長曽根戦 二
◇ ◇ ◇
「ふぅぅぅうう」
長く息を吐き、長曽根が立ち上がった。
王人はそれを追撃することなく見守った。
エナジーメイルで傷口を塞いだのだろう。赤いエフェクトが流出が止まり、長曽根が刀を構え直す。
それでも受けたダメージが消えたわけではない。いくらエナジーメイルで身体を動かせるとは言っても、肉体と意識を完全に切り離すことは不可能だ。
痛みは重しとなって肉体に圧し掛かる。
「今、とどめを刺しに来られただろう」
長曽根が聞いた。その額には脂汗が流れている。
その状態を確実に見極めながら、王人は不用意に踏み込まなかった。
「手負いの獣が最も恐ろしいと学んだんです」
王人はこれまでとは違う種類の笑みを浮かべた。
「それに、まだ奥の手があるのでしょう」
それは予測ではない。確信だった。
長曽根虎丸という人間を、王人は中等部入学以来ずっと見てきた。
彼の不幸は、入学した学年に万夫不当の災厄、あるいは最悪がいたことだ。
日向椿。
天賦の才を持ちながら、それを徹底して磨き上げる化物。
彼女の恐るべき点は、努力を努力だと思わないことだ。長曽根や他の人間が血反吐を吐き、砂を噛みながら重ねる鍛錬を、彼女は全力で享受する。
多くの者が追うことを諦め、特別視することで納得した。
あれは違う。
あれに追いつこうとするのは間違っている。
そうやって割り切ることで、心を守ったのだ。
王人はそれを否定するつもりはない。結果的に日向椿の光によって学校を追いやられた人間は多数いるのだ。
そうならなかっただけ、尊敬すべきだ。
しかし長曽根虎丸はその妥協を、諦めを許さなかった。
王人の知る限り、彼は毎年確実に己の剣技を高め、新たな魔法を習得し、様々な戦術を試した。
そんな先輩が、これで終わるわけがない。
「まったく‥‥本当は椿との戦いで見せるはずだったんだけどな」
長曽根はそう言うと、刀を横に持ち上げた。そして左手で刀身をなぞる。
魔法の光を、炎が塗りつぶした。
「『エンチャント』×『ハンズフレイム』」
長曽根の手に現れたのは、大気を炙る炎の刀だった。まるで松明のように長曽根の顔を照らしながら、ごうごうと音を立てるようだ。
特定の魔法を物質に付与する魔法、『エンチャント』。
事実上、二つの魔法を掛け合わせるこれは、プロが使うような高等技術である。
「炎の刀ですか。素晴らしい魔法ですね」
「僕はこれまで己の剣技を武器に戦ってきた。けれど僕は剣士じゃない、魔法師だ」
長曽根はそう言うと、刀を構えた。
威力も範囲も、先ほどとは桁違いだろう。
「‥‥」
炎を見つめながら、王人はある友人の顔を思い出していた。
彼の炎とどちらが熱いか、興味が湧いてくる。
向こうが奥の手を抜いたのなら、こちらも抜くべきだろう。
これまでの鍛錬で王人が鍛え上げてきた秘剣の一振りを。
適性試験でさえ見せなかった、正真正銘、剣崎王人の本気である。
王人は両手の平を合わせると、魔力を注ぎ込む。
「魔法勝負といきましょう、長曽根先輩」
光のアイコンを手の中で砕き、王人は両手を広げた。
「――」
その時長曽根虎丸は、戦闘中だということも忘れて王人の手元に見惚れた。
掌から光が零れた。
違う。
発光しているのではない。太陽の光が複雑な面で反射を繰り返し、キラキラと輝いているのだ。
王人の手の中に現れたのは、硝子の翼だった。
大鷲の片翼を剣に鍛えたような姿は、武器というよりも美術品にさえ見えた。
美しい。
しかし、恐ろしい。
長曽根にはその正体がすぐに分かった。翼を形作る羽の一枚一枚が、全て刃なのだ。
クリエイトソードは難しい魔法だ。
作り出す剣の長さ、暑さ、重さ、形。全てを正確にイメージしなければ、子供がフリーハンドで描いたような歪な剣が出来上がる。
それをこのレベルで精密に操るのに、どれほどの鍛錬が必要になるのか、長曽根には想像もつかなかった。
「『羽拵』」
王人が翼の剣を構えた。
長曽根も刀を構えたまま戦意をより研ぎ澄ませる。
そして示し合わせたように地を踏みしめ、互いの秘剣を振り下ろした。
燃え盛る長曽根の刃は加速と共に光を放ち、内に秘めた熱が唸り声を上げた。
それに対し、王人の一閃は静かだった。
羽の間を大気がすり抜けながら、斬り裂かれる。
驚くべきはその切れ味。鋭利な断面はそれそのものが凶器と化す。
炎と衝突する瞬間、王人の剣は無数の風の刃を纏っていた。
羽拵、神渡し。
剣は、触れ合うことさえなかった。
風刃は炎を刻んで吹き飛ばし、裸になった長曽根の刀は軌道を変えた。
そして王人の剣は何にも阻まれることなく長曽根の首を刎ねた。




