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煙霞戦 一

 九月十二日。桜花戦が始まって五日目だ。


 お祭り騒ぎで始まった桜花戦はこの一週間で盛り上がり続けていた。実際、序列が高い者同士の戦いは後半に集まる。


 学校側によって、意図的に分けられているのだ。


 つまりこの日は前半戦最終日。試合のレベルも上がり、後半戦に向けて序列がどのように動くのか、皆が注目していた。


 その中で、異質な視線を集める試合が一つ。


 チーム戦にもかかわらず、その人数は一対三。


 真堂護 対 雲仙煙霞の戦いは、生徒たちを否応なく惹きつけた。


 護は魔法(マギ)が一つしか使えない不適合者であり、星宮の手柄を掠め取る卑怯者であり、瞳に刻印をもつ異形の者である。


 小さな嫉妬から始まった噂は、真実を知らない者たちの間でぶくぶくと肥え太り、もはや別種の何かと化していた。


 たとえどんな活躍を見せても、気味が悪い、何か裏があるのではという視点がついて回る。


 しかし怖いもの見たさというものも本能であり、生徒たちは護が何をしようとしているのかと、考えずにはいられなかった。


 一方の煙霞もまた、前半戦で最も話題となった人間だ。敵を肉盾にするという常軌を逸したやり方で星宮有朱を下した男だ。


 高潔で清廉を求められる守衛科の中で平然とそれを為す姿は、目を引く。


 そんな二人の戦いだ。展開がまるで予想できない。


 戦いの場に選ばれたのは奇しくも有朱たちが戦った住宅街マップだった。




『さあさあ、ついに始まりました! 月曜日から始まった桜花戦も一週間を終え、これが本日最後の一戦となります。対戦方式はチーム戦。リーダーはそれぞれ一二〇位、真堂護。三五位、雲仙煙霞。実況は私白瀬言葉(しらせことは)がお送りします』




 ハイテンションな実況が売りの白瀬だが、今日ばかりは言葉に落ち着きの色があった。


 特に前回の煙霞が取った戦法がネットに流出しており、世間から厳しい目を向けられている。


 その緊張感が声にも現れていた。


『本日の解説はなんと、特別ゲストとして雲仙雨霧(うんぜんあまぎり)先生に来ていただいております』


『よろしくお願いします』


 柔和な笑みを浮かべた雨霧が会釈をした。


 すかさず白瀬が見ている全ての人が気になっているであろうことを口にした。


『今回は一対三のチーム戦という変則的な形ですが、こういった事例はやはり珍しいですよね』


『そうですね、無いわけではないです。過去にも一人でチーム登録して、誰の挑戦でも受けるとした生徒はいました』


『それって‥‥』


『はい。現在第一位の日向椿さんですね』


 ああ、と実況を聞いていた二、三年生たちは頷いた。


 そういやそうだったなあと。


『しかしそれを含めても、挑戦者側の人数の方が少ないというのは聞いたことがないですね』


『やはり人数差は大きな要因になるということですね』


『選べる戦術の幅が段違いですからね。真堂君がどのようなやり方で勝つつもりなのか、非常に興味深いです』


 二人の見つめる先で、画面が切り替わった。比較的大きな道路を煙霞たち三人が固まって歩いている。


『雲仙チーム、どうやら三人一緒に行動をしているようです。笹川選手はてっきりどこかで狙撃ポイントに入るのかと思っていましたが‥‥』


『普通ならそれが一番です。ただ今回に関しては、あまり離れる必要がないんですよね』


『それはどうしてですか?』


『今回の試合で一番機動力が高いのが真堂君だからです。笹川さんを優先的に狙われると、煙霞くんたちはそれを防ぐのが難しいんですよ』


『なるほど。たしかに笹川選手は前回の試合で星宮選手に同じやり方で倒されていますよね』


 白瀬がそう言った瞬間、道を歩く八知がカメラを睨みつけた。


 ひっ、と悲鳴を押さえ、白瀬は深呼吸をする。向こうにこちらの声は聞こえていないし、カメラがどこにあるのかも分からない。ただの偶然だ。


『ということは、雲仙チームは真っ向勝負を望んでいるということでしょうか』


『正面からぶつかれば、人数差で圧倒的に有利ですからね』


 今回の戦いは盤石な構えを見せる雲仙チームに対し、どう護が攻めるかという戦いだ。


 煙霞は奇襲にだけ気を付けて構えていれば、そうそう有利は崩れない。


『ということは、真堂選手はなんとか奇襲かヒットアンドアウェイで一人ドロップアウトさせないと、厳しいわけですね』


『やはり一番に狙いたいのは笹川選手でしょうが、それが出来るほど煙霞君も近郷君も甘くはないですから、いかに流れを作っていけるかが重要だと思います』


 護がどう出るのかと、多くの生徒たちがその時を待った。


 村正と紡は二人で画面を覗き込み、王人は型稽古をしながら音だけを聞いた。


 学校への道を歩く者。


 生徒会室で頬杖をつきながら見つめる者。



 誰も、彼も。




「‥‥」


 屋上で一人配信を見る彼女も。




    ◇   ◇   ◇




『画面が切り替わります。真堂選手、どうやら屋上を走りながら移動しているようですが、近い、近いぞ! 接触まで秒読みというところか――』


 白瀬が言葉を区切った。


 違う。目に映る光景の意味が分からず、フリーズしたのだ。


『これは――』


『あはははははは! 面白い! 無茶苦茶だなぁ。鬼灯先生の専攻練(せんこうれん)所属だからなのかな、これは』


 実況と解説がそれぞれ視聴者を置いてけぼりにする反応を示した。


 それも無理はない。


 護は建物の影に煙霞たちの姿を捉えると同時、速度を落として様子を伺うでも、身を隠すでもなく、炎を吹かして跳躍したのだ。


 降り立ったのは、煙霞たちの正面五〇メートルの地点。


 それが意味するところは明白だ。




「――」

「――」




 小細工なしの真っ向勝負。純粋な実力をもって三人まとめて叩き伏せるという、決意表明である。


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