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    ◇   ◇   ◇




 俺たちは普段から朝のランニングのために早めに学校に来ている。だから一時間目のスタートにはそれなりに時間があった。


「今日はランニングはいいよー。私から先生に言っとくから」


 椿先輩のその言葉に押され、俺たちは空き教室に押し込まれた。


 今まで一回も休んだことがないから、行かなくていいと言われてもむずむずする。


「勝手に休んで本当に大丈夫なのか?」


「椿先輩が言うなら大丈夫」


「学園一位だからって、そんなに権力持ってんのか」


「違う。言っても無駄だから諦められてる」


 そういう理由なのかよ。


 さながら俺たちは台風に巻き込まれた哀れな葉っぱってことね。


 俺たちの話が聞こえているのか聞こえていないのか、椿先輩はニコニコと待ってくれていた。


「それじゃあ時は金なりって言うし、説明しようか」


「お願いします」


 学園一位がわざわざ俺に持ち掛けてくる話だ。自然と居住まいを正しくする。


「そもそもマモ君はミッションが何か知ってる?」


「はい。概要程度ですけど」


 ミッションは桜花序列戦において、ランクマッチ以外のもう一つのポイントの入手方法だ。


 内容は様々で、一学期に俺と星宮がやった見回りのような内容から、災害地での支援、怪物(モンスター)の目撃情報がある場所での情報収集など、多岐に渡る。


 一年生が行うボランティアとの違いは、難易度。ミッションはポイント以外にもきちんと報酬が支払われる、正式な仕事だ。


「生徒の成績によって受けられるミッションが変わるんだけど、今回は私に来たミッションに同行してもらう形にしようと思って」


「そんなことも出来るんですか?」


「出来る出来るー」


 凄いな。桜花魔法学園の一位が受けられるミッションか。一体どんなものなんだろう。


 先輩がタブレットを取り出し、画面を俺に見せてきた。


「ほらこれ。不規則に小さな干渉波が観測されているから、調査してほしいって」


「干渉波ってことは、怪物(モンスター)がいるってことですよね」


「普通の怪物(モンスター)ならランク1の出現でも、一定以上の干渉波が観測されるんだけど、今回はそれよりも更に小さいんだよ」


「そんなことあり得るんですか?」


 怪物(モンスター)の出現以外で干渉波は観測されない。つまり、観測されているということは怪物(モンスター)がいるということだ。


揺らぎ(・・・)って言って、わりとある話みたいだけど、怪物(モンスター)の出現が確認されなければそれまでだからね。でも、今回は少し事情が違う」


 椿先輩が人差し指を横に振った。


「私の方でも干渉波の観測を調べてみたんだけど、見てよこれ」


 椿先輩がスライドした画面は、地図だった。どうやら干渉波が記録された場所をピンで示した地図のようだが。


「‥‥移動してる?」


 干渉波の記録が道のように続いている。


 関西を中心にぐるぐるとピンが渦を巻いていた。


「観測された干渉波の平均値は0・5程度。揺らぎ(・・・)で処理される程度のものだけど、ここまで連続してるのはやっぱりおかしいんだよね。明らかに何か目的をもって移動している」


「でも、怪物(モンスター)の干渉波って出現している間には常に観測できますよね。もしこれが怪物(モンスター)だとしたら、ランク1より低いってことですか?」


「そうだねー。まだ怪物(モンスター)の研究は歴史が浅いから、ランク1より低い怪物(モンスター)がいてもなんら不思議じゃない」


 あるいは、と椿先輩は続けた。


「意図的に干渉波を抑える術があるか」


 ‥‥なるほど。


「それじゃあ、今回のミッションは怪物(モンスター)そのものか、痕跡の発見ってことですか?」


「ん?」


「え?」


 学生のミッションとしては妥当な内容だと思うんだけど。


 椿先輩は笑顔で首を傾げ、隣から紡が指でつついてきた。


「なんだよ」


「この人、超特例で資格の取得が認められたの」


「どういうこと?」


「つまり、もう守衛魔法師(ガード)の資格を所有している、本物ってこと」


 言われた意味がいまいち理解できず、椿先輩の方を見ると、先輩は何かのカードをぷらぷらとぶら下げながら満面の笑みを浮かべていた。


 それは彼女が本職の人間であることを示す身分証である。


「どうもー、現役のA級守衛魔法師(ガード)でーす」


「‥‥マジですか」


 なんだそりゃ。いくらなんでも規格外すぎる。というかA級って、鬼灯先生と同じランクだぞ。


「つまり、今回のミッションは私に来た特別製ってこと。当然、怪物(モンスター)の補足だけじゃないよ」


 もう二人が何を言いたいのか分かった。




怪物(モンスター)の補足と、討伐(・・)。それが今回のミッション内容」




 A級まで行く人は、全員ぶっ飛んでるなぁ。




   ◇   ◇   ◇




 とりあえずミッションの内容は分かったのだが、聞いておかなければいけないことがあった。


「あの、なんで俺を連れて行こうと思ったんですか?」


 どう考えたって学生を、しかも一年生の俺を連れて行くようなミッションではない。


 そもそもA級が受けるようなミッションって、それはもうガチガチの任務である。プロが同行すべき案件だ。


 椿先輩はんーと天井を見上げ、


「勘!」


 とにっこり笑顔で言い切った。


 ヤバい人だな。


「私の勘って結構当たるんだよねー。マモ君の戦い見てたら、あ、これは何かあるなってビビッと来たんだよ」


「はぁ」


「で、ビビッと来たってことは、強くなるってことだと思うんだよねー。だから連れてこって思ってさ」


 何だ俺は今宇宙人と喋ってんのか。言われたことを噛み砕き、理解する。


「あの、俺を強くしたいってことですか?」


「うん」 


 椿先輩は力強く頷いた。


「だって、強い子がいないと退屈じゃん」


「――」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は本当にこの人が別の場所に立っていることを理解した。


「折角学園に通ってるんだもん。どうせなら全力で青春を楽しみたいんだよねー。皆と切磋琢磨するって感じ好きだから。後輩からそんな子が出てくるなんて、ゾクゾクするでしょ」


「‥‥王人がいますよ」


 ゾクゾクするっていうなら、王人以上の存在はいないはずだ。それに星宮や百塚だっている。


 俺である必要がない。


 椿先輩はうんうんと頷いた。


「それはその通りなんだけどさー。オー君は何もしなくても勝手に強くなるでしょ。むしろ余計なことしたら怒られそうじゃん」


 もしかしなくともオー君ってのは王人のことだろう。


 言われてみると、怒りはしないまでもやんわり拒否しそうではある。


「それにマモ君は間違いなく叩いて伸びるタイプじゃない? 千尋の谷に落としてなんぼみたいな感じ」


「そんなわけないでしょう。風評被害ですよ」


「‥‥大体合ってる」


 横で紡が呟いた。鬼灯先生のせいでそう思われがちだけど、違うからね。


 どちらかというと俺は褒められて伸びるタイプだと思う。


「そういうわけで、どうかなー。いい経験になると思うよ」


「そうですね‥‥」


「それに」


 そこで椿先輩は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


 瞬間、俺の体が勝手に前に乗り出した。


 自分で立ったわけじゃない。何かに引っ張られるように前のめりになったのだ。


 同時に椿先生も机に肘をつき、乗り出す。


 気づいた時には、椿先輩の顔が俺の顔のすぐ横にあった。


 清涼感のある、でもどことなく甘い女性の香りが鼻をくすぐった。




「特別な怪物(モンスター)に出会えるかもよ」




 ──何?


 顔を離した椿先輩はニコニコとさっきと変わらない笑みを浮かべていた。


 何で俺が怪物(モンスター)についての情報を欲しがっていることを知っているんだ?


 いや、そんなことよりも特別な怪物(モンスター)が出現するってことは、レオールについても何かが分かるかもしれない。


「‥‥分かりました。同行させてください」


「っ⁉︎ 正気? この人が持ってくるミッションなんて、絶対何かあるに決まってる」


「こらこらー、先輩に対してすごい言い草だぞツッちゃん」


「確かにろくでもない感じは出てるけど、これはチャンスだ。実践経験が得られるなら、俺は行く」


 どこまで椿先輩の言っていることが事実かは分からない。


 それでも情報の収集が行き詰まっている以上、行くに決まっている。


「ろくでもない‥‥」


 後輩たちからの好き勝手な言葉にしょぼんとする椿先輩は置いておいて、行くのが決まったならあとは日程だ。


 細かいところを詰めようと思ったら、バァン! という音と共に扉が開かれた。


 今度は何だよ‥‥。


 視線を向けると、そこには大きな音とは反比例する小さな姿が見えた。



「音無さん?」


「そのミッション、私も参加させてください‼」



 再びバァン! と擬音が付きそうな勢いで音無さんが言った。


 なんで今入って来た音無さんがミッションのことを知ってるんだろうか。


 しかしそんなことはどうでもいいのか、椿先輩は面白そうに音無さんに聞いた。


「君は音無律花ちゃんだね。噂には聞いてるよ。めっちゃ凄いって」


 なんかクールな先輩っぽい雰囲気を出そうとしているが、語彙はもう少しなんとかならなかったんだろうか。


 音無さんはいつもの大人し気な様子から一転、ふんすと気合を入れて歩いてくる。


「私は真堂君の専属エンジニアです。ミッションが長期化する場合は、武機(マキナ)の調整が出来るエンジニアが付いていった方がいいはずです」


「ふぅん、言っていることは分かるけど、危ないよ?」


 椿先輩、俺への説明の時はそんな注意事項なかったですよね。いや、別にどっちにしろ行くからいいんだけどさ。


 音無さんは拳を握って頷いた。


「が、頑張ります。戦闘経験はありませんが、情報収集なら多少はお役に立てると思います」


「情報収集は――そうみたいだねー」


 椿先輩はどこか含みのある言い方をした。


 そしてすぐににんまり笑顔に戻ると、頷いた。


「いいよ。元々エンジニアには付いて来てもらいたかったしね」


「あ、ありがとうございます!」


 音無さんも来てくれるのか。それならそれで少し気が楽だ。いくら椿先輩が気さくな人とは言え、初対面の先輩と二人きりは正直厳しい。


「よ、よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


 俺の隣に音無さんが座る。


 ところでなんで俺たちがここでミッションのこと話してるの分かったんだ?


 それについて聞こうとしたら、隣で声が上がった。


「あの、私も行きます」


「ツッちゃんが?」


 ――紡?


 横を見ると、紡が真っ直ぐに椿先輩を見ていた。あまり人と喋るのが得意じゃない紡にしては珍しく、芯の通った声だ。


「ツッちゃん、こういうの興味ないと思ってた。今まで何度か誘ったけど全部断られてるし」


「今回だけです。こいつが迷惑かけるかもしれないから」


 さらりと俺のことをディスってくるが、紡が付いて来てくれるなら俺にとってもありがたいので、黙っておく。


 しかし紡を連れて行くのは、エンジニアの音無さんを連れて行くのとはわけが違う。


 俺と紡、まだプロの資格を持っていない二人のお荷物を抱えてミッションに挑むことになるのだ。


 椿先輩は考え込むように黙り、立ち上がった。


「やったぁあああ! ツッちゃんともずっと一緒にミッション行きたかったんだよねー! これが一石二鳥ってやつ? 行こう行こう!」


 目をキラッキラさせて、椿先輩は嬉しそうにまくしたてた。


 あ、人数が増えるのは別にいいんだ。


 桜花魔法学園最強の懐の深さに敬意と畏怖を感じつつ、俺たちの初めてのミッションが決まったのである。


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