守秘義務と違和感
申し訳ありません。限界が来て毎日更新が途絶えました‥‥。これから頑張ります。
鹿の集団に入っていくモミジさん。何やら頭を振ったり角を合わせたりし始める。
すると他の場所からも鹿たちが集まってきて、もはやパーティーだ。しかのこのこのここしたんたん。
しばらくしてから、鹿たちの間を抜けて鹿──モミジさんが戻ってきた。
‥‥モミジさんで合ってるよな。見た目が鹿すぎて見分けがつかん。
「待たせたな」
良かったモミジさんだ。
「彼らから話を聞いてきた」
「彼らって、あの鹿ですよね。喋れるんですか?」
「当たり前だろう。何年ここで彼らと過ごしていると思っているんだ」
そんな移住者みたいな感じなの。
「彼ら曰く、怪物かどうかは分からないが、人間ではない者が最近この春日大社に来ていたそうだ」
「人間ではない‥‥見た目とかはわかりますか?」
「見た目そのものは彼らに区別できなかったそうだ。人間とそう大差ない姿をしていたということだろう」
「人のような見た目で、人間ではない者」
紡が確かめるように呟いた。
ビンゴだ。
おそらくそれが干渉波を発している連中だろう。
「あの、詳しい見た目とか分かりますか?」
「彼らは人間を個で区別していない。だから詳しい見た目は分からないが、その存在は二人いたそうだ。片方は小さい、おそらく貴様よりもだ」
モミジさんが紡を見て言った。紡は女子にしては身長が高めだが、鹿の視点から見て明確に紡より低いというのであれば、結構な小ささだ。それこそ子供くらいの可能性がある。
「そしてもう一体の方だが、よく見えなかったと言っている」
「見えなかった?」
「ああ。間違いなく何かが立っているが、それが見えなかったと言っている。彼らにとっても異質だったからこそ、覚えていたようだ」
「そうだったんですね」
子供のような何かと、姿の見えない何か。それが俺たちの追っている連中の正体なのかもしれない。
「‥‥」
紡は何かを考えるように黙り込んでしまった。
礼を言おうとすると、モミジさんが再び口を開いた。
「それと、これは関係あるのかは分からないが、最近大地に違和感がある」
「大地の違和感ですか?」
「私たちはお前たちと違い、常にこの土地に足を下ろして生活をしている。土が雨でしめるように、枯葉が柔らかくなるように、日々土地の違いを踏み締めている。そんな私たちからして、妙な違和感を感じているのだ」
「‥‥」
足元を見下ろすが、そこにあるのはなんの変哲もない芝生だけだ。
しかしモミジさんがそう言うのなら、何かがあるのだろう。
「肝に銘じておきます」
「死ぬなよ。次は魔法をもらいに来い」
モミジさんはそう言い残すと、鹿たちの下に戻っていった。
魔法をもらいにくることはないけど、事が終わったらまた会いに来よう。
◇ ◇ ◇
「人間ではない、怪しい二人組ね」
その夜、俺たちは椿先輩が予約してくれていた旅館の部屋で情報を共有していた。
モミジさんから聞いた内容を話すと、椿先輩は目を閉じて顎を上げた。
この人、今でこそ落ち着いた格好いい顔をしているが、さっきまではモミジさんの話を聞いて呼吸困難になるくらい爆笑していた。
椿先輩は少しして目を開けた。
「‥‥片方は姿をくらましていたって話だったよね」
「はい。そう聞いてます」
「一つだけ、姿を隠す力に心あたりがあるの」
「そうなんですか?」
椿先輩は頷く。
「『ミラージュ』だよ」
「フラッシュから派生する魔法ですよね」
たしか村正と星宮が使っていたはずだ。光学迷彩のように姿を隠すことができる魔法である。
「怪物が魔法を使っているということですか?」
紡が聞いた。
「ランク2より上の怪物は特殊な能力を持つことがあるんだよねー。有名な化蜘蛛は爆発する糸を使ってるでしょ。あんな感じ」
黒鬼は負荷雷光、化蜘蛛は糸、天狗烏は風を操る力を持っていた。
「今回の怪物はそういったミラージュに近い力を持った存在かもしれないってことか」
「それと同時に、干渉波を抑える術も持っているのかもしれませんね」
音無さんが言う通り、そちらの問題もあったな。
椿先輩は難しい顔で俺たちの話を聞いていた。
「本来なら、そうなんだけど」
「‥‥何か気になるんですか?」
「いやー、ちょっと気になってるというか、引っ掛かりがあるというか」
「どんな情報でも、話してもらえるとありがたいんですけど」
「それは分かってるよ。分かってるんだけどさー、ちょっと守秘義務的に? 喋れないてきな? ね、そういう感じなの」
「守秘義務‥‥」
紡はそれ以上聞かなかった。現役の守衛魔法師からそう言われたら、黙るしかない。
守秘義務か‥‥。
「明日は小さな子と、光学迷彩の揺らぎに気を付けて探そうか。私も今日改めて出現場所を整理して、次に現れそうな場所を絞ってみたからさ」
話はおしまいと言わんばかりにパンパンと椿先輩は手を打った。
「それより今日は疲れたでしょー。お風呂行こお風呂! この旅館は大浴場の温泉がすんごいんだよー! その後はこの部屋で皆でご飯ね!」
言葉に押され、俺たちは部屋を出た。
着替えを持って大浴場に向かいながら考える。
椿先輩は俺たちから話を聞いた時、一番初めに『ミラージュ』の話をした。怪物の特殊能力よりも先に魔法の話をしたのだ。
その時脳裏を過った存在がいた。
雲仙煙霞先輩だ。
雲仙先輩は何かの影響を受け、怪物に変じた。その時先輩は魔法を使っていたのだ。エナジーメイルに、スモークロウ。
そう、あの特殊な存在は怪物でありながら魔法を使用できる。
もしも椿先輩がその情報を知っていたとしたら、言葉を濁すのも分かる。
何故なら、俺も星宮も箝口令が敷かれているからだ。
俺たちはあの後守衛魔法師によって保護され、全てを話した。雲仙先輩が怪物になったことも、俺たちを殺そうとしたことも、そして、死んだことも。
その話を聞いた守衛魔法師は部屋からいなくなり、代わりに善ちゃん先生が入ってきた。
『話は全て聞きました。後処理は全てこちらで行いますから、二人は一度学校へ戻りましょう』
学校に戻り、俺と星宮は善ちゃん先生から今回の件は他言しないこと、おそらく雲仙先輩の死は秘匿され、転校扱いになるであろうことを伝えられた。
そこに拒否権はなかった。
学校の先生から伝えられたとは思えないほどの重さを持った、命令である。
後々守衛魔法師を管轄している魔法省から、正式な通達が渡された。
ボランティアの口止めとは違う。一般人、下手をすれば守衛魔法師さえも触れることのできない事実を、俺たちは知ってしまったのだ。
だから椿先輩がそれを知っているはずはないんだけど‥‥。
妙に引っかかるんだよな。




