出来らぁ!
◇ ◇ ◇
桜花魔法学園はその名前から、魔法に関することだけを勉強すると誤解されがちだ。
特に守衛科は、世間から訓練ばかりやっていると思われている。
実際俺も入学するまではそうだと思ってた。
しかしここは国立の学校であり、きちんと一般教科が必修の授業として行われている。なんならそこで赤点を取ると、訓練どころではない。
俺も定期考査前は鬼灯先生から、「赤点なんて取ったら、次に赤くなるのは何か分かりますよね?」というとんでもない脅迫を受けたことがある。国立とか関係なく、教育機関にいちゃいけないタイプの人ですね。
結局何が言いたいかというと、
「皆様、人の本質とは何に現れるかご存じでしょうか」
割烹着を着た和風美人、山本撫子先生が朗々と聞いた。皆からはその見た目から、撫子先生と呼ばれている。
この人の声、お淑やかなはずなのに背筋が伸びるような緊張感がある。
人の本質か。何だろう、服装とか言動とかかな。
撫子先生は伏せていた目を上げ、全員の顔を見て言った。
「カレーです」
無茶苦茶だな。
「カレーでその人が育った環境、何を大切にしているのか、どんな性格なのか、全てが分かると言っても過言ではありません」
過言でしょ。
カレーもそこまでの期待を背負わされたら荷が重かろう。
「というわけで、今日は皆さんにカレーを作ってもらいます」
そう、今日の授業は家庭科の調理実習である。国語とか算数はともかく、こういう授業もちゃんとやるんだよな。
内容がちゃんとしているかはさておき。
「先生、普通調理実習って、班とかでやるものじゃないんですか?」
同級生の一人がもっともな質問をした。
どこの学校でも、創作の中でさえ、調理実習といえば班の皆とお喋りしながら作るものだ。それのせいで中学の調理実習地獄だったし。
しかし何故か、俺たちの前には一人一つずつカセットコンロが用意されている。
「愚問ですね。班で作ったら個性が出ないでしょう。一人ずつ作ってください」
狂人かな?
「そのために自腹でカセットコンロも全員分揃えましたからね。学校に提案したら却下されましたので」
却下されたものをどうして押し進めてしまったんだろうか。
撫子先生がそこまでカレーにこだわるのかは分からないが、やれという以上は仕方ない。
「材料は前の机と冷蔵庫に山ほど用意しました。スパイス類も置いてありますので、自由に取っていってください」
撫子先生の言葉通り、机の上には野菜やスパイスが所狭しと置かれていた。見たことのない形の野菜もあるけど、あれ何に使うんだろう。
「それでは始めてください。あなたたちの最高のカレー、楽しみにしています」
そんな料理漫画の決戦ばりのテンションで言われても、俺たちは一般高校生だぞ。
仕方なく材料を取りに行くと、まず本格的なスパイス群が主張してくる。
クミン、カルダモン、シナモン、ガラムマサラ‥‥知らん知らん。シナモンとか菓子パンかサンリオでしか使われてるの見たことないんですけど。
探してみると、隣には様々な会社のカレールーが積み重ねられていた。
これだよこれ。カレーなんて野菜と肉を煮込んでルーを入れれば美味しくなるんだよ。
それこそがカレーの一番の良いところである。
玉ねぎはあめ色になるまで炒めるとか、ルーは何種類か組み合わせるとか、隠し味とか、いらん。
アーモンドカレーを信じろ。
俺はルーと玉ねぎ、人参、じゃがいも、豚肉を取ると、自分の調理スペースに戻る。
あとはこれらを切って煮込んでルーをイン! すれば完成だ。
これでも一人暮らしだしな、実家暮らしでぬくぬく暮らしている連中に手際で負けるわけにはいかない。
「護、お米は誰が炊く?」
対面にいたはずの紡が隣からひょっこりと顔を出した。
そういえば米炊いてなかったな。炊飯器は流石にテーブルに一つだけなので、誰かが炊かなければいけない。
ここは一人暮らしの俺の出番かな~。
「米なら俺がもうセットしたぞ」
「マジか。仕事早いな」
「折角ならジャスミンライスにしようかとも思ったんだが、普通のジャポニカ米にしたぞ。口馴染みがいいだろうしな」
「ジャスミン?」
何、芳香剤の話?
「ジャスミンライスはタイ米の一種よ。インドカレーとかで使われるパラパラのやつ。ジャポニカ米は普段食べてる粘り気のあるお米」
「へ、へー。そんなのまで用意されてたのか」
紡が解説してくれたけど、まあ知ってたよ。ちょっといきなり言われたから混乱しただけで。
「お米もいろいろ種類あるよな。あの黄色い、何だっけ、サンフランシスコライス」
「サフランライスのこと? カレーに使うのはターメリックライスの方が多いけど、どっちも調理で色を付けてるから、元々黄色いわけじゃないけど」
「‥‥」
さっきからさぁ! 横文字ばっかり並べるのはやめてくれよ!
なんだよサフランだのターメリックだの、いつの間にカレー界隈はそんな意識高い系になっちゃったの。バターで炊いたメタボリックライス作るぞ
そんな俺たちの様子を横目に、村正は何やら小皿に数種類のスパイスを出し始めた。
これ、授業の調理実習だよ? 何を始めようとしてんの?
俺の知るカレーとの違いに戦々恐々としていると、紡が心配そうな目を向けてくる。
「護、カレー作れる?」
「いや、いやいやいや。それは流石に馬鹿にし過ぎだから」
村正がおかしいだけで、俺が一般的だから。
撫子先生も言ってただろ、カレーには作った人の人間性が出るって。
ごろごろ野菜に少なめの肉、ちょっと甘口のルー。それこそが俺たちの知るカレーだ。なんとも人間らしい温かみのあるカレーじゃないか。
「まずは野菜を切るところからだ。ちょっと大きめに切るのがコツなんだぞ」
そう言いながら玉ねぎと人参を切っていく。大きさが不ぞろいなのも温かみだ。
「護、皮は?」
「知らないのか紡、野菜は皮周りが一番栄養があるんだぞ」
「それはそうかもしれないけど、玉ねぎの茶色い部分は取ったほうがいい。口に残る」
「はい‥‥」
このくらいはついててもいいんじゃない? 駄目?
紡の指示通り皮を剥いて鍋に放り込み、さらに肉を投入して炒めてから、水を入れる。
「待って。水の量はかった?」
「‥‥大体目分量で分かるだろ」
「ビシャビシャのカレーになってもいいの」
「そういうちょっとお茶目なところも温かみのあるカレーだろ」
でもビシャビシャのカレーは嫌なので、水を捨てて新しくはかった水を入れる。水っぽいカレーはね、良くないですよ。
「というか紡、俺の方ばっか見てるけど、自分のはいいのかよ。今回一人一つずつ作らなきゃいけないんだぞ」
「ちゃんと作ってる」
「ずっとここにいるじゃん。いつ作ってんだよ‥‥」
「だから作ってるって。ほら」
くいと動く視線に誘導されてみると、そこでは意味の分からない光景が繰り広げられていた。
――鍋を勝手にお玉がかき混ぜて、シンクで包丁やまな板が洗われている。
まるで見えない人間が動かしているように、独りでに道具が動いているのだ。
何でここだけポルターガイストみたいなことが起きてんだ。
「もしかして、念動糸か?」
「そう。訓練もかねて」
「俺にアドバイスしながら、魔法だけで料理してたってこと? 何を目指してんだよ」
「魔法を戦いにしか使わない方が変でしょ」
とんでもない正論を投げつけられ、俺は沈黙した。
守衛科にいると、魔法=戦いのための武器だが、実際ははそうではない。
ほとんどの人が魔法を生活を豊かにしたり、お金を稼いだりするために使っている。
俺自身、まだ『火焔』の使い方を狭めていたのかもしれない。
「‥‥」
「何してるの」
「いや、俺の魔法で煮込めないものかと」
「一歩間違えたらガスコンロ壊すからやめて」
「はい」
すみません。
そんなこんなで、無事にカレーが出来上がった。
きちんと水を量ったことで、とろりとした甘口のカレーが出来上がった。日本人全てが一度は口にしたことがある、お家カレーである。
これこそが王道である。
ちなみに俺の鍋から勝手にカレーをさらった撫子先生の評価は、
「悪くありませんね。悪くはありませんが、お家カレーだからといって基礎的な調理スキルをおろそかにしてはいけません。まずは野菜の大きさをそろえてください。豚肉は薄切りを使うのであればちゃんとほぐすことで食感が良くなります。普遍的に全ての人が美味しいものを作りたいのであれば、基礎的な下ごしらえを徹底することです」
という至極真っ当なものだった。
カレーでここまでぼろくそ言われるのはもはや才能すら感じる。
一方紡のカレーはチキンカレー。そして村正が作ったのは豆と羊のカレーだった。
「え、うま。両方ともうますぎるんだけど、どうなってんのこれ」
「材料が揃ってたからな。もう少し時間があれば、きちんと肉を柔らかく仕上げられたんだが」
「いや、十分うまいけど」
今回ばかりは村正のドヤ顔も許せてしまう。
俺の人間味あふれるカレーも美味しいけど、残念なことに負けを認めざるを得ない。
誰が食べても村正と紡に軍配が上がる。
というか普通に俺のと交換しないか。
「これ、食べる?」
「え、いいのか?」
指をくわえるまではいかないが、物欲しそうに眺めていたら、紡が自分の鍋に残っていたカレーをかけてくれた。
朝からランニング、午後には専攻練がある身だ。カレーライスなんていくらでも食べられる。
「‥‥かわりに、そっちちょうだい」
「このお家カレーか? 撫子先生にぼろくそ言われたやつだぞ」
「自分のは味見で飽きた」
「マジか、じゃあありがたく」
俺は紡からカレーを受け取った。なんでこんな短時間で鶏肉がほろほろになるのか、不思議で仕方ない。
「紡って料理上手だったんだな」
「少しだけ。お母さんに習ったから」
「紡のお母さんな。うちの母さんと違って優しくて美人で、羨ましかったなぁ」
傍若無人な姉と妹を従える我が家のビッグボスとは大違いだ。
俺が食べる様子を、紡がじっと見てくる。
「そう見られると食べ辛いんだけど」
「‥‥美味しい?」
「とっても」
ハイパーうまい。
「そ」
紡はそれだけを言うと、俺のお家カレーを食べ始めた。




