ココロオドル入学式 ―星宮―
◇ ◇ ◇
入学式。多くの人が緊張し、同時に心躍らせる日。
しかし桜花魔法学園高等部は、内部進学組が多く、他の高校に比べればそういった雰囲気は薄い。
星宮有朱もそういった高揚感とは無縁の人間だった。
日本人離れした蜂蜜色の髪に、目鼻立ちがはっきりした端正な顔立ち。中学生ながら一七〇センチを超える背に、モデル顔負けのプロポーションとくれば、注目されない方が無理だ。
桜花魔法学園では、何より魔法の腕と強さが尊ばれる。
もし有朱が見た目だけの少女であれば、そこまで人気になることもなかっただろう。しかし有朱は魔法の腕もトップクラスだった。
近接戦闘でこそ王人に軍配が上がるが、状況次第では有朱が完封するだろう。
だからこそ彼女は多くの人に注目されるのだ。
入学式も同じだった。内部生も外部生も有朱を見て目を奪われる。
彼女は常に視線を受ける側であり、向ける側ではなかった。
そんな有朱なのだが。
「‥‥」
どうしても気になる人がいた。
有朱はアリーナでB組の列に並びながら、視線を動かして新入生の顔を眺めた。
果たしてこの学校に入学しているのか、それさえも分からない。こうして列に並んで探したところで、後ろからでは顔を判別することは難しい。
そもそも有朱はその人の顔さえもうろ覚えなのだ。
覚えていることといえば、『真堂護』という名前だけ。
あの剣崎王人との戦いに突然割って入ってきた少年。彼は勝てるわけがないと断じた有朱の前で、王人を打倒してみせた。
中等部、いや高等部の人間でさえ、王人と正面から戦って勝てる人間がどれだけいるだろうか。いや、そもそも剣を握った彼の前には立てる人間さえ、ほとんどいない。
知らなかったとはいえ、あの圧の前では戦うという選択を取ることさえ、難しいのだ。三年間、彼と競り合ってきた有朱だからこそ、それが分かる。
「‥‥いない? まさか」
確かに脱落としては早かったかもしれない。
しかしあの剣崎と引き分けた人間だ。不合格ということはないはずだ。B組は全員名前を確認し、念のため顔も確認した。いるとすれば、間違いなくA組だ。
校長の話を右から左へ聞き流しながら、キョロキョロとあたりに視線を走らせる。
結局入学式の間は見つからず、A組は先に戻ってしまった。
こうなれば仕方ない。
有朱は移動中も自分が見られ続けていることに気付くことなく、このあとすることを決めた。
入学式の後のHRが終われば、今日は終わりだ。部活や専攻錬に参加する内部生や、見学に行く外部生を除けば、下校することになる。
つまり時間を掛ければA組の生徒はすぐに教室を出てしまう。
「あ、星宮さん。放課後時間ある?」
「行ける人みんなで懇親会しないかなって」
「ごめんなさい。私行かなければいけないところがあるの」
有朱は決して不愛想な人間ではない。内部生であれば彼女の人柄もよく知っており、声も掛けてくる。
そして一人が声を掛ければ、話しかけようと機をうかがっていた男子たちも次々に続いてくる。
それら全てを柔らかくも鋭い切れ味で叩き斬りながら、有朱は教室を出た。
向かうは隣のA組。
だが有朱はどうしても目立つ。
変に他のクラスを覗き込めば、内部生たちがすぐに絡んでくるだろう。そうなれば、彼女の目的は達せられない。
そのため有朱は教室を出る瞬間、誰にも気づかれないように魔法を発動した。
『ミラージュ』。
自分の身体に光のコートを身に纏うと、有朱の身体が見えなくなった。『ミラージュ』は、周囲の景色に合わせて溶け込む光学迷彩の魔法である。
本来はこういった屋内では、ディテールを合わせるのが難しく、効果は半減する。動けばどうしても違和感が出てしまう。
しかし有朱は誰からも怪しまれることなくA組の中に入り込めた。人間の脳は視界の情報全てを平等に処理しているわけではない。注目している場所以外の情報は、ほとんどが切り捨てられる。
これだけの人がいれば、視界の端に多少違和感を覚えたとしても、それに注目する人間はほぼいない。
(さて、入ることはできたけれど)
ざっと教室の中を見る。
目当ての人物は、すぐに見つかった。
「い――」
たわ! と思わず声を出しそうになり、自分が姿を消していたことを思い出して口を閉じた。
短い髪に、覇気のない目。しかしその奥に、誰よりも熱い光が宿る瞬間を有朱は知っている。
真堂護だ。きちんと合格していた。
(ええ、ええ。そうよね、当然合格しているわよね。決して信じていなかったわけではないけれど、よかったわ)
有朱は誰にも気づかれることなく一人頷いた。
これはそう、何か真堂護に対して特別な思いがあるとかそういうあれではなく、単純に自分を庇った相手が不合格になっていたら心苦しいという、それだけの話である。
こうして今合格が確認できたのだから、これ以上A組いる必要はない。
そのはずなのだが、有朱はその場から動かず、じっと護を見続けた。外部生だが、制服の下の身体は鍛えられていることがよく分かる。どこかの私塾で魔法戦闘を学んでいたのだろう。
「‥‥」
聞いてみたい。
一体どこであれだけの技術を習得したのか。あの炎を出す魔法は何だったのか。趣味は? 特技は? 好きな食べ物は?
そこまで考えて有朱は首を横に振った。
(何を考えているの私! 違うわ、今日は合格していたかどうかを確認しに来ただけよ)
いくら『ミラージュ』を使っていても、長くいればその分見つかるリスクは高まる。
合格していたという事実を確認できただけでもよしとすべきだ。
そう思い、教室を出ようとした時だった。
「護、この後は何をするか決めていますか?」
(ッ――⁉)
入学式からここまでの短時間で、既に名前呼びをする人間が⁉
『ミラージュ』を発動していることも忘れて、有朱は凄まじい速度で振り返った。
数名が景色の揺らぎに気付き、気のせいだったかとまた話に戻る。
「この後って、何かあるのか?」
「外部から入ってきた人たちは、部活とか、専攻錬の見学に行くんじゃないかな」
「なんだよ専攻錬って‥‥」
真堂護と話していたのは、一見すると女子生徒のような華奢な少年だった。
というより、恐ろしく見覚えのある生徒だった。
(剣崎君⁉︎)
護と話してたのは、まさかの剣崎王人だった。
あの試験の場で、死闘を繰り広げた二人が楽しそうに話している姿に、なんともいえない違和感を感じると同時に、有朱は納得してしまった。
(失敗した──。というより先を越されたわ。剣崎君なら気にいるわよね、自分に正面から挑んでくる人だもの)
とにかく、クラスが別だったことが最大の失敗。
有朱はそっと教室を出て、人目につかないところで『ミラージュ』を解除した。
次はなんとかして護本人とコンタクトを取らなければならない。できるだけ自然に、注目されないように。彼の力を周囲が認めてしまったら、第二第三の王人が現れることになる。
ただでさえクラスが違うというハンデ。下手を打てば、顔見知り程度で終わってしまう。
初めの合格かどうかの確認という建前を忘れ去り、有朱は頭の中で計画を立てはじめるのだった。




