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試験の終わり

    ◇   ◇   ◇




 ああ、やっぱり駄目だったか。


 誰かが言った。試験官たちの間には同情するような諦めの空気が広がっていた。


 スクリーンの中で始まった星宮有朱(ほしみやアリス)剣崎王人(けんざきおうと)の戦いは、予想から大きく外れることなく、王人の勝利で終わろうとしていた。


「やっぱり今回の試験は剣崎君に軍配が上がりましたね」


 女性教員は戦いを見守りながら、呟いた。


 有朱も動きは悪くなかった。即座に距離を取り、追いかけて来る王人に確実に魔法(マギ)を撃ち込んだ。


 狙いは正確、タイミングも完璧だった。内部生であっても、多くは彼女の魔法(マギ)に反応できなかっただろう。


 しかし王人は違う。


 彼はそれをいとも容易(たやす)く防ぎ、返しに有朱の脚を奪った。撃ってくることを予測しながら、なお最短距離を踏み込んだのは、有朱を見失ったら自分が不利になるという判断からか。


 その判断と、正面から罠を突破できる力があるから、彼は強い。


 こうなれば、決着はついたも同然。


 羽をもがれた蝶のように、有朱は逃げることもできなくなった。


 誰もが二人の結果を見通し、スクリーンから手元のタブレットに視線を落とそうとした。


 流れが変わったのは、その瞬間だった。


 何者かが、二人の間に落ちきてたのだ。


 何度も試験を見てきた教員たちも、このアクシデントはそうそう見たことがなかった。


「え、誰だよこの子」


「ジャージだし、外部受験でしょう」


「また間の悪いところで入って来ちゃったなあ」


「というかどっから落ちてきたんだよ」


 彼はスポーツ用のジャージを着た受験生だった。見たことがない、外部からの受験生だ。魔法(マギ)を発動しているのか、全身から火の粉が散っている。


 状況だけを見れば、少女を助けに入ったヒーローのように見えなくもない。


 しかし女性教員の目には、それはあまりにも滑稽で、哀れに映った。彼もまた夢と自信を持ってこの学校を目指したのだろう。


 それが分かるからこそ、勝てるはずがない戦いに気付くこともなく割り込んでしまったのは、見るに()えない。単純な勝敗だけで試験結果は決まらないが、王人が相手では、力を見せる時間もなく終わる。


 他の教員でも同じように思った人がいるのか、ため息が聞こえた。


 逃げてほしい。


 ここは試験の場だ。自分のために動いても誰も文句は言わない。ここで有朱を守ったところで、彼には何の得もない。


 しかし女性教員の心中に反して、ジャージの少年は拳を構えた。


「‥‥」


 見ていられない。


 そう思い顔を下げようとした時、隣に座る初老の教員が口を開いた。


「よく見ておきなさい。この試験は戦いの力だけを見るものではありませんよ」


 綺麗事が、今は癪に触った。


「それでも、結果が伴わなければ、ただの蛮勇です」


「ええ、そうかもしれません。しかし私たちが求めているのは守衛魔法師(ガード)としての志を持った者です。どんな時でも、困難を打ち砕くのは、前に進む意志に他ならない」


 その言葉に女性教員は再びスクリーンを見た。


 顔を上げて気付く。周りの試験官たちも、結構な人数が楽しそうに二人を見ていた。見るのを止めたのは、若い教員が中心だ。


 結果なんて見え透いているのに。


 そう思う彼女に、初老の教員は楽しそうに言った。


「それに、この戦いはどうにも面白いものが見られるかもしれませんよ」


 目を細める彼のタブレットには、映像ではなく受験生の情報が映っている。


 まるで舞台でも見てるかのような空気の中、二人はぶつかった。


 大方の予想では、一撃決殺。


 王人が瞬時に首を()ねて終わるだろうと思われていた。


 しかし現実は思惑から逃れるように、うねった。


「おっ!」


「すごいな、一発避けたぞ」


 ジャージの少年は王人の剣を間一髪のところで避けた。 


 試験官たちが口々に驚きの言葉を呟く中で、さらに驚愕の展開は続く。


 少年は王人の剣を(さば)き続けたのだ。


 その剣の鋭さは、教員である試験官たちが一番よく知っている。エナジーメイルを(まと)っていようが、それごと両断する埒外(らちがい)の切れ味だ。


 予想に反して、少年はそれを受け続けた。


 それを可能にしているのは、少年から放たれる炎だ。


「なんだ、あの魔法(マギ)‥‥?」


 魔法(マギ)のプロである試験官たちをして、見たことがない魔法(マギ)。火を発生させる魔法(マギ)として有名なものに『ハンズフレイム』があるが、それとは明らかに違う。


 受験生の情報を表示させれば、それを確認することは可能だった。


 だが、誰もそれを行わなかった。


 一瞬たりとも目を離すことができなかったのだ。


 それはもはや刹那の決着(ワンサイドゲーム)ではない。確かな戦いだった。


 しかし受けるばかりでは勝てない。王人の攻勢は苛烈さを増し、双剣が恐ろしい光を閃かせながら、炎を刻んで畳み掛ける。


 このままでは、何もできず押し切られるだろう。


 少年もそれが分かっているのか、強引に拳を当てに行った。


 それでも届かない。王人はそれを軽やかに避け、反撃を入れた。


 そして戦いは佳境を迎えた。


 王人が構えたのだ。今までよりも更に速く、矢の如く少年の懐に潜り込み、一気呵成(いっきかせい)に攻め立てた。


「あっ──」



 思わず声を出してしまった。


 少年が起死回生を狙った一撃が、空を切ったのだ。完全に動きが読まれている。


 王人がその隙を逃すはずもない。踏み込み、十字の斬撃が少年を切り裂いた。


 終わった。


 そう思ったのは彼女だけではなかっただろう。


 少年の身体が衝撃に揺らぎ、光が血のように噴き出す。


 どんな困難をも打ち砕く、前へと進み続ける意志。それは極限の状態でこそ光り輝く。


 誘い込んだのだと気付いた時、今にも崩れ落ちそうな少年の腕が(まばゆ)く火を噴いた。




(しん)――(そう)‼』




 拳が王人の胸を打ち抜いた。


 それは誰が見ても致命傷となる一打。信じられない現実を示すように、王人の身体が光となって崩れていく。


 一人として見ていなかった未来。


 それを掴み取った少年は、スクリーンの向こう側で雄叫びを上げた。


「嘘──」


 呟きと共に肩が震えた理由は、自分でも分からなかった。


 その後試験官室は稀に見ない程の盛り上がりを見せ、真堂護という名は多くの教員たちの中で知られることとなる。


 その中には数名、唇の端を持ち上げる者たちがいたことに、ほとんどは気づかなかった。


 波乱の試験はそれから一時間続き、己の力を示した者、涙を流した者、多くの思いを飲み込んで幕を閉じた。










 国立桜花魔法学園高等部──守衛科。合格者数、六六名。

 推薦合格者、六名。三四名が中等部からの進学生、二六名が外部からの入学生となった。

 その中には、確かに真堂護の受験番号が記されていた。


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