資料探しと星宮さん
◇ ◇ ◇
熱狂の中、今年度一回目の桜花序列戦は幕を閉じた。
正確には桜花序列戦のランクマッチが終了した。
あれから俺はランダムマッチで三回戦い、序列は二十位まで上昇した。挑戦権はもう一回分残っていたが、使う気にならなかった。
王人は長曽根先輩との戦いを終え、その後の戦闘も危なげなく勝利し、最終的には三位に着いた。
そして最終日はいろいろな意味で伝説になる戦いが行われた。
実況も解説も一言も喋らなくなるあの時間は、間違いなく放送事故である。そんなあれやこれやがあり、土日のクールダウンを挟んで学校は平常運転に戻っていた。
昼休み、俺は五分で菓子パンを胃に詰め込むと、図書室へと向かった。
図書室には特殊なタブレットがあり、そこに個人IDでログインすると、桜花序列に合わせた資料を閲覧できるようになる。
今回で一気に二十位まで上がったおかげで、閲覧できる資料が凄まじい量になっていた。
ふーん、どっちかっていうと魔法に関係する資料がほとんどだな。
派生や進化についての情報が特に多い。効果だけでなく、実体験を基に、どのような鍛錬が必要かも詳しく記載されている。
そうか、どんな内容に閲覧制限がかかっているのかと思ったら、魔法の鍛錬方法がメインなのか。
桜花魔法学園の指導方向は、徹底した基礎訓練だ。
生徒たちが目先の新しい魔法に飛びつかないように、制限をかけているんだろう。
ついでに閲覧制限の強いものほど、マニアックな魔法が乗っている。
世の中にはおかしなものに全力を尽くす人がいるんだなあ。
しかしどれだけ探しても『火焔』やそれに類する魔法は見当たらなかった。
「‥‥ん?」
ただ様々な資料に目を通す中で、ある一つの文章が目に留まった。
魔法には複数の種類が存在することは誰しもが知ることであろう。
『固有』
『派生』
『進化』
通常の魔法にこの三種を加えたものが一般的に知られるものである。
『固有』は生まれながらに持つギフトであり、多くの場合唯一無二の魔法とされている。強力な魔法が多い反面、未成熟な子供が所有することで生活に課題が生じる場合もある。
紡の念動糸とか、百塚の百分率とかだな。二人とも日常生活で危険性があるものではないけど、そういうものばかりではないってことか。
たしかに炎系の魔法とか寝惚けて使ったら火事になるしな。幸いなことに俺はそういったことは起きていない。多分俺が無意識の時はホムラが火力調整してくれているんだと思う。安心安全設計。
『派生』は魔法の持つ特性を特化させたものである。言うなれば粘土細工の細部を変更するようなものであり、素材や、芯金を変えるものではない。
固有や進化に比べ見劣りするという見方もあるが、それは間違いである。派生を使いこなすことこそが魔法上達への道だ。魔法の特性を正しく理解し、それをどのように変化させていくのかというのは、非常に重要な力である。
ふーん、分かりやすい説明だな。
『火焔』で言うところの『象炎』みたいなものなのかね。村正とか魔法の使い方がめっちゃうまいイメージがある。
『進化』は魔法の本質が変化したものである。先の粘土細工で例えるならば、紙粘土と石粉粘土程の違いがある。一つの魔法から必ず特定の『進化』に変化するわけではなく、使用者の求める方向に合わせて進化する。進化には魔法への高い適合率、たゆまぬ努力、そして特別な経験が必要とされている。どれも抽象的な概念であるが、進化に辿り着く人間は、この三つの要素を必ず所有している。
『進化魔法』、か。この間星宮が使った『星天図盤』はとんでもなく強力で、汎用性の高い魔法だった。
たしかに星宮なら、三つ全て持っていると言われても納得する。
『火焔』も進化するんだろうか。ホムラなら「私の魔法は初めからパーフェクトですが⁉」とか言いそうだ。
ただ問題はここまでの文章ではなかった。
目を引いたのは次に書かれている内容だった。
しかし私はこの四種に該当しない魔法を見た。
資料にはそう書かれていた。
私が使用したわけではなく、使用者から話を聞いたわけでもない。ある怪物の討伐において、それを使うものがいた。
何故私が具体的な情報もなく、その魔法が既存の魔法に当てはまらないと断定したのか、それを言語化することは非常に難しい。
見た者は分かる。
そうとしか言いようがない事象だった。
多くの守衛魔法師チームを壊滅させたランク3との戦いは、その魔法によって明らかに潮目が変わり、私たちは勝利した。
既存の魔法に適合しない魔法。
俺の火焔も、それに近い気がする。ただこの人が書いているように、一目見ただけで分かるほどの異質さかというと、それとも違うような感じだ。
実はこの文章に注意を引かれたのは、ある言葉を思い出したからだ。
『『固有』、『派生』、『進化』、そして『覚醒』。魔法にはいくつかの種類があるが、そのどれとも違う。私は知りたい。知らねばならないのだよ。その魔法の全てを』
教授が言っていた言葉だ。
『覚醒』ってのが、ここに書かれている特別な魔法のことなのだろうか。
だとしたらそれはなんだ?
鬼灯先生なら何か知ってるかな‥‥。でもあの人脳筋だしな‥‥。魔法の種類とか『エナジーメイル』しか知らなさそうでさえある。
バレたら三つ折りにされそうなことを考えながら資料を漁る。
一回魔法のことは置いておこう。
俺が知りたいのはどちらかというと怪物についてだ。
雲仙先輩は何者かによって怪物に変えられてしまった。人と怪物が融合したような見た目には覚えがある。
ホムラを捕らえにきたレオールだ。
人語を操る怪物について、何か書かれてないもんかね。
昼休みをフルに使い、放課後も専攻練の後に図書室に寄ったが、結局目ぼしい情報は見当たらなかった。
「あー、そう簡単にうまくはいかないか」
「そう、何か知りたいことがあったのかしら」
「ああ。人みたいな見た目の怪物について――」
あれ、誰と会話してんだ俺。
横を向くと、ふわりといい香りがした。
「どうかしたの?」
妖精かと見紛うばかりの整った顔が、不思議そうに傾く。
「星宮‥‥びっくりするから普通に声掛けてくれ」
「普通に話しかけたつもりだったのだけれど‥‥」
いや、星宮の顔面強度はこの距離で直視すると衝撃が凄いんだよ。できれば三メートル手前くらいから「星宮有朱です!」と元気に宣言してほしい。
そうしたらこんなに心臓が跳ね回らなくて済む。
ふぅ、ホムラで耐性が無かったら心臓麻痺を起こすところだった。顔だけは流石の異次元種って感じだったからな、あの面白妖精。
星宮は俺の隣に座ると、タブレットを覗き込んできた。
「‥‥怪物について調べていたの?」
「まあ、な」
「この間話してくれた言葉を話す怪物のことよね」
俺は週末に星宮と会い、ホムラのことやレオールのことを話した。知らぬ間にそういう流れになって、いつの間にか話す場が作られていた。
こういうのが外堀を埋められるっていうんだなあと丸裸になった本丸で頷いたものである。
しかし今はそんなことよりも気になることがある。
「なあ星宮」
「何かしら?」
「なんでこんな時間に図書室に来たんだ?」
専攻練が終わってから来たから、時刻はもう七時を回っている。自習室ならともかく、図書室に来るような時間じゃない。
星宮はきょとんとした顔で答えた。
「たまたまよ」
そっか、たまたまかぁ。
「ここ最近、偶然会う機会が多い気がするけど」
「気のせいでしょう」
気のせいかぁ。
星宮がそう言うならそうなんだろう。俺の気にし過ぎか。
「私も実家の資料を探ってみたけど、残念ながら目ぼしいものは見当たらなかったわ」
「ありがとう。力を貸してくれるだけでも十分だよ」
「もう少しこちらでも探してみるわ」
「星宮も忙しいのに、いいのか?」
「桜花戦も終わったから、比較的手が空いているの」
星宮はそう言って笑った。とことんいい人だな。
俺と星宮はその日、学校が閉じる時間まで、二人で資料を読み続けた。




