ランク3
◇ ◇ ◇
ランク3出現の怪物警報は人々を恐怖に陥れた。
怪物の出現は人々にとって珍しいことではない。
たとえランク2が出ようと、必ず守衛魔法師たちによって討伐されるという信頼がある。
しかしランク3は別だ。
下手をすれば都市が一つ壊滅する災害。
人々は普段の訓練を忘れたように、我先にとシェルターへと向かった。
本来なら椿だけではなく、他のA級守衛魔法師たちが派遣される案件だ。
だが偶然兵庫県で複数のランク2が出現したこともあり、近場の実力者たちは出払ってしまっていた。
椿だけが、並外れた機動力で現着出来たのである。
政府はランク3との戦いにおいて、住民の避難を最優先に、山の麓に防衛ラインを引いた。
日向椿が戦っているところに、一般の守衛魔法師を派遣したとて、足手まといにしかならない。
複数のA級守衛魔法師が揃うまで待たなければならなかった。
防衛ラインを引いた守衛魔法師たちは、山の頂上から響き渡る轟音に身を竦めていた。
「‥‥なあ、上で一体何が戦ってんだ?」
「日向椿とランク3だろ」
「これが、怪物と戦っている音か?」
男の守衛魔法師は信じられないものを見る目で山を見上げていた。
彼らもプロとして多くの怪物と戦ってきた。
だからこそ信じられない。
この大地を揺らす衝撃と音を鳴らしているのが、一体の怪物と一人の人間だという事実が。
その最中、一際大きな音が響いた。
思わず身構えた守衛魔法師たちが次に見たのは、黒い雷だった。
重い雲を貫く閃光。
それが山の頂上へと落ち、爆発した。
下から見上げていた守衛魔法師たちからして、それは噴火だった。
土砂が天高く舞い上がり、木々が雪崩に飲み込まれていく。
エナジーメイルを発動していてなお立っていられず、守衛魔法師たちは膝を着いた。
「なんだぁっ⁉」
「逃げろ! 崩れるぞ!」
斜面が水を掛けた砂山のように崩れていく。守衛魔法師たちは慌てて山から離れるために走り出した。
――一体何が起こってるんだ。これが、怪物なのか。
地形すらも塗り替える力。怪物が持つ根源的恐怖が、砂と共に人類に降り注いだ。
◇ ◇ ◇
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
黒い。
何もかもが暗く、冷たくなった。
土砂が豪雨のように降り注ぐ。それはまるで、曇天がそのまま落ちて来たかのようだった。
生きてる。
どうして生きているのか、答えは明白だった。
「‥‥無事? マモ君」
振り返って笑みを浮かべる椿先輩が、俺の前に立っていた。
「椿、先輩‥‥」
――あ。
「なーに泣きそうな顔してんのさ。大丈夫大丈夫、ツッちゃんもこれくらいならなんとかしてるはずだから」
「でも‥‥そんな‥‥」
今の鬼の攻撃を、先輩が盾になって守ってくれたんだ。
そうじゃなければ、俺は今頃粉々になっていたはずだ。
代わりに攻撃を正面から受けた椿先輩は、その重い代償を支払っていた。
突き出した両腕はボロボロに砕け、腹は黒く染まっていた。
「いやー、全部弾くつもりだったんだけど、一発受け損ねちゃった。あっちゃまー」
森羅剣が、胴を貫いたんだ。
エナジーメイルを紙くずのように引き裂く一撃が、人間に当たったらどうなるか、考えるまでもない。
「ちょっと、待っててね‥‥、すぐあいつ、倒しにいくから‥‥」
椿先輩の言葉は最後まで続かず、そのまま地面に倒れた。
そんな彼女の横に、大きな影が降り立った。
「イノリヲ」
人のようでありながら、人とはかけ離れた怪物。
鉄仮面は大きく割れ、碧い光が牙となって言葉を紡ぐ。
祈り、祈りか。
くそったれが。
「――」
振槍を打とうとした瞬間、剣が無造作に振るわれた。
鉄塊のような刃が腹に食い込み、割れる。筋肉を斬り潰し、臓腑が破裂するのが分かった。
「死ね、るか‥‥!」
刃を手で押さえ、しがみつくように剣を止めようとする。
それでも止まらない。
『炎駆』を使って全力を出しているのに、剣は確実に進んでいく。
止まれ。
止まれ。
「止まれぇぇええええええええええ‼」
目の奥で光がスパークする。
その時気付いた。さっきの攻撃の連続で鬼から奪い取った魔力。それがまだ俺の中でくすぶっている。
だがどうする。炎駆を使い続けたところで、このまま殺される。
――待て。
今の鬼は外殻を失い、膨大な魔力そのものがむき出しの状態だ。
これは賭けだ。自分自身、どうなるかは分からない。それでも、何も出来ずに死ぬなんて御免だ。
一か八か、最後までみっともなく生に縋りついてやる。
「ぐっ‼」
『炎駆』を解除し、捕食を発動。
巨大な炎の顎が鬼へと食らいつく。
しかし同時に抵抗を失った剣は、容易く俺の胴体を両断した。
ブツン、と身体の奥で何かが断線した。
神経か、血流か、命そのものか。
崩れていく上半身をどうすることもできず、横向きになっていく鬼を眺める。
頭の奥で、声が聞こえた。
『想念の断片――結合。座位の解放――完了。角翼の復元――不可。不完全体での復元――完了』
『位階△へ移行』
『『紅蓮』の権能を獲得』




