星が照らし出すもの ―星宮―
◇ ◇ ◇
自分自身を酷い女だと思う。
星宮有朱は煙龍を引きつけながら、自分を客観的に評した。
雲仙煙霞が怪物に変化した時、驚いたし、ショックだった。少なからず知っている人間が怪物に変わったのだから、悲しいとか、辛いという気持ちもある。
ただ何より一番に感じたのは、安心感だった。
どんな敵が現れても、信じられない出来事が起きても、隣に真堂護がいる。
それだけで、「ああ、今で良かった」と思ってしまった。
だから酷い女なのだ。
守衛魔法師を志す者としてあるまじき考え。そしてそれをよしとしている自分がいることに、有朱は何より驚いていた。
『約束する、俺が君を守る。だから、星宮は俺を守ってくれ』
その言葉を聞いた時、心の奥深くにあった何かが響いた。
引き出しの向こう側で、開けて欲しいと身体を揺らしている。
その揺れが心地よくて、むず痒くて、取っ手に手をかけて何度も深呼吸をしている。
きっと今開けるべきものじゃない。
開けてしまったら、自分がどうなるか分からない。
それでもその響きが力になる。
桜花戦で煙霞に負けて良かったと、今なら思えた。
あの経験があったから、自分の立ち位置が、何が必要なのか見極められた。
そこに至るためには才能と、それを磨き上げる努力が必要である。
そして、最後の見えない階段を上るための、特別な気付き。
星宮有朱の気付きとは、挫折と悪意だ。
全ての者が正々堂々戦うわけではない。世の中は狡く、悪意のある者の方が有利だ。
その事実を知った上で、有朱は求める。
世界が不条理だというのなら、悪意に満ちているというのなら、それを乗り越えるだけの力を。
己の正しさを真っ直ぐに貫く光を。
「完璧よ、真堂君」
煙龍が有朱を諦め、空に高く上がった。
そして雲仙煙霞と共に落ちてくる。
禍々しい曇天が、一本の槍となって全てを砕かんとする。
――もう、負けない。
「次は、私の番」
彼を守るのは、自分なのだから。
「進化魔法――星天図盤」
夜空に広がるのは星の煌き。
それらが白光の線で繋がり、星座を描き出す。
今この瞬間、スターダストから進化した魔法。しかしその使い方は初めから知っていたかのように頭の中にあった。
星屑の弾丸は、繋いで座にすることで、特殊な効果を得る。
描き出すのは、正確無比な射手。
「『サジタリウス』」
星座から放たれる流星の一射が暗雲を貫き、煙霞の胸を穿った。
「ぁぁあああああああアアアアアアア‼」
その一撃はエナジーメイルと外殻によって威力を削がれ、貫くまでは行かなかった。
煙霞は怪物としての本能か、即座に有朱を脅威と認め、煙を噴出した。
龍は八本の首に分かれ、怒涛と有朱に襲い掛かる。
「――」
『イーグルアイ』を発動した有朱はそれらの動きを全て予測し、上空から流星の矢を降らした。
動きが見える。先が分かる。
――なら、撃ち落とせる。
ガガガガガガガガ‼ と光の矢が降り注ぎ、黒煙を地面に縫い付ける。
「ッ――⁉」
全ての龍を撃ち落とした瞬間、煙が爆発的に広がった。夜を更なる闇が覆いつくし、視界の全てが真っ暗に染まった。
何も見えない暗闇の中、煙だけが蠢く。
加速し、突っ込んでくるのだろう。
「‥‥」
防御したところで貫かれる。躱したところで次が来る。
迷ったのは一瞬だった。
有朱は指を空に向け、星座を描き直す。
間髪入れず、その時は来た。
――ああ、やっぱり。
有朱は真正面から突っ込んできた煙霞に向けて指を振り下ろした。
何故煙霞が正面から来るのか分かったのか、特別な理由はない。
あの時の桜花戦でも、煙霞は正面から有朱を突き殺した。
そこに何か特別な理由があったのか、今となっては聞くこともできない。
ただこの瞬間二人の思考は噛み合った。
それだけが、事実だった。
「『ヴィルゴ』」
煌ッと複雑に編み込まれた光の柱が空から落ちてくる。
流星の螺旋は煙霞を捉え、その動きを封じ込めた。『サジタリウス』が正確無比な射撃だとすれば、『ヴィルゴ』は精緻な星の糸。
一本一本ならか細い光も、縦横無尽に重ねれば怪物さえ拘束する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼」
光に煙を弾かれた煙霞は、それでも尚動きを止めなかった。
強引に踏み込み、『ヴィルゴ』を引き千切りながら角を振り上げる。
当たれば必死の一撃を前に、有朱はただ煙霞の目を見ていた。
自分にこの角は届かない。
だって、約束したのだから。
「十煉――」
有朱の前に、真堂護が踏み出した。
煌々と燃える右の拳を構え、その目は真っ直ぐに煙霞を射抜いていた。
──そうだ。
この炎に目を、魂を焼かれた。
自分の命を燃やすような熱量に、本物の覚悟を見た。有朱がずっと言葉だけで語ってきた理想を、彼は行動で示す。
「お、お、ォォォオオオオオオオオオオ!」
振り下ろされる角に、護は拳を撃ち出す。
「振槍ぉおおお‼‼」
火ッ‼ と赤い花が開いた。
少なくとも後ろにいる有朱にはそう見えた。
圧縮された炎が十の花弁となって開き、黒煙が消し飛ぶ。
一拍遅れて衝撃波が夜を蹂躙し、煙霞の身体が地面を転がった。
砕けた角の破片が火の粉に照らされながら落ちていく。
どこか幻想的にさえ見える景色の中、有朱の目にはそれさえも映っていなかった。
「――」
拳を握ったままの護の背から、目を離すことができなかった。




