長曽根戦 一
◇ ◇ ◇
剣崎王人は長曽根虎丸を前に、構えることも、魔法を発動することもしなかった。
胸が高鳴っている。魔力は全身に満ち、筋肉は今にも動き出そうと震えている。
長曽根は左手の親指を鍔にかけながら、王人へ話しかけてきた。
「剣崎君、一つ聞いてもいいかな」
「もちろんです」
「どうして初戦に俺を選んだのかな?」
それは尤もな疑問だった。いくら十一位に着けようと、三位の長曽根を初戦の相手に選ぶのは普通ではない。
十位から四位までの生徒たちも、エリートが揃う桜花魔法学園でも選りすぐりの実力者たちだ。彼らを飛ばして長曽根に挑むというのは、傲慢でさえある。
理由は単純である。
「本当は日向先輩と戦うつもりでしたが、マッチングが成立しなかったんです」
「やっぱりそういうことか。挑戦者が複数いる場合は、順位の近い相手を優先的にマッチングするからね」
基本期には申し込み順で処理されるマッチングだが、同時期の挑戦者が多い場合は、申し込まれた側に順位が近い人間が優先されるようになっている。
百位が一位に申し込むような事態を防ぐための措置だ。
「だからまずは三位の座を取りにきたわけだ」
「はい。凛善先輩も残念なことに対戦が叶わなかったので」
「あー。彼は彼で人気者だからね」
どこか濁すように長曽根は笑った。
「ごめんね、変なことを聞いて。僕が選ばれたのか、妥協の着地点なのか知りたかったんだ」
「すみません」
「謝ることじゃない。僕だって同じ立場なら一位を狙うさ」
そう、それでいいのだと長曽根は笑う。守衛魔法師は市民の守護者だと言われているが、その本質は違う。
怪物と命を懸けて殺し合いをするなんて、真っ当な精神では出来ない。
正義や大義だけではない。強くなりたいという心を焦がす熱情。
それこそが守衛魔法師として強くなるために必要なものだと長曽根は思う。
「それじゃあ、始めようか」
長曽根は足を開き、腰を落として構えた。
瞬間、表面化する殺意。
王人はにこやかな顔のまま軽く目を細めた。圧がビリビリと肌に突き刺さる。
桜花魔法学園にいる生徒たちのほとんどは実戦経験を積んでいない。当たり前だ、まだ守衛魔法師としてのライセンスを所有していないのだから、怪物との交戦経験はなくて当然。
しかしこの殺意のなんと鋭いことか。
桜花序列戦はエディさんの作り上げた異空間で行われる。一切手加減のいらない戦闘が可能だ。
長曽根が一戦一戦にどんな思いをかけているのか、構えを見ただけで理解できた。
王人は指を緩く握りこみ、魔法を発動する。
両手に顕現するのは硝子の剣だ。
踏み込んだのは長曽根だった。
大きな体は深い墜落によって、王人の半身よりも更に低くなる。
気づいた時には見下ろす位置に長曽我がいた。
白刃の閃きが跳ね上がってきた。
王人も両手の剣を重ねて応える。
甲高い音を立ててクリエイトソードが砕け、王人の上半身が上に弾けた。
凄まじい威力の切り上げ。
だが本命はこれではない。
この一手はあくまで崩し。
空へと掲げられた銀の切っ先が、獰猛な光を帯びた。
「ハッ‼」
落雷の如き斬撃が振り下ろされた。
生徒たちの多くは、この一撃を受けることも、躱すこともできずに沈む。
交錯は一瞬だった。
赤いエフェクトが散り、王人は後ろに大きく弾き飛ばされ、着地する。
その身体に、傷は一切なかった。
「‥‥流石だね」
刀を振り下ろした姿勢のまま、長曽根が呟いた。
その右肩には赤い裂傷が刻まれ、血の光をこぼしていた。
攻めの流れを作ったのは長曽根であり、圧倒的有利にいたのも長曽根のはずだった。
しかしその瞬間、王人は恐るべきばねで回転しながら跳び上がった。
それだけではない。『クリエイトソード』で足に刃を作り出し、回避と攻撃を両立させたのだ。
当然長曽根の身体はエナジーメイルで覆われていたが、そんなことは意にも介さず鋭い刃が肩を切り裂いていった。
エナジーメイルがあるため、多少の傷を負っても動くことはできる。
それでも痛みは確実にパフォーマンスを低下させる。
王人は両手に短剣を作り出すと、今度は自ら踏み込んだ。
短拵、黒南風。
振るわれる長曽根の刀をかいくぐり、密着しながら双剣を振るう。
重く、粘りのある斬撃を四方から繰り出す。
長曽根は脚を動かし、自分に有利な間合いを取ろうとするが、王人はそれを許さない。
身のこなしの軽さは、確実に王人に軍配が上がる。
更に剣の速度が転調した。
荒南風。
剣速が一気に上がり、斬撃が乱れ飛ぶ。
「っ⁉」
これまでの攻撃とはまるで違うリズムに、長曽根の対応が明らかに遅れた。一気に傷が増え、赤いエフェクトが空に線を描く。
長曽根が魔法を発動。光のアイコンが弾け、紫電が周囲に爆ぜた。
「『サンダースパイン』」
雷撃が針のように全身を覆い、強引に王人を引きはがす。
サンダーウィスプの派生。近接戦闘を強引に中断させる魔法として非常に重宝されている。
当然、王人が対策していないわけがない。
着地と同時に全身の筋肉を捻転させ、エナジーメイルをフル稼働させる。
爆発的な加速をもって、右手の剣を投擲した。
白南風。
斬撃から一転の刺突。しかも完全に間合いの外からの一撃は、長曽根の虚を突くには十分だった。
エナジーメイルが砕かれ、魔力の光が粒子となって舞う。
「‥‥っかは」
脇腹を切り裂かれた長曽根が、その場で膝を着いた。
◇ ◇ ◇
『っ‥‥! くそ、なんだよそりゃ』
冷え切った教室の中に、大狼先輩の声が響いた。
まったくもって同じ気分だ。
三位対十一位、三年生対一年生。誰が見たって王人が圧倒的に不利なはずの対戦カード。
しかし蓋を開けてみればどうだ。
圧倒である。
長曽根先輩は手も足も出ず、王人が一方的に攻撃をしている状態だ。
「長曽根先輩って、強いんだよな」
我ながらあまりにも間抜けな質問だ。そんなの聞かなくたって見れば分かる。
それでも聞かずにはいられなかった。
紡が一度息を吐き、それから教えてくれた。
「強い。正直、普通の学生が目指すべき到達地点にいる人だと思う」
「到達地点?」
「魔法の威力は地道な鍛錬で上げるしかない。手っ取り早く強くなりたいんだったら、武機の扱いを上達させた方がいい」
「物理的に殴った方が早いってことか」
「武器使った方が強いのは当然でしょ。だからエナジーメイルが必修なの」
たしかに。
そのせいで危うく退学になりかけたし。
「長曽根先輩はそういう意味では学園最高峰の実力者。エナジーメイルの練度も、剣術もトップクラス」
「じゃあ、この状況は」
俺の言葉に紡は歯噛みした。
「――剣崎君が強すぎる」
「‥‥」
結論はそうなるんだな。
話を聞く限りだと、長曽根先輩はおおむね王人と同じ戦闘スタイルだ。武機を使うか、クリエイトソードを使うかという違いはあるが。
そうなれば、実力差は如実に表れる。
『これは、凄まじい攻防です。私の目には長曽根選手が攻撃を仕掛けたように見えたのですが、いつの間にか状況は一変。剣崎選手の攻撃が長曽根選手にダメージを与えています』
『たしかに攻めにいったのは虎丸だ。剣崎はそれにカウンターを入れて、一気に流れを持っていった』
『最初の一瞬が流れを決めたということでしょうか』
『相手は虎丸だぞ。普通ならそれだけじゃ決まらない。その後の剣崎の攻撃が‥‥鮮やかだった』
大狼先輩は言い辛そうに言った。
先輩から見ても、王人の動きは圧巻だったんだろう。
俺の荒っぽい攻撃とはまるで違う。流れる水のように、あるいは木立を抜ける風のように、王人の攻撃は予定調和のように敵を斬り刻む。
『さぁ長曽根選手、手痛い一撃に膝を着いてしまったが、ここからの巻き返しは果たしてあるのか!』
聞こえていない実況の声に応えるように、画面の中の長曽根選手が立ち上がった。
その目はまだ戦意に燃えている。
何かするつもりだ。




