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煙霞戦 二

    ◇   ◇   ◇





 真堂護が目の前に現れた時、煙霞の心は不思議と凪いでいた。


 一対三に加えて、真っ向勝負という、潔くこちらを馬鹿にする行動の数々。普段なら頭の血管が千切れてもおかしくないが、今は一周回って落ち着いていた。


 もはや護が何をしてこようが、やることは一つ。


 徹底的に打ちのめすのだ。


 学校のいうペナルティなど知ったことじゃない。ドロップアウトさせずに屈辱を与える方法などいくらでもある。


 顔に泥を塗られたのだから、この怒りは相手の尊厳を踏みにじることでしか晴らされない。


「――」


 護が構えた。遠距離攻撃でちまちま仕掛けてくるタイプじゃない。


「八知、真っ直ぐに来る。燃やされないように貫通力高めで。近郷、相手は正面衝突がお望みだ。止められるよな」


「了解」


「当たり前だ」


 八知も近郷も素直に頷いた。この間の有朱との戦いでは我の強さに悩まされが、結果としてチームとして団結力は高まった。


 そして護に馬鹿にされたと感じているのは煙霞だけではなく、二人もだ。


 前回以上にモチベーションは高い。



 ――あんまりつまんない終わり方はしないでくれよ。



 三人がそれぞれの武機(マキナ)を構えると、護が一歩目を踏み出した。


 大地を踏みしめると同時に、両手を後ろに構え、爆縮(ブースト)を使って更なる加速を得る。


 同時に八知が一射(いっしゃ)を放っていた。


 どれだけ速かろうが、真っ直ぐに来るのなら当てるのは容易い。


 矢の速度に護自身の速度が加算され、その一射は(つる)から離れた瞬間には、護の眼前へと迫っていた。


 狙ったのは足。護に再生能力があることは分かっているのだから、まずは厄介な機動力を奪ってから、針山にするつもりだった。


 ガキィン‼


 硬質な音と共に矢が軌道を変えて地面に突き刺さった。


 魔法(マギ)ではない。


 左手に装着した『黒鉄(クロガネ)』で弾いたのだ。


「はぁっ――⁉」


 八知は思わず声を上げ、気持ちの乱れた二本目の矢はあらぬ方向へと飛んでいった。


 防がれるか避けられる可能性は考えていたが、まさか拳で弾かれるとは思わなかった。


「ふん」


 八知の失敗を埋めるように、近郷がエナジーメイルを纏って前に出た。


 エナジーメイルを普段よりも分厚く張り、両手を前に腰を落とす。


 ランク2の外殻すら破壊する護の攻撃は脅威だが、受けられる。


 前の試合の時は武藤、有朱と遠距離攻撃に苦しめられ、最後は肉壁になるしかなかった。


 しかし今回は違う。


 気力体力共に十分。


 近郷にとっても特異な土俵での戦いとなれば、止められないわけがない。


 ――初撃を掴み、地面に投げ落とす。


 近郷の見立ては間違っていなかった。彼の実力を考えれば、真正面から突っ込んでくる護を止めることは十分に可能。


 煙霞もそれが分かっていたから、近郷にその役目を任せたのだ。


 油断はなく、魔力(マナ)は全身に充足し、エナジーメイルは滑らかに駆動した。


 護と衝突するタイミングを確実に見極め、重心を前にずらす。


 近郷の間合いに護の一歩が踏み込んだ。


 瞬間。


「な――⁉」


「――」


 護の姿が消えた。


 最後の一歩が爆発的な加速を生み出し、近郷の視線が追えぬ速度で懐に踏み込んだのだ。


 振槍の原理をもって地面を蹴りぬく鬼灯薫直伝の歩法、『雷脚』。


 加速は重さとなり、重さは力となる。




 五煉振槍(ごれんしんそう)




 近郷の巨体が後ろに吹っ飛んだ。


「おいおいマジか⁉」


 多少のダメージは想定していたが、まさか鎧袖一触で薙ぎ払われるとは思っていなかった。


 煙霞が一拍遅れて槍を突きこむ。


 護はそれを避けると、爆縮(ブースト)で再度加速した。


 槍の間合いから逃げ、そのまま通りに面したアパートへと飛び込んだ。


「どうする煙霞(えんか)!」


「悪い手じゃないけど――」


 八知の言葉を無視して思考に潜る。


 アパートなら射線を切れるし、槍も使い辛い。


 そういう意味では正しい選択だ。


 ただ煙霞の得意な魔法(マギ)は、こういった状況でこそ強い。


「八知、窓際に追い込むからそこを狙え」


「──了解」


 煙霞はアパートの入り口に駆け寄りながら、『スモークロウ』を発動した。


 アパートの中を全て煙で埋め尽くす。


(いぶ)り出してやるよ」


 煙の中では、護の動きが全て分かる。


 こちらの動きを制限するつもりで狭い場所に逃げ込んだのだろうが、逆効果だ。


 一方的に攻め立て、たまらず飛び出したところを八知が射抜く。


 煙は思ったよりも早く、そして近い場所で護を捕捉した。


「は?」


 その時、既に護は動き出す瞬間だった。




 『雷脚』。


 『爆縮(ブースト)』。



 

 重ね掛けした加速によって、弾丸の如き速度で駆け出した。


 真っ直ぐに突っ込んでくる護に対して、煙霞は慌てて槍を構えた。


 建物全体を煙で覆うつもりだったのが災いし、その切り替えが一瞬遅れた。


 護はその隙を見逃さない。


 槍の間合い一歩外、『雷脚』によって、斜め上へとベクトルを変える。


 狙いは煙霞ではなく、その上の小さな隙間だった。




「ッ──⁉︎」


「──」



 

 構えた煙霞の上を、すり抜けるように護が通り過ぎる。


 爆縮(ブースト)によって、空中で推進力を得て、速度を落とすことなく空を切り裂いた。


 火炎の尾を引く護が向かうのは、驚愕に目を見開く八知だ。


 八知にしてみれば、突然目の前に現れたに等しい。


 それでも彼女は正確に矢を放った。速度、貫通力重視の一矢は、今度こそ狙い違わず護の額へと吸い込まれる。


 刹那、護は思いもよらぬ動きを見せた。全身に捩じりを加え、獲物に飛びかかる獣のように肉体をしならせる。




 毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)──三煉閃斧(さんれんせんぶ)




 (ダン)ッッ‼︎


 赤い円弧が、矢ごと八知を粉砕した。


 炎は光となって砕けていく八知の身体を飲み込み、その一片すらも逃すまいと喰らい尽くす。


 試合が始まって数分、一人目のドロップアウトが決まった。


 その事態を振り返った煙霞が確認した時、


「真堂ぉォオオおおおおおおおおおおお!」


 ゴッ! と地面を砕かん勢いで、近郷が護に突進を仕掛けた。


 五煉振槍(ごれんしんそう)を防いだ左腕は消し飛び、全身に酷い火傷のダメージを負っている。


 しかしその目は一層の戦意を宿し、裂帛(れっぱく)の気合いは巨体を何倍にも大きく見せた。


「ふんっ!」


 それでも近郷の戦士としての本能は冷静だった。


 衝突する直前、地面に拳を振るい、『アースビート』を発動。


 龍ヶ崎との戦いでは地面を揺らして機動力を奪ったが、今回は違う。


 畳返しのように護の背後の地面が跳ね上がり、背後から襲い掛かったのだ。


 一瞬にして生み出される挟撃の形。


「はぁあああああああああ‼︎」


 龍ヶ崎の時には油断があった。一撃目は虚を突かれた。


 今ばかりは違う。


 近郷にとって最も得意な間合い、状況。


 振り下ろした拳は逃げ場のない護の頭を一撃で粉砕──、




 毀鬼伍剣流(ききごけんりゅう)──花剣(かけん)




 黒鉄(クロガネ)(あぎと)を開き、炎刃(えんじん)(とも)す。


「ふ――」


 滑らかな一閃が、音もなく近郷の胴をすり抜けた。


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