想い。
「──」
ゆっくりと鬼の顔が横を向いた。その視線の先に何が、あるいは誰がいるのかは分からない。
ただ視線を送った後。
鬼は黒い光となって陽光に溶けた。




