表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/184

長曽根戦 二

    ◇   ◇   ◇




「ふぅぅぅうう」


 長く息を吐き、長曽根が立ち上がった。


 王人はそれを追撃することなく見守った。


 エナジーメイルで傷口を塞いだのだろう。赤いエフェクトが流出が止まり、長曽根が刀を構え直す。


 それでも受けたダメージが消えたわけではない。いくらエナジーメイルで身体を動かせるとは言っても、肉体と意識を完全に切り離すことは不可能だ。


 痛みは重しとなって肉体に圧し掛かる。


「今、とどめを刺しに来られただろう」


 長曽根が聞いた。その額には脂汗が流れている。


 その状態を確実に見極めながら、王人は不用意に踏み込まなかった。


「手負いの獣が最も恐ろしいと学んだんです」


 王人はこれまでとは違う種類の笑みを浮かべた。


「それに、まだ奥の手があるのでしょう」


 それは予測ではない。確信だった。


 長曽根虎丸という人間を、王人は中等部入学以来ずっと見てきた。


 彼の不幸は、入学した学年に万夫不当(ばんぷふとう)災厄(さいやく)、あるいは最悪がいたことだ。


 日向椿(ひゅうがつばき)


 天賦(てんぷ)の才を持ちながら、それを徹底して磨き上げる化物。


 彼女の恐るべき点は、努力を努力だと思わないことだ。長曽根や他の人間が血反吐を吐き、砂を噛みながら重ねる鍛錬を、彼女は全力で享受(きょうじゅ)する。


 多くの者が追うことを諦め、特別視することで納得した。


 あれは違う。


 あれに追いつこうとするのは間違っている。


 そうやって割り切ることで、心を守ったのだ。


 王人はそれを否定するつもりはない。結果的に日向椿の光によって学校を追いやられた人間は多数いるのだ。


 そうならなかっただけ、尊敬すべきだ。


 しかし長曽根虎丸はその妥協を、諦めを許さなかった。


 王人の知る限り、彼は毎年確実に己の剣技を高め、新たな魔法(マギ)を習得し、様々な戦術を試した。


 そんな先輩が、これで終わるわけがない。


「まったく‥‥本当は椿との戦いで見せるはずだったんだけどな」


 長曽根はそう言うと、刀を横に持ち上げた。そして左手で刀身をなぞる。


 魔法(マギ)の光を、炎が塗りつぶした。


「『エンチャント』×『ハンズフレイム』」


 長曽根の手に現れたのは、大気を(あぶ)る炎の刀だった。まるで松明のように長曽根の顔を照らしながら、ごうごうと音を立てるようだ。


 特定の魔法(マギ)を物質に付与する魔法(マギ)、『エンチャント』。


 事実上、二つの魔法(マギ)を掛け合わせるこれは、プロが使うような高等技術である。


「炎の刀ですか。素晴らしい魔法(マギ)ですね」


「僕はこれまで己の剣技を武器に戦ってきた。けれど僕は剣士じゃない、魔法師だ」


 長曽根はそう言うと、刀を構えた。


 威力も範囲も、先ほどとは桁違いだろう。


「‥‥」


 炎を見つめながら、王人はある友人の顔を思い出していた。


 彼の炎とどちらが熱いか、興味が湧いてくる。


 向こうが奥の手を抜いたのなら、こちらも抜くべきだろう。


 これまでの鍛錬で王人が鍛え上げてきた秘剣の一振りを。


 適性試験でさえ見せなかった、正真正銘、剣崎王人の本気である。


 王人は両手の平を合わせると、魔力(マナ)を注ぎ込む。


魔法(マギ)勝負といきましょう、長曽根先輩」



 光のアイコンを手の中で砕き、王人は両手を広げた。



「――」


 その時長曽根虎丸は、戦闘中だということも忘れて王人の手元に見惚れた。


 (てのひら)から光が零れた。


 違う。


 発光しているのではない。太陽の光が複雑な面で反射を繰り返し、キラキラと輝いているのだ。


 王人の手の中に現れたのは、硝子の翼だった。


 大鷲(おおわし)の片翼を剣に鍛えたような姿は、武器というよりも美術品にさえ見えた。


 美しい。


 しかし、恐ろしい。


 長曽根にはその正体がすぐに分かった。翼を形作る羽の一枚一枚が、全て刃なのだ。


 クリエイトソードは難しい魔法(マギ)だ。


 作り出す剣の長さ、暑さ、重さ、形。全てを正確にイメージしなければ、子供がフリーハンドで描いたような(いびつ)な剣が出来上がる。


 それをこのレベルで精密に操るのに、どれほどの鍛錬が必要になるのか、長曽根には想像もつかなかった。



「『羽拵(はねごしらえ)』」



 王人が翼の剣を構えた。


 長曽根も刀を構えたまま戦意をより研ぎ澄ませる。


 そして示し合わせたように地を踏みしめ、互いの秘剣を振り下ろした。


 燃え盛る長曽根の刃は加速と共に光を放ち、内に秘めた熱が唸り声を上げた。


 それに対し、王人の一閃は静かだった。


 羽の間を大気がすり抜けながら、斬り裂かれる。


 驚くべきはその切れ味。鋭利な断面はそれそのものが凶器と化す。


 炎と衝突する瞬間、王人の剣は無数の風の刃を(まと)っていた。




 羽拵、神渡(かみわた)し。




 剣は、触れ合うことさえなかった。


 風刃は炎を刻んで吹き飛ばし、裸になった長曽根の刀は軌道を変えた。


 そして王人の剣は何にも阻まれることなく長曽根の首を()ねた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ