騎士団の会合
◇ ◇ ◇
時は週末、護と有朱が雲仙煙霞を倒した後に遡る。
桜花魔法学園で護たちの担任をする十善佐勘は、理事長室にいた。
今日は彼だけではない。一部の職員たちも同様にソファに座っている。
それら全員を見渡し、理事長――アークライトが口を開いた。
「皆も知っての通り、雪柳若葉がスパイとして活動をしていた。結果、大切な学生の一人を失うことになった。虫の侵入に気付けなかったことは全ての者の責任である」
アークライトの言葉を全員が黙って聞いている。今回の失態は許されざる事態だ。
雲仙煙霞が怪物に変わってしまったことは、この場にいる人間と雲仙本家の者だけが知る機密事項である。
「雪柳を操作していたものは、今回の発覚を機に、新たな手法を取るだろう。より卑劣に、より悪辣に。たとえ何が起きようと二度と、我が庭を汚すことは許されない」
アークライトはそこで言葉を切り、全員の顔を見渡して言った。
「『騎士団』の名のもとに、己の職務を全うせよ」
全ての者たちが去った後、部屋にはアークライトと十善佐勘だけが残った。
「佐勘、報告を聞いていなかったな」
「は」
「何故雲仙煙霞を止めなかった」
問われた言葉に、佐勘は微かに眉を動かした。
雪柳が雲仙煙霞に細工をしたのち、佐勘は彼を止めるために動いていた。何をされ、どんな影響が出ようとしているのか、あるいは助けることが可能なのかどうか。
それを見極めるため、煙霞の前に立ったのだ。
その瞬間を思い出す。
『雲仙君』
学校からの脱出は雪柳が手引きしたのだろう。彼を見つけたのは街の路地裏だった。
『‥‥ぁあ』
壁に背を預け、煙霞は答えた。
彼はその時、まだ完全な怪物にはなっておらず、微かな理性と人間性を保持していた。
それでも佐勘はその姿を見て即座に理解した。
もう、助からない。
見た目こそ人間の形を保持しているが、中身はまるで別物。何かを受け入れる準備をするように、生物としての素材が変質している。
もし奇跡的に原因を取り除けたとして、この変化を戻すことは不可能だ。
病気や怪我なら治すことも可能だっただろう。しかしこれは変質だ。
どうすることも出来ない。
その時、煙霞が壁から背を離し、自立した。
足元はおぼつかず、立っているだけでも身体の悲鳴が聞こえてくるようだ。
佐勘にはいくつかの選択肢があった。その中で正しいものが何かも理解していた。
その上で、口を開く。
『雲仙君、君は、どうしたいのですか?』
虚ろな目がこちらを向いた。そして、震える口が言葉を紡ぐ。
『――会いに、行く』
『‥‥そうですか』
佐勘は頷き、ふらふらと歩いていく生徒の背を見送った。
もしも煙霞が人間ではなくなっていれば、彼は一切の慈悲なくその身柄を拘束していただろう
しかし煙霞はまだ意識があった。願いがあった。
だから佐勘は見守ることを選んだのだ。もし何か重大な事態になる場合は、自分が責任を取るつもりで。
「全ては私の不徳のなすところ。申し訳ございませんでした」
本来なら護たちが倒した煙霞を回収するつもりだった。
あれが現れたことでそれさえも叶わず、おめおめと戻ったのだ。
アークライトは頭を下げる佐勘を見下ろし、静かに言った。
「謝る必要はない。それが最善だと判断したのだろう」
しかしだ、とアークライトは続けた。
「必ず虫飼いに報いを受けさせる」
明確な怒気に、部屋の温度が急激に下がった気がした。敵も本格的に動き始めている。それは間違いな
く、あの生徒が入学してきてからだ。
彼の存在、炎の魔法ついて、アークライトは何かを知っている。自分たちにさえ話せない何かを。
だが佐勘は問わない。主が話すべきでないと判断したのだから、それでいい。知るべき時が来れば、おのずと知ることになるだろう。
「承知しました。一つ、気になる情報が来ておりますが、いかがいたしますか」
佐勘はテーブルの上にあったタブレットを操作し、ある画面をアークライトに見せた。
全国各地にいる協力者からの情報だ。
アークライトは暫く考える素振りを見せ、表情を一転、笑ってみせた。
「あいつに回してやれ。どうせ退屈している頃だろう」
「よろしいのですか?」
全国から寄せられる情報は山のようにある。今回のこれは、その中でも佐勘が気になったものだ。何かがあると、直感が囁いている。その直感に頼り、これまで生きてきたのだ。
この情報の裏には、何かが潜んでいる。鬼か蛇か、あるいはもっと別の何かか。
しかしアークライトは悪戯を思いついた童女のように笑うばかりだった。




