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絶望と希望 ―紡―

    ◇   ◇   ◇




 森羅剣(クラッシュ)によって耕された大地の中、紡は何とか生き延びていた。


 念動糸(クリアチェイン)で大量の樹木を集め、即席の防壁にしたのである。


 しかし生き延びたところで、紡に出来ることはなかった。


「何が、起きて――」


 土砂の中から出た紡が見た光景は、信じられないものだった。


 炎。


 一面の炎だ。


 燃えるものなど何一つない土砂の荒野で、火炎が帳を下ろしていた。


 肺が乾燥して息が痛い。


 一呼吸ごとに内側から焼けるようだ。


 だが紡が驚いたのは、炎そのものではない。


 それを為しているのが、真堂護という事実だった。


 明らかに普段の護ではない。瞳は『(スリー)』に変わり、魔力(マナ)の圧も完全に変化している。


 たった一人で、ランク3と正面から打ち合っているのだ。


 いくら護の成長スピードが異次元のものであったとしても、これはあり得ない。


 ランク3と戦うというのは、津波や嵐に個人が立ち向かうことに等しい。


 そんなことが許されるのは、人の域を超えようとする者だけだ。


 炎が生き物のようにシュテンへ襲い掛かるが、鬼はその全てを叩き斬る。


 信じられない威力の攻撃が飛び交い、視界の何もかもが赤と碧に染まる。


 ――駄目。


 駄目だ。


 確かに護は強くなったかもしれない。


 それでも駄目だ。


 暴れ回る紅蓮の魔力(マナ)が、護の身体を焼いている。


 肌は燃焼と炭化、再生を繰り返し、その度に魔力(マナ)が膨れ上がるのだ。


 あまりに異常な状況。


 ダメージを負っているのに、魔力(マナ)だけは加速度的に膨張を続ける。


 そんなことがあるはずがない。


 不自然な状況には、それ相応の対価が必要になる。 無理を通せば歪みが生まれ、それはどこかで大きな反動を生む。


 このまま戦い続ければ、護は護じゃなくなる。


 紡には確信があった。


 化蜘蛛(アラクネ)と戦った時よりも、更に状況はひどい。


(どうする。どうしたらいい。私じゃ――止められない)


 シュテンを念動糸(クリアチェイン)で拘束するのは不可能だ。おそらく弦月(ゲンゲツ)で射撃をしたところで防がれる。


 護を脱出させようにも、糸は伸ばす先から炎に巻かれて燃やされる。


 戦いの密度があまりに桁違い。流れ弾の炎と罅を弾くだけで精一杯だ。


 自分が鍛え上げてきた力の、なんとちっぽけなことか。




「紡さん!」




 あまりに場違いな声が聞こえた。


 そこにいたのは、本来ここにいるべきではない音無律花だった。


「音無さん、なんでここに」


「真堂君も紡さんも私を置いていなくなっちゃうから、慌てて追ってきたんです!」


「そうじゃなくて、ここに来ても死ぬだけって言ってるの!」


「私がいるべきところは、真堂君がいるところです!」


 律花は言い切った。


「‥‥」


 紡は言葉を失った。


 あまりにも真っ直ぐな言葉だ。律花は紡と違って、戦闘能力はない。ここにいれば、ほんの少しボタンが掛け違うだけでも死ぬ。


 それでもここに来たのだ。


 護がここで戦っているというだけの理由で。


 紡は迷い、口を開いた。


「――護を助けたい」


「分かりました」


 即断で彼女は頷いた。


 そこに一切の迷いはない。


 律花は服から大量の工具を取り出しながら、戦う護を見た。


「音で大体の状況は把握しています。あの怪物(モンスター)、ランク3ですね。あれだけの攻撃を受けているのに、魔力(マナ)の密度が高すぎてダメージが通っていない」


「そう。私の魔法(マギ)じゃ、介入も不可能」


「私に一つ、策があります」


 策?


 武機(マキナ)を作ることが専門のエンジニアに、一体何ができるのか。


 律花は更に服から黒い塊を取り出した。


「それは?」


「ランク3の外殻です。土砂に埋もれているのを拾いました」


 律花が握っていたのは、椿が砕いたシュテンの外殻だった。怪物(モンスター)は死ねば光となって消えるが、圧縮された魔力(マナ)が物質化した特定部位が残る場合がある。この外殻も同様なのだろう。


「そんなもの、どうするの?」


「矢じりにします」


 紡は律花が何を言っているか、理解できなかった。


 律花の目は紡が持つ『弦月(ゲンゲツ)』に注がれている。


「まさか、ここで武機(マキナ)を作るつもり?」


 まともな設備もない状態で、無茶苦茶だ。そもそも高ランク怪物(モンスター)の素材は硬く、加工するだけでも難しい。


「そんなこと出来るはずない」


「できます。砕けた外殻は硬い部分だけではなく、脆い部分もあるんです。だから外殻同士を正確にぶつければ、加工そのものは可能です。ランク3の外殻なら、射抜けるかもしれません」


 律花の耳はぶつけた時の音で、その素材の構成情報を分析できる。


「でもこれだけじゃ足りません。紡さん、砕けた外殻を集めてください。土砂の中に埋もれて私では見つけられません。あと、流れ弾から私を守っていただけると助かります」


「‥‥結構無茶苦茶なオーダーよ、それ」


 この土砂の中で小さな外殻の欠片を探すだけでも途方もないのに、流れ弾から律花を守るというのは、至難の業だ。


 それでもやるしかない。


 紡は念動糸(クリアチェイン)を堆積した土砂の中に伸ばした。


 ただ闇雲に探すだけでは見つけるのは不可能だ。砂中に感じる微かな魔力(マナ)の気配を糸で探るしかない。


 同時に音が爆ぜ、罅が飛んでくる。


「ふっ!」


 念動糸(クリアチェイン)を編み込み、防ぐ。当然完全に防ぐことは難しいため、軌道を逸らすだけだ。


(これっ、しんどっ――!)


 繊細な操作を求められる探索と、剛性が求められる防御。右手で釘を打ちながら、左手で刺繍をするような操作だ。


 しかし一歩間違えれば二人とも死ぬ。


 どれだけ難しかろうと、弱音は吐けない。


「っ、一つ見つけた!」


「ありがとうございます」


 土砂から拳サイズの外殻を拾いあげ、律花に渡す。


 律花は受け取るやいなや、弦月(ゲンゲツ)の矢を取り出し、加工を始めた。


 エナジーメイルを発動しながら、片方の外殻を固定、もう片方の外殻をぶつけて形を変え、貫通力を高める。


 一度や二度では欠けるどころか、罅すら入らない。


 ランク3の外殻だ。本来律花の力ではどうすることもできない。


「――――」


 それでも極限の集中力は些細な音を確実に聞き分ける。


 罅がすぐ横を駆け抜け、大気が割れる音が響き渡る。


 それでも律花の視線は外殻だけを見ていた。


「紡さん、次を!」


「急かされても無理だから!」


 ――なんて集中力と技量!


 紡は後ろから感じる圧に身震いした。


 形すら変わらないだろうと思っていたが、次を求めるというのなら、それは先に進んだか、失敗したか。


 少なくとも律花は可能性を掴んでいる。


 とんでもない天才だ。


 紡の中で、星宮有朱と律花の顔が並んだ。


 ――誰も彼も、ふざけてる。


 自分だけが取り残されるわけにはいかない。


 護を助けるのは、私だ。


 紡は糸の数を増やし、外殻を探した。


 膨大な情報と魔法(マギ)の操作に、頭が割れんばかりに痛む。鼻の奥に血の匂いが充満し、視界が滲んで見えづらくなる。


 次の外殻を見つけ、律花に渡す。


 それを何度か繰り返したところで、戦況に変化があった。


 炎が、円環を作り上げた。 


 轟轟(ごうごう)と火炎が何もかもを燃やし尽くし、黒い『無』が生まれる。


「あれは――」


 ヤバい。


 護が放とうとするその一撃がどれ程の威力を持つのか、その時点で理解する。


 しかしどうすることもできなかった。


 律花は加工を止めず、紡も動けない。


 そしてその時は来た。




「『滅ぼしの咆哮(ドラゴロア)』」




「『森羅剣(クラッシュ)――唯我の道(ワンブレイド)』」




 互いの最大火力がぶつかった。


 余波が爆炎となって紡たちに広がってくる。


 それはもはや壁だ。


 ――だめ、防ぎきれない。


 糸をいくら展開したところで、燃やされる。


 そうなれば罅に刺し殺される。


(クリエイトシールド――私の練度じゃ間違いなく砕かれる。糸での脱出は、間に合わない)


 冷静に状況を判断し、無駄だと分かりながら紡は糸を張り巡らせた。


 たとえ全ては守れなくとも、『エナジーメイル』を張って自分の身体を盾にすれば、律花は守れるかもしれない。


 自分は‥‥一矢、一矢だけ射れればそれでいい。


 たとえ身体の何が欠けようと、念動糸(クリアチェイン)が使えれば射れる。


 紡は目前に迫る壁に向け、何重にも糸を編み、防壁を張った。


 そして時は訪れる。


 衝撃が紡の目前で弾けた。


 何もかもが焼き尽くされ破壊される嵐が、紡に到達することなく暴れ回る。


 銀の髪が風に煽られて揺らめいた。




「いやー、ギリギリ間一髪だったね!」




 キラリと星を放つウィンクと共に、日向椿はそこにいた。


 いつもと変わらない笑顔を浮かべ、斧を重ねて紡たちを守ってくれていた。


 明らかに致命傷を受けたと分かる真っ赤な服が、椿が無傷でないことを雄弁に語っていた。


「椿先輩!」


「頼れる先輩が来たよツッちゃん! ちょっと回復に時間かかっちゃった!」


「回復って‥‥、前に苦手だって言ってませんでしたか!」


 凄まじい音の波に負けないように大声を張り上げ、会話をする。


 事実、日向椿は珍しい回復系の魔法(マギ)に適性のある人間だったが、決して得意なわけではなかった。せいぜい応急処置に使える程度のものだ。


『なーんか身体の構造が分かってないと回復できないけど、考えれば考えるほど医療に近付いて、魔法っぽくないんだよね』


 そんな意味が分かるようで分からない感覚的な言葉を聞いた覚えがあった。


 致命傷を塞ぐような力はなかったはず。


 椿は不安そうに見つめる紡を笑い飛ばした。


「あれだけ近くでマモ君の回復が見られたからね。おかげで感覚が掴めたんだよー」


「‥‥見て、できるようになったんですか」


「うん」


 当たり前に言ってのける。忘れていた、これが日向椿だ。


 ただ強さのみを求める日向家においても異端の天才。



進化(イクス)――『原点回帰(リバーセンス)』。肉体を保存した段階に巻き戻す魔法(マギ)だよ。回復ってよりは、データのロードに近いかな」



「‥‥な、なんですかその無茶苦茶な魔法(マギ)。というか、進化(イクス)に目覚めたんですか」


「うん」


 プラプラと指の欠けた手を振りながら椿は言った。


「使えるようになるのが遅かったから、指は戻せなかったけど、それはしょうがないかな」


「どちらにせよ意味不明ですけど‥‥ありがとうございました」


「いいのいいの。先輩なんだから」


 ふんすと息を吐いた椿は、表情を変えて前を見た。


「にしても、マモ君は大変なことになってるね」


 炎と煙の先、護がシュテンに縫い付けられていた。


 それでもまだ戦意を失っていない。


 炎がシュテンの身体に食らいついている。


 矢を射るならば、今だ。


 この膠着(こうちゃく)状態なら、当てられるかもしれない。


「音無さん!」


「――」


 答えは返ってこなかった。まだかかるということだろう。


 そんな律花の様子をチラリと見た椿は、それだけで二人の意図を察したのだろう。


 ニヤリと笑みを浮かべた。


「今射っても防がれるよ」


「‥‥そんな。じゃあどうやって当てれば」


「私が隙を作ってあげる。ツッちゃんはそこに撃ち込んで」


「先輩――でも護が今はあんな状態で」


 正直、連携が取れるような状況ではない。


 下手をすればあの炎は椿さえも焼きかねない。


 そんなことは百も承知だろう。椿は炎を斧で吹き飛ばして言った。


「うんうん。大丈夫。全部先輩にまっかせなさい‼」


「‥‥」


 ドンと胸を叩くその笑顔に何も言えなくなった。


「あれは剣がある限り、絶対に防いでくる。私があいつの剣を弾き飛ばす。その瞬間を狙って」


「‥‥分かりました」


「マモ君、助けるよ」



 日向椿はそう言い残し、前に飛んだ。


 紡が介入を諦めた場所へ、なんの躊躇いもなく飛翔する。


 その後ろ姿こそが、雄弁に桜花魔法学園最強を名乗っていた。


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