妖精さんに聞き込み
さて妖精に話を聞くためには、そもそもどこに妖精がいるのか探さなければならないわけだが、これに関しては簡単だった。
「いるな」
「いるね」
春日大社のある場所に、人だかりが出来ていた。
観光客や子供たちがコスプレ写真の囲いのような円を作っている。
その中心に、ふわふわと浮かぶ人影があった。
巫女装束のような和装に身を包み、露出している顔も手足も真っ白。ビロードのような黒髪が自由に空を泳いでいる。
誰が見ても分かりやすい超次元存在、妖精だ。
ホムラと違い、普通の妖精を探すのは簡単だ。何せ魔法のやり取りをしてくれる存在なのだから、大体人目に付きやすいところにいる。
そしてこの妖精のレベルで目立つ存在は、一種の観光地となるため、なんならガイドマップにその存在が堂々と載っていた。
「あれだけ人がいるとちょっと喋り辛いな」
「‥‥待ってて」
紡はそう言うと、人差し指を妖精に向けた。
「――」
すると昼寝でもするように浮かんでいた妖精がこちらを見、囲いの上空を抜けてこちらに来た。
「何したんだ?」
「糸電話でこっちに来てもらえるように頼んだ」
「便利ー」
念動糸ってそんな使い方も出来るんだな。
妖精は俺たちの前まで来ると、立ち上がるように身体を真っ直ぐにした。
「どうかされましたか、人の子よ」
「初めまして、俺は真堂護です」
「黒曜紡です」
「ご丁寧にありがとうございます。私は妖精。こちらではミレイと呼ばれております」
ミレイさんか。ホムラやエディさんとはまた違ったタイプだ。
というかあの二人が異次元種にしてはふわふわしすぎているので、ミレイさんが正統派な気がする。
「二人は魔法の取得が望みですか? それとも何かを入れ替えますか?」
「いえ。今回は別件で聞きたいことがあるんです」
「左様ですか。私などに分かることであれば、お話いたしましょう」
「この近辺で最近怪物が出現したことはありますか?」
単刀直入に聞く。
ミレイさんは表情を変えることなく答えた。
「最近がいつの頃かは分かりません。私が怪物の気配を感じたのは四十七日前が最後です。その際は人の子によって討伐されていました」
「そうですか。他に何か違和感のある人とか、見かけませんでしたか?」
「私に人の子の区別は付きません。あなたの言う違和感が何か分からないので、お答えはできかねます」
――それが普通だよな。
妖精は人間のよき隣人であり、社会の中に溶け込んでいるように見える。
しかしその実態は紛れもない異次元種。
俺たちが鹿を見て見分けがつかないように、彼女たちからしても人の見分けなんてつかないんだろう。
やっぱりホムラが特殊だったんだな。
その事実に寂しさと嬉しさを感じながら、紡の方を見た。
紡は少し考える素振りを見せ、ミレイさんを見上げた。
「私たちは今ある怪物を追っています。このあたりの状況に詳しい妖精に心あたりはありませんか?」
「それでしたら、適任がいます。しかし素直に話を聞いてくれるかは分かりませんよ。変わりものですから」
「変わり者の妖精か」
学校に常駐しているエディさんも十分変わり者だし、引きこもりだったホムラはそれを超える変わり者だろう。
「任せてください。それなら自信があります」
◇ ◇ ◇
そうして俺と紡はミレイさんに教えてもらった場所に行った。
妖精をして変わり者と評されるほどの妖精。
一体どんな存在なんだ?
「‥‥どこにもいない」
「本当だな。でも場所はここで合ってるはずなんだけど」
別に目印があるわけでもない。広い野原を鹿たちが闊歩している。
「変わり者って言ってたけど、姿を隠しているのかな」
「妖精がわざわざ姿を隠す理由もないと思うけど」
そりゃそうなんだけど。中には神社にずっと引きこもっている妖精もいるしな。
「おい」
「もう一回ミレイさんに聞きに行ってみるか?」
「おい、お前たち」
ん? 誰かが話しかけてきてないか?
しかしあたりを見ても人影はない。
「ここだ。いつまで無視するつもりだ」
「なあ紡、たしかに声が‥‥」
そこであることに気付いた。
声のする方向に人はいない。
かわりに一頭の雄々しい鹿がこちらを見ていた。
待て。まさか流石にそんなわけはないだろ。
「お前たち、私に会いに来たのだろう」
低く渋い声は、鹿の口の動きに合わせて発せられた。
間違いない。
「「鹿が喋ってる⁉」」
鹿はゆっくりと俺たちに近寄ると、頭を振った。まるで「やれやれ」とでも言いたげだ。
「我は妖精。名はない。なんとでも好きに呼べばいい」
「ほ、本当に妖精なんですか」
「お前たちの知る動物は喋るのかね」
「いや、そう言われたらそうなんですけど」
あまりにも見た目が鹿すぎて、妖精と言われてもピンと来ない。
本当は怪物について知りたかったんだが、それよりも気になることがある。
「あの、なんで鹿の姿なんですか?」
「特別な理由はない。我が意識を持った時、この近辺では鹿が最も多く存在していた。人間も友好的だった故にこの姿を取った」
「それで鹿に‥‥でも、なんで名前が無いんですか?」
「一度も人間と喋ったことがなかったからな」
駄目じゃん、鹿。思いっきり失敗だろ。
完全に停止していた紡が、再起動したパソコンのようにかくかくと聞いた。
「じゃあ、なんと呼べば」
「さっきも言っただろう。好きに呼べ」
ふーん。何でも良いのか。ホムラと違って寛容だな。
「じゃあ、鹿さん?」
「貴様はセンスの欠片もないな。そこらで草を食んでいる彼らの方が何百倍も優れた感性を持っているぞ」
「えー」
なんでも良いって言ってたじゃん。鹿にぼろくそ言われる機会は人生で二度とないだろう。なくてよかったけども。
「じゃあ、モミジはどうでしょうか」
「なんでモミジ?」
「鹿ってもみじ肉って言うから」
おいおい、俺よりも更に酷いセンスの女がここにいるぞ。
豚にハムって名付けるのと一緒だぞ。銀の匙でも読んだのか。
「モミジか‥‥悪くないな」
「え、いいんですかそれで」
「貴様の鹿さんよりかは良いだろう。いささか威厳に欠けるとは思うがね」
あまり納得はいかないが、まあ本人がいいというのならそれでいいか。
そんなことより、本題の方が重要だ。
「それで、モミジさんに聞きたいことがあるんですけど」
「何かね。魔法を希望だというのなら、中々面白いものが――」
「いえ、魔法ではないんです」
「そうか‥‥」
この鹿、あからさまにしょんぼりするな。
一度も人に話しかけられたことがないのが想像以上にショックだったらしい。それなら鹿の姿辞めたらいいのに。
「この近辺で最近怪しい人間とか、怪物を見ませんでしたか?」
「怪物だと?」
「はい。干渉波があまり強くないので、何らかの方法で人々に紛れ込んでいるんじゃないかって思っているんですが、今のところ手掛かりが少なくて」
「ふむ、そういう話か。それなら少し待っていろ」
そう言うと、モミジさんは俺たちに背を向けて歩き出した。




