呼ばれて飛び出てエディさん
俺は思わず手を上げていた。
「そこ、どうしました?」
「すいません。あの、エナジーメイルを持っていないんですけど‥‥」
そう言った瞬間、周囲でざわめきが起きた。
そしてにこやかだった鬼灯先生の目がうっすらと笑みを消した。
「エナジーメイルを持っていないのであれば、仕方ありません。エディさんのところに行ってもらってきてください」
エディさんとは、この学校に勤務している妖精のことだ。あの異空間を作った張本人で、割とよく見かける。
しかしだ。
「あの、できないんです」
「できない?」
「俺はエナジーメイルを覚えられないって、言われました」
「‥‥何を言っているのですか?」
そう言われても、それが事実なんだ。俺もエナジーメイルが大切だってことぐらいは分かっていた。
だから桜花魔法学園に入ることを決めた時、地元の妖精に教えてもらいに行ったのだ。
結果は駄目。どういう理屈かは分からないが、「あー、ごめんねー。君には渡せないやー」と言われてしまった。
それから別の妖精も訪ねてみたが、答えは同じ。
結局、別の魔法を習得するより『火焔』を鍛えようという結論に至ったわけだ。
「いや、俺も理由はよく分からないんですけど、覚えられないって」
周囲で更にざわめきが大きくなる。やっぱり異常なのか、これ。魔法にも相性はあるって聞いたことあるけど。
「‥‥もういいです。エディさん、来てください」
鬼灯先生はため息と共に、そう言った。
何言ってるんだ? と思ったのもつかの間、彼女の隣に突如人の姿が現れた。
え、嘘だろ。
現れたのは、大きな羊のぬいぐるみにしがみつき、ぷかぷかと浮いている桃色の髪の少女だった。ホムラと同じように、天然ではあり得ない完成された美しさを持つ二・五次元の存在。
桜花魔法学園の妖精、エディさんだ。
呼べば来てくれるんだ‥‥ピザ屋より早い本人デリバリー。
エディさんは眠そうにあくびをし、鬼灯先生を見た。
「呼ばれて登場エディさんだぞ~。どうした~?」
「エディさん、彼にエナジーメイルを渡してもらってもよろしいですか?」
「おっけ~」
エディさんは聞いているこちらが溶けそうなゆるい声でそう言いながら、俺の方を振り向いた。
「ってことらしいが、お前はエナジーメイルを求めるのか~?」
「あ、はい!」
「ふむ、そこに立ってろ~」
エディさんはそう言うと、俺をじっと見つめた。眠そうな目の奥に、宇宙のような深淵が広がっている。
ずっと見ていると、引きずり込まれてしまいそうだ。
それから数秒ほどだろうか、エディさんは首を横に振った。
「無理だな~。お前にエナジーメイルは与えられない~」
「や、やっぱり駄目なんですか?」
「というかエナジーメイルに限らず、どんな魔法も無理だな~」
「は、はあそうなん――は?」
待ってくれ。今なんて言った?
エディさんは寝癖を指摘するぐらいの軽さで、ケラケラ笑いながら言った。
「お前の容量は完全にいっぱいだ~」
容量。それは魔法について学ぶ際、必ず教わる言葉だ。
簡単に言えば、人はそれぞれ魔法を覚えられる容量が決まっているのだ。際限なく魔法を覚えるということはできない。
俺の容量が埋まっている‥‥?
なるほど、だからエナジーメイルを覚えられないのか。とても納得できる理由だ。しかし待て、俺が覚えている魔法は『火焔』一つのみ。
つまり一にして全。全にして一。そんな格好いい話ではないな。ホムラが俺の身体にぎゅうぎゅうに魔法を詰め込んだわけね。初耳だぞー?
すると頭を押さえていた鬼灯先生が口を開いた。
「――エディさん、魔法の入れ替えは?」
「先生、それは」
嫌です、と言うよりも早く、エディさんが答えた。
「それも無理だな~。容量がいっぱいとは言ったが~、そもそもこいつ、今の魔法以外に、適合しそうもない~」
――ざわり、と周りの生徒たちがざわめきが起きたが、それは先ほどのものよりもどこかべたつく気持ち悪さがあった。
ただ俺はそんな周囲をよそに、奇妙な納得を感じていた。
あ、やっぱりできないんだ。一部の特殊な魔法は適合する人としない人がいることは知っていたが、ほとんど全ての人が使える『エナジーメイル』にさえ俺は適合しないのか。
案外に、不適合者というあだ名は間違っていなかったらしい。
鬼灯先生はその言葉で何かを納得したのか、頷いた。
「分かりました。手間を取らせて申し訳ありません」
「よきにはからえ~」
エディさんはよく分からない捨て台詞を残すと、現れた時同様、突如として消え去った。
なんて自由なんだ。ホムラ以上に自由な妖精は初めて見た。
それよりも俺はエナジーメイルを習得することはできないらしい。この際、火焔さえあればいいとしても、この授業はどうなるんだ。
鬼灯先生を見ると、彼女は目を細めて俺を見ていた。
「状況は分かりました。けれど授業に変更はありません。私の授業ではエナジーメイルのレベルアップを目指します。そして目標の能力に達した場合のみ単位を渡すつもりです」
「え、単位?」
思いがけない言葉に隣を見ると、王人が言い辛そうに言った。
「オリエンテーションでも説明がありましたよ」
「そういえば、聞いた気がする」
各授業ごとに単位が設定されているから、落とさないように気を付けろと言われた。
これまで赤点なんて取ったことなかったから、あまり気にしていなかった。
そして、
「必修科目は単位を取らないと進級できないんです」
王人がなぜ言い辛そうにしていたのかが分かった。
この『魔法戦闘基礎』は必修科目だ。
そしてこの授業の単位をもらうためには、エナジーメイルが必要で、俺はそれを習得できない。
「ちょっと待ってください。俺はどうしらいいんですか?」
せっかく入学したのに留年なんて冗談にもならない。大体、留年したところで結局『魔法戦闘基礎』の単位が取れないのでは、卒業は不可能だ。
鬼灯先生は俺の言葉を聞き、首を横に振った。
「どうすることもできません。そもそもエナジーメイルを習得していない生徒が守衛魔法師になること自体、想定されていないということです」
「でも、身体強化なら俺の魔法でもできます」
「ええ、それは知っていますよ。試験の様子は私も見ていましたから」
「だったら」
俺の言葉をさえぎって、鬼灯先生は淡々と続けた。
「あなたの魔法でも身体強化は可能でしょうが、エナジーメイルの本質は身を守る防御性能にあります。私も過去は守衛魔法師でしたから、その重要性を身をもって理解しています」
「それはそうかもしれませんけど」
「よい機会ですね。みなさんも見ておいてください」
鬼灯先生はそう言うと、おもむろに左脚のレギンスをまくりあげた。
いきなり何を――。
「っ!」
先生が何を見せたかったのか理解し、俺は言葉を失った。
周囲の生徒たちの息を呑む音が鮮明に響いた。
鬼灯先生の左足は、黒かった。日焼けとかの話ではない。明らかに人肌ではない質感。義足だ。
「去年、とある怪物との戦いで同僚の数名が殉死。見ての通り、私も左ひざから下を持っていかれました。まあ、かわりに怪物はきちんと殺しましたけど」
「‥‥」
同僚が殉死って。
脳裏に親父の姿がよぎった。怪物との戦いは命懸けだ。そんなことは分かっていた。
けれどその被害を目の当たりにすると、言葉にならない思いで胸がいっぱいになる。
「足を失っても生き残れたのは、エナジーメイルがあったからです。そうでなければ出血と痛みでまともに動けないまま私も殺されていたでしょう。エナジーメイルさえあれば、どんな危機的状況であっても、生き残る可能性が生まれます」
鬼灯先生はレギンスを元に戻した。
「はっきり言いましょう。私はエナジーメイルの習得ができない人間を守衛魔法師にすべきではないと考えています」
それは事実上の退学宣告だった。
ここまで来て、諦めろっていうのか?
いや、駄目だ。俺には目的がある。ホムラを元に戻すためには、この桜花魔法学園で魔法の力を伸ばすのが必要不可欠だ。
俺は真正面から鬼灯先生の目を見た。
「それでも、俺は諦めません。前例がないのであれば俺が作ります。エナジーメイルなしでも戦えることを、証明します」
エナジーメイルがあろうがなかろうが、関係ない。
この人を、納得させるだけの成果を出す。
鬼灯先生はしばらく沈黙し、目を細めて言った。
「そうですか。いいでしょう。どんな状態であれ、あなたが他の生徒と同じレベルに達したと判断すれば、単位を出します。そうでなければ、守衛魔法師の道は諦めた方が賢明です」
「同じレベルっていうのは、具体的に何をすればいいんですか?」
「私の主観で判断しても納得はしないでしょう。他のみなさんもよく聞いてください。単位を得るためには最低でもタッチを一回してください。簡単でしょう」
それだけを言うと、先生は次の指示に取り掛かった。
まるでこれ以上話すだけ無駄だとでも言わんばかりに。
タッチを一回か。
上等だ。初めから、ホムラの魔法におんぶにだっこでいるつもりはない。
『魔法戦闘基礎』、気合入れていこうか。
 




